平成25年度 第1回-2 国際情勢研究会 報告2「金正恩政権1年の北朝鮮-核、ミサイル、休戦協定白紙化-」関西学院大学 国際学部教授 平岩 俊司 (ひらいわ しゅんじ) 【2013/04/22】

日時:2013年4月22日

平成25年度 第1回-2 国際情勢研究会
報告2「金正恩政権1年の北朝鮮
—核、ミサイル、休戦協定白紙化—」


関西学院大学 国際学部教授
平岩 俊司 (ひらいわ しゅんじ)

1. 金正恩体制の発足と「集団補佐体制」
平岩 俊司 昨年12月に金正日(キム・ジョンイル)が急逝し、金正恩(キム・ジョンウン)体制がスタートした。金正恩はまだ若いということもあり、当初から、側近といわれる人たちが彼を担ぎ、いわゆる集団指導体制のような形で統治していくであろうといわれてきた。集団指導体制というと一般には、ソ連のスターリン後のような体制をイメージするが、それとは異なる。実際の政策決定は集団で行っても、金日成(キム・イルソン)から金正日、金正恩へとつながる金一族の権威を大前提とし、最終的にはすべて金正恩の名前で指令、指示、決定が行われる。このため、私は「集団補佐体制」という言葉を用いてきた。
 金正恩を支えていくのは当初、朝鮮労働党や軍の幹部らの「七人衆」と呼ばれる人たちだとみられていたが、このうち軍の4人全員がいなくなってしまった。これについてはすべて権力闘争の結果という訳でもなさそうで、健康上の問題があったといわれる人もいる。現在は、当初の予想とは異なる人たちが中心になっている。とりわけ注目されるのは、金格植(キム・ギョクシク)という人で、金正恩体制がスタートした後、一度は失脚したといわれたが、総参謀長の地位に就いた。延坪島(ヨンピョンド)砲撃事件を指揮した人物といわれ、昨今の北朝鮮の攻撃的な行動も、延坪島砲撃事件に一脈通じるところがあるといった分析がなされている。
 さらに七人衆には入っていなかった崔竜海(チェ・リョンヘ)という人が、朝鮮人民軍の総政治局長に就任した。この人は金正恩の義理の叔父である張成沢(チャン・ソンテク)の腹心として長年、活動したといわれる。総政治局長のポストは軍を党側からコントロールするという象徴的なものだ。
 韓国からの情報では、北朝鮮では軍の人事に関し、銃撃戦があったともいわれる。確かに軍の人事については混乱があり、不安定な状況なのであろう。しかしながら、北朝鮮の体制全体を考えると、党が軍を指導するという根本的な構図については微塵も揺るぎがなく、体制の根幹にかかわる問題では大きな変更や混乱があるとは思えない。さらに言えば、昨今の軍事行動も、かなり計算ずくで行われているところがある。体制内部の混乱が対外的に強く出ているという可能性は、否定できないものの、そのように考えるべきではないというのが私自身の考え方だ。

2. ミサイル発射、朝鮮戦争休戦協定の白紙化、不可侵宣言の破棄
 北朝鮮は昨年12月、事実上のミサイル発射実験を行い、「成功した」としている。これまで何度も同様のことを言ってきたが、今回、これまでと決定的に異なるのは、アメリカが「何らかの物体が軌道に乗った」と認めていることだ。ミサイル技術とロケットは技術転用が可能だが、本当の意味での大陸間弾道ミサイル(ICBM)ということになれば、まだ実用段階ではないとみられている。しかし、少なくともアメリカに射程が届くものを北朝鮮が手に入れつつあるという、ある種の可能性をイメージさせるには十分であったと思う。
 これについては実は、本来ならば昨年4月の段階で北朝鮮が手に入れているはずのものであった。昨年4月13日には金日成生誕100年を記念して、北朝鮮は「強盛大国の大門を開く」とし、その一環として「人工衛星発射」を行った。この実験は失敗したが、その2日後に行われたパレードで金正恩は、「軍事技術的優勢はもはや帝国主義者たちの独占物ではなく、敵が原子爆弾によってわが方国を威嚇、恐喝していた時代は永遠に過ぎ去った」と演説し、パレードでは大陸間弾道ミサイル(ICBM)と思われるものも登場した。
 その後は国連決議に至ったが、北朝鮮は「六者協議を含め、核放棄の協議には一切応じない」とする一方で、「平和協定の協議には応じる」としている。北朝鮮と国際社会、特に国連のやり取りは残念ながら、詰め将棋のようになってきている。北朝鮮が核やミサイルの実験をすれば、国連決議や議長声明がなされる。それに反発して北朝鮮がまた核実験を行い、国連は新たな決議を行うといったことの繰り返しだ。国連決議2094では金融制裁の強化などが決められたが、決議の実際の効果については、最終的に中国の対応にかかってくる。中国の姿勢に関しては、様々な評価がある。石油のパイプラインを既に数ヵ月止めているという話もあれば、通関などが少し厳しくなっているものの、たいしたことはしていないという見方もある。
 中国の適切な役割と言った場合、国際社会が考えているものと、中国自身が考えているものの間には、かなりのずれがある。国際社会にとっての適切な役割は、石油のパイプラインを止める、あるいは別の形で北朝鮮にプレッシャーをかけて暴発を止めるといったものだが、中国の人たちに話を聞くと、「北朝鮮はあのような国なので、根本的に問題解決しなければ、状況は益々悪化する」、「自分たちの役割はむしろ、北朝鮮にアメリカとの交渉の場を提供することだ」といったものだ。要するに、中国の人たちは、米朝協議の場を提供することが適切な役割だと考えており、国際社会との間にずれがある。
 今年3月からは米韓軍事合同演習が開始され、北朝鮮は「朝鮮戦争の休戦協定は、もはや無効」、「不可侵宣言は破棄した」と主張している。北朝鮮のロジックでは、自分たちは核保有国であり、それをas suchとして受け止めろということだ。しかしながら、朝鮮半島の平和と安定を維持するための協議には応じるという。核問題から北緯38度線のあり方そのものに焦点を移していこうというのが、北朝鮮の発想なのだと思う。
 これについては実は、1996年にも同様のことがあった。さらに言えば、1994年からスタートするのだが、まだ米朝合意枠組みができる前、米朝協議の最中に北朝鮮が「新しい平和保障体系が必要である」と言い出す。これは1953年の休戦協定がもはや機能していないから、朝鮮半島の新しい平和システムを構築する必要があるというものだった。ところが、その後は核問題に焦点が行き、米朝合意枠組の方へ移行したため、平和協定には進まなかった。1996年にはまた、当時の韓国の金泳三(キム・ヨンサム)政権が、クリントン政権と共同で四者協議を提案し、「平和協定の話をしよう」と言い出した。しかしながら、当時の北朝鮮は韓国が入っていることを理由に、これを塩漬け状態にした。結果的に、1997年後半ごろから動き始め、四者協議が何度か行われたが、具体的な成果は得られなかったということだと思う。
 今回の件は当時と構造が似ているが、決定的に異なるのは、南北不可侵宣言の破棄という点だ。これによって、韓国も当事者であるということを、ある種、最初から認めているという話になろうかと思う。当時のイメージがあるとすれば、韓国が一定の役割を果たす可能性があると思っているのかもしれない。いずれにせよ、その後の展開は北朝鮮からすれば、「してやったり」というところがあろうかと思う。
 残念ながら、アメリカ次第では、北朝鮮が考えているような方向に行ってしまうのではないかというのが朝鮮半島情勢の現状かという気がする。アメリカは何度も、「中国の役割に期待する」と言っているが、その一方で、アメリカはおそらく中国自身が考えているようなこともわかっており、折込済みの部分もあるという印象だ。

3. おわりに:北朝鮮の計算
 今はこのように非常に微妙な段階で、本日、お話ししたのも、仮説の上に仮説を重ねていくような話であり、しっかりとした証拠や論拠がある訳ではない。私が言っていることが正しいのか、あるいは本当に北朝鮮は大変な混乱状態で、その混乱が外部に出ているだけなのかということについては、もう少し状況を見なければわからないだろう。ただ1点だけ、混乱ではなく、非常に計算ずくだと感じる点は、ミサイル発射についてリーチがかかった状態で止まったということだ。この動きが止まったのは、韓国の朴槿惠(パク・クネ)大統領が北朝鮮に対して対話を提案し、その直後にケリー国務長官が韓国、中国、日本を歴訪するという動きがあった後だ。やはり北朝鮮は、ある種のゲームを考えていると捉えるべきではないかというのが、現在の私の暫定的な分析だ。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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