平成25年度 国際情勢講演会 「転換点を迎える『アラブの春』後の中東情勢」 (一財)日本エネルギー経済研究所 常務理事 兼 中東研究センター長 田中 浩一郎【2013/11/20】

講演日時:2013年11月20日、於:東海大学校友会館

平成25年度 国際情勢講演会
「転換点を迎える『アラブの春』後の中東情勢」


(一財)日本エネルギー経済研究所 常務理事 兼 中東研究センター長
田中 浩一郎

イスラム主義勢力の台頭、ペルシャ湾の内戦
 本日のタイトルにもあるが、ほぼ3年が経過した「アラブの春」は実際にはまだ終わっておらず、その転換点として色々な事象が表れて、いくつかのパターンが見えてきた。
 「アラブの春」は、メディアでは民主化運動として捉えられてきたが、これは権利要求運動であり、その要求には種々雑多なものが入っている。このため、政権や為政者が特定のグループに気に入られようとしたり、要求に答えようとしても、他の社会層に訴える力はなく、なかなか決着がつかない。エジプトやチュニジアのケースでは、イスラム主義勢力(イスラミスト)の政権運営に注目が集まったが、エジプトでは1年ほどで政権がクーデターによって倒され、チュニジアでも政権運営がままならず、野党側と新しい組閣に向けた協議が続けられている。イスラム主義勢力は、組織力においては、民主主義勢力よりもはるかに長い歴史を持ち、社会に食い込んでいたがゆえに、選挙ではかなりの議席を獲得したが、政権担当能力では覚束ない。「アラブの春」は様々な要求事項の積み重ねであることから、なかなか全員を満足させることができる回答が得られず、ムスリム同胞団などへの風当たりは強まった。
 イスラム主義勢力の台頭については、西側社会でも、ある種の警戒感があるが、それ以上に警戒感を持ってきたのはペルシャ湾岸のアラブ諸国だ。これらの国には民衆運動が波及することへの懸念があるが、まずは国内を安定化させるため、ばら撒きを進めた。同時に、アラブの盟友、同胞が混乱に陥ることを放置できず、エジプトのように、社会的な不安を助長する要因が増した国に対し、外から財政支援を行うことで、安定させようとする動きが現れた。このため、湾岸諸国、王政国は対外支援のための財源確保に、ますます高油価を志向するようになっている。
 一方、シリアでは内戦が激化しており、この夏には化学兵器の使用疑惑を契機に欧米による軍事介入の可能性も高まった。内戦はイスラム教のスンニ派とシーア派の対立として注目されたが、シリアで宗派対立が起きているとするのは少し乱暴だ。注目すべき点はむしろ、宗派対立の名を借りた地政学的対立がペルシャ湾の北と南を境に生じていることで、私はこれを「ペルシャ湾の冷戦」と呼んでいる。この冷戦の一事象がシリア内戦である。
 中心国である北のイランと南のサウジアラビアは、対抗関係が続いてきた。そして現在はイラクにもシーア派政権が存在しており、南の湾岸側から見ると、非常に冷たい関係に陥っている。一方、イランでは大統領選挙がうまく行き、安定した状況になっているほか、核交渉も進みつつある。この核交渉がうまく行ったときに北の南の雪解けがあれば良いが、冷戦構造が続いたままでは、より強いイラン、そして南にとっては自力で対峙することが難しいイランが現れるという複雑な状況を迎える。

中東地域の地政学的対立
 「アラブの春」で台頭したイスラミストは、選挙を通じて政権に就き、正当性があったはずだが、国民の支持を急速に失い、転換点となるクーデターが起きた。「アラブの春」は民衆による平和裏な権利要求運動として始まり、チュニジア、エジプトでは、ほぼそのように事態が進行したが、リビアやシリアのように外部を含めた武力攻撃や介入があった国では、過激派が橋頭堡を築き、民主運動はむしろ後退している。総じて言えることは、「アラブの春」を民主化運動として簡単に結論付けるのは短絡的だ、ということだ。
 「アラブの春」は、ナショナリズムの表れでもあった。チュニジア、エジプト、リビアでは、運動が盛り上がったとき、国民が国旗を持って集結した。各国の人達は必ずしも、汎イスラミスト、汎アラブのような形で国境を越えて広がろうという思いを持っていなかった。しかし、混乱が進むと、特にシリア、リビアのように外からの軍事介入が行われた国では、過激主義がはびこり、グローバル・ジハードが入ってきた。
 リビアでは憲法の制定作業が遅れ、国が分裂するかもしれないほど混乱している。カダフィ政権を倒す内戦は終わったが、その後も抗争が続き、テロも起きている。シリアも化学兵器の管理、廃絶に向けた国際的な動きが進行する一方で、国内では過激主義が浸透し、リビアのように様々なグループが跋扈する状態になっても不思議ではない。
 一方、イラクは現在、徐々に産油能力を拡大している。イラクのボトルネックは国内の対立と輸出設備の限界という2つだが、これらが解消されれば、2020年ごろには大産油国になることも予見されている。そうなると、油価については需給関係が大きく緩み、価格下落圧力が発生する可能性もある。その場合、石油輸出国機構(OPEC)の枠内で、イラクをいかに生産調整に組み入れるかという課題が出てくる。
 2011年の「アラブの春」以降、イラン、イラク、シリア、レバノンを貫く「シーア派の弧」というものが語られるようになったが、これは宗派対立だけでなく、地政学的対立を抜きにしては語れない。イランとサウジアラビアという、この地域の二大強国は、歴史的に反目しており、特にサウジアラビアはイランが覇権主義を掲げていると強く批判してきた。安全保障上は、イランがイスラム革命以降、反米側に入っており、米国と近しい関係にある南側と距離を置く北側、という分け方にもなっている。
 一方、地政学的対立の中身を見ると、サウジアラビアは、イランがシーア派住民に対し、政治運動を炊き付けていると批判してきた。そして北と南は領土問題も抱えている。また、伝統的にイランはOPECにおける高価格支持層で、サウジアラビアなどは柔軟に対応するという点でも対立があった。ただ、この点は「アラブの春」を経て共に高油価志向に移行したということで、変化している。あとは不拡散の問題があり、イランが核兵器を追求していると断じる南側の見方と、イランも含め、中東地域全域を大量破壊兵器のない地域にしようという、理念を追求しようとする考え方の対立もある。このように、この地域の冷戦構造は宗派対立だけでは語れない。

イランの核問題をめぐる状況
 イランの核問題に関する交渉が、なぜここに来て密に行われるようになったかについては、イランの政権交代もあるが、それは一側面でしかない。イランは現在も平和利用での核開発の権利は放棄しないとしており、これは従来と変わりない。従来と異なるのは、むしろ交渉姿勢だと考えられるが、緊密な交渉の背景には、イランで制裁による影響が否定できず、またイスラエルが軍事攻撃を仕掛けてくるかもしれないということもあった。一方、イランが現状のまま核開発を進めれば、核拡散の脅威や疑惑はますます広がり、時間と共に手が付けられなくなる。このため欧米側も、一定の合意を結び、イランの活動の透明性を高めた方が得であるという考えに至った。
 P5+1(安保理常任理事国5カ国+ドイツ)を相手に、イランは2006年以降、交渉を続けてきたが、両者の意見の相違はなかなか埋められなかった。イランは欧米がどこまで経済制裁をゆるめてくれるかという交換条件に関心がある一方で、核開発にどのような形で制約を設けるかが争点となってきた。このような中、先々週のジュネーブにおける会合では一時、楽観論が支配したが、最終的には破談になった。米国とイランが歩み寄った合意文書案について、フランスが「不十分だ」と物言いを付け、米国はフランスの主張を合意文書案に盛り込んだ。その結果、イランは「権利を放棄せよ」と踏み絵を迫られたような状態になり、「署名できない」と席を立った。再会合は今日から行われるが、合意文書案にフランスの要求が盛り込まれているため、見通しは良くない。
 米国とイランの接触は、核交渉の場を通じて増えているが、米国側では今もイランへの不信は拭えていない。一方、「ペルシャ湾の冷戦」では、南北関係はあまり改善できていない。しかし、2022年にカタールで開催予定のサッカーのワールドカップについて、イランを含めた周辺地域でも分散して開催するという提案が出されており、交流復活への若干の期待が持てると思う。サウジアラビアに関しては、イランに一定の核開発の権利が認められるのは安全保障上、不都合だ。そして米国などは今後、イランと湾岸との対立関係に一切、加勢してくれなくなるのではないかという恐れがある。米国への牽制も激化しており、イランとP5+1の合意が成立すれば、サウジがパキスタンの核を移転して核武装するという説も出ている。核交渉の進展にも期待が集まっており、これは米国のオバマ大統領にとっても、レガシーを構築する上での格好の材料になっていると言えよう。
(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)


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