平成25年度 第1回-1 国際情勢研究会 報告1「朴槿恵・韓国新政権の出帆」朝日新聞 論説委員 前ソウル支局長 箱田 哲也 (はこだ てつや) 【2013/04/22】

日時:2013年4月22日

平成25年度 第1回-1 国際情勢研究会
報告1「朴槿恵・韓国新政権の出帆」


朝日新聞 論説委員
前ソウル支局長
箱田 哲也 (はこだ てつや)

1. 昨年12月の大統領選と朴政権の誕生
箱田 哲也 韓国では昨年12月の大統領選挙を経て、朴槿惠(パク・クネ)政権が誕生した。朴槿惠氏は韓国初の女性大統領であるほか、親子二代で最高責任指導者になったというのも初めてだ。今回の大統領選挙の投票率は75.8%で、非常に高かった。私が韓国で大統領選の取材をしたのは3度目だが、今回はまるで大河ドラマのようで、様々な主人公が日替わりで登場し、なおかつ一話完結で終わってしまうというような展開だった。このため、取材をしていても非常に面白い選挙だった。
 朴大統領は5年前の大統領選の際、李明博(イ・ミョンバク)前大統領と与党・セヌリ党(旧ハンナラ党)の公認を争い、僅差で敗れたが、今回の選挙では公認になることは難しくなかった。一方、野党の民主統合党は、かつて盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領の右腕として活躍した文在寅(ムン・ジェイン)氏を候補に立てた。そして、この古くからの候補者2人の間に割って入ったのが、韓国のビル・ゲイツともいわれる安哲秀(アン・チョルス)氏で、「保守でも革新でもない新しい韓国をつくろう」といって挑戦した。しかし、現実の政治の厚い壁を破ることはできず、結局、知名度、勢いとも勝る朴大統領の勝利に終わった。
 朴大統領の勝因には様々なものがあるだろうが、主な3つの要因は以下のものではないか。第1に、かつて軍事独裁政権を敷いた父親の朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領の影だ。朴大統領はそれによって助けられもし、悩みもした。韓国の亀尾(クミ)というところへ行くと、朴正煕元大統領の生家が復元されており、その横には、お祈りをするための別の家が建てられている。そこには朴正煕元大統領と妻の肖像画があり、訪れた人たちが肖像画に触れて「ありがとうございます。今の私たちが食べていけるのは、お二人のお陰です」と言いながら泣き崩れたりしている。このように、「今の韓国を作った」といわれる朴正煕氏の功績は偉大で、今回の選挙ではそれを支持する根強い保守層が、娘を支援するために再結集した。
 その一方で朴槿惠大統領は、父親への支持だけでは勝利できないと考え、選挙戦では様々な点で、父親が行った政治の修正も訴えた。かつて民主化運動で弾圧された人たちに対しては謝罪をし、また「これからは福祉の時代だ」と訴えることなどで、支持者を中間層にも広げた。
 第2の要因としては、ジェンダーが挙げられる。5年前の大統領選挙では、「女で北朝鮮と対峙できるのか」といった指摘もなされたことから、朴大統領は女性であることを隠すようにして選挙戦を戦った。しかし、今回の選挙では、父親よりも、むしろ母親をイメージさせる部分を前面に出し、疲れ果てた現在の韓国を優しく包み込むというような点を強くアピールした。
 さらに第3の要因として、韓国では今回の大統領選からインターネットによる投票が解禁されたことが挙げられる。韓国では、カカオトークというアプリが非常に普及しているが、朴大統領はこのカカオトークを使い、特に若い世代に向けて様々なメッセージを発信した。日曜日の朝などは、エプロンをしてパンを焼き、コーヒーを立てている姿や、はたきを持って大掃除に追われる姿などを公開し、非常に早くから「イメージ選挙」を取り入れていた。そして、「私はお姫様ではありません」とアピールした。

2. 朴政権が抱える課題
 このようにして誕生した朴政権だが、現在は様々な問題を抱えている。まず、最大の問題は人事だ。大統領選の間には、国民の意見を取り入れることをアピールしたが、人事に関しては、かなりの独断専行型だといえる。この人選でことごとく失敗し、つい最近になってようやく閣僚全員が揃ったが、政権発足から2ヵ月が経過しても実質的にはまだ政権がスタートしていないような状況だ。
 さらに、韓国自体が抱えている問題があり、朴大統領は現実と理想との狭間における葛藤に苦しんでいる。選挙では経済民主化を旗印に勝利したものの、いざ政権をとってみると、父親の時代のように強引な政治ができる訳ではない。選挙では保守本流の人たちだけではなく、革新、進歩陣営の人たちもかなり朴大統領に投票した。しかし、それらの中間的な位置にいる人たちが新政権に求めているのは、破壊者としての役割だ。韓国の経済は内需が弱く、代わりにサムスン電子や現代自動車に代表される企業が引っ張っているといわれる。そして、経済格差や機会の不平等が広がる中、このような構造を変え、何とかしてほしいという国民の期待がある。しかし、実際にはこれらの企業の業績が悪化すれば、韓国経済は現在よりさらに悪化することになる。
 また内政以外でも、選挙直前には北朝鮮による3度目の核実験があった。朴大統領は「朝鮮半島信頼プロセス」という政策を掲げ、基本的には北との対話路線をとっている。ただ、ミサイル発射実験でリーチがかかっている状況で、「対話」と言い続ける訳にも行かない。そして日本との関係では、日本の政治家が靖国神社を参拝したことを理由に、尹炳世(ユン・ビョンセ)外相による初の訪日をキャンセルした。朴大統領は非常に警戒心が強く、慎重に物事を決める一方で、一度、決めたらそれを変えない人だ。
 尹炳世外相自身は外交官出身で、日韓関係を改善させなければならないと思っているはずだ。日本との自由貿易協定(FTA)や軍事情報包括保護協定(GSOMIA)などについても、個人的には結んだ方が良いと思うと弁護士事務所の顧問時代に言っていた。尹炳世外相はまた、日韓国交正常化50周年の2015年に向けて何かできないかという構想についても語っていたが、最近の流れを見ると難しいという気がする。
 朴大統領の父親は48年前、韓国国内の大反対を押し切って日本との国交正常化を決断した。その前には満州の陸軍士官学校に通っていたということもあり、韓国では親日派、あるいは売国奴といったレッテルを貼られた。このため、朴大統領は自分自身も同様のレッテルを貼られることを警戒しているようだ。一方、中国の存在について、朴政権は非常に重視している。朴大統領は5月7日、就任後初の外遊として訪米する予定だが、その後まもなく中国を訪問するであろうといわれている。

3. 朴政権の今後
 韓国では大統領は、5年の任期を務めた後は、再選が許されない。朴政権は今後、弾劾でもなされない限り、5年間は続く見込みだが、最初から数々の問題を抱えていることについて喜んでいる人たちもいる。これは野党だけでなく、実は与党・セヌリ党の中にも李明博前大統領を支持する勢力がある。今年秋に予定される国会議員の補欠選挙、さらに来年6月の統一地方選挙でこれらの人たちが勢力を取り戻せば、朴大統領の系列にある人たちは次の総選挙で、かなり弱くなる可能性がある。
 もう1つは、大統領選で敗北した安哲秀氏が4月の補欠選挙で国会議員になり、野党第一党の民主統合党とは異なる新たなグループを作っていく可能性がある。韓国の橋下徹ともいわれる安哲秀氏は、メディアで注目される発言も多い人物だ。例えば、韓国では自殺率が高く、経済協力開発機構(OECD)の加盟国では、2004年以降、トップの座にある。韓国の自殺率は日本の1.2~1.3倍で、出生率は1.2~1.4程度だが、安哲秀氏は「自殺率は現在の不幸で、低い出生率は未来の不安だ」とし、「この2つを必ず解決してみせる」と言っている。
 朴政権が様々な問題に対してうまく舵取りできれば、安哲秀氏の再び台頭してくる可能性は低くなるのだろうが、うまく行かずにふらふらすれば、不満の受け皿として、またもや安哲秀氏が出てくるということもあり得るだろう。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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