平成25年度 第2回-2 国際情勢研究会 報告2「習近平政権の外交政策と日中関係」 東京大学大学院 法学政治学研究科 教授 高原 明生(たかはら あきお) 【2013/05/10】

日時:2013年5月10日

平成25年度 第2回-2 国際情勢研究会
報告2「習近平政権の外交政策と日中関係」


東京大学大学院 法学政治学研究科 教授
高原 明生 (たかはら あきお)

1. 習近平体制の特徴、その外交・対日政策
高原 明生 習近平体制の政策における特徴は、何と言っても、ナショナリズムを強調していることだ。そして、今のところ、非常に八方美人的な性格が強い。あらゆる人に良い顔をして改革派を喜ばせたかと思ったら、思想統制は厳しく、改革をする気配もあまりない。ナショナリズムの強調では、就任演説でも民族への責任が先に立っており、その2週間後には、「中華民族の偉大な復興を実現することが『中国夢』」と述べている。「中国夢」という言葉については、チャイニーズ・ドリームと訳す人もいるが、チャイナ・ドリームと訳すべきだ。アメリカン・ドリームに相当するような個人のチャイニーズ・ドリームが萎んでいる中、それに代わって、「国家と自分を同一視しなさい。そうすればあなたは幸せになれる」というチャイナ・ドリームを謳い、国家への貢献を求めている。
 外交、対日政策においては、ミックスド・シグナルズが出されている。「平和的発展の道」と繰り返す一方で、「われわれの正当な権益を決して放棄しないし、中核的国益を決して犠牲にすることもない」などと言っている。対日政策では、今年1月、「パートナーとして脅威とならず、平和的発展を続けていく」と述べていたかと思えば、その5日後には海自駆逐艦への火器管制レーダー照射が起こった。今日に至るまで政府の船を頻繁に尖閣海域に派遣しているほか、12月13日には飛行機を日本の領空に飛ばせた。
 このように非常に危うい状況にあり、日本としては、戦後の国の有り様そのものが問われている。日中は「引越しのできない隣人」の関係にあり、日中関係を発展させることは、日本だけでなく中国にとっても、中長期的に考えて利益をもたらすことだ。多くの中国人や中国のリーダーたちは、そのことがわかっている。そう考えると、中国が全面的な対決姿勢に出ているのは熟慮の結果ではなく、かなり衝動的に、短期的な利益に飛びついた結果ではないか。
 昨年6月以降の中国側の対応を見ると、実は強硬論一辺倒ではなく、穏健論もあったという認識が大事だと思う。中国のメディアでは、有力な軍人や外交部門の研究者が穏健な発言をしている。これら穏健派は、「日本政府が島を3つ買ったのは、中国に対する挑発や、主権に対する挑戦ではなく、事態を沈静化させるための措置であった」、「中国の対抗策としては、領海の基点と基線を定義する程度で十分だ」というような議論をしている。しかし、結局、勝利したのは、これら穏健派ではなく強硬派だった。彼らが勝った要因の1つとして、宣伝戦、世論戦における勝利があり、激烈な反日プロパガンダが今日まで続けられている。そして、反日感情の高まりが見られた。
 反日プロパガンダが容易に受け入れられた背景には、20年以上にわたって続けられてきた愛国主義教育がある。そのベースに戦争体験があることは間違いないが、それに加え、ここ数年の状況として、社会において不満や不安が増殖し、ナショナリスティックな宣伝が受け入れられやすい社会心理的な土壌が形成されていたことが挙げられる。このような不満や不安の増殖は、汚職や腐敗、コネ社会、そして戸籍制度に代表されるような様々な制度的、非制度的な差別、不平等によって生じている。さらに、環境汚染や大気汚染も大きな問題だ。マクロ経済的には隆々と成長している中国だが、人々はますます不幸せになっているという社会矛盾が、その重要な土壌となっている。
 もう1つ、中国側には2008年の世界金融危機以降、国際環境に新しい情勢が生まれたという認識がある。それによって、様々な論争が激化している。鄧小平の外交方針に関する遺訓であるところの「韜光養晦」を守るべし、低姿勢、協調姿勢を保つべしといった教えを守り続けるのか、それとも、もうそれは時代遅れだとして自己主張を強めていくのか、あるいは「中国モデル」があるのかないのかといった議論が盛んになっている。
 尖閣問題をめぐる強硬派と穏健派の論争にも、より大きな論争のコンテクストがあり、思い切って乱暴に描けば、一方には強硬派、国粋主義者、保守派が、他方には穏健派、国際主義者、改革派がいるというように概括できる。昨年秋の状況要因としては、党大会が直前に迫り、熾烈な権力闘争が戦われていたため、胡錦濤であれ習近平であれ、日本に対して理解のある態度をとれなかったことがある。このような事情も、強硬派の勝利に貢献したと思う。

2. 尖閣問題への日本の対応
 今後の日本の対応に関して、まず重要なことは、現在の状況下で譲歩しないことだ。日本は今、中国から物理的な実力による圧力を受けており、船がどんどん来ている。もしも譲歩すれば、力による現状変更を認め、力の行使に報酬を与えることになる。これを認めると、私たちがこれまで享受してきた、国際法に基づく国際秩序を失う。尖閣問題は日中関係だけの問題ではなく、中国の今後、あるいは世界の今後にとって非常に重要な問題である。
 もう1つ、もしもここで日本が譲歩すれば、中国国内で勝利の凱歌を揚げるのは強硬派、国粋主義者、保守派になる。そして、「力で圧し掛かっていけば他の国は折れる」、「日本ですら折れる」ということになり、南シナ海でも一層、力による現状変更をしようと傾いていくに違いない。そのことは、日本、東南アジアの国々、そしてアメリカにとって不利であるだけでなく、中国の将来にとっても非常にまずく、誰にとっても良いことではない。中国は短期的に勝利感を味わうかもしれないが、中長期的には非常にまずいことになるだろう。したがって、日本はここで譲歩すべきでない。物理的な実力で状況を変えることは、明らかに日中平和友好条約や国連憲章に違反しているので、そうしたポイントをアピールすべきだ。
 中国の船をどのように止めるかについては、他の国と連携し、こちらの発言力を強化することが1つの重要なポイントだ。しかし、最後は日中で話をせざるを得ない面もある。その場合には、中国が絶対に船を出さないという条件ならば、日本は1972年以来の状態の維持に努めるということを約束するのが良いのではないか。中国は共同管理を認めるよう求めており、一生懸命、「我が海上法執行機関の船が日本の船を駆逐した」というようなことを宣伝する。あるいは「常態化している」、「現状はもう変わった」といった言説を世界に振りまこうとしている。中国は共同管理を認めさせ、日本側に構築物を設けない、船を出さないといった約束をさせたい。しかし、日本はそのような約束をできる訳がない。日本としては、抽象的な言い方を用いて「1972年以来の状態を守る」というぐらいなら良いのではないか。
 もう1つ、中国は、領土問題、あるいは領土紛争の存在を認めるよう求めている。中国側も領有権は100%自分たちのものである、あるいは争う余地のない固有の領土だと言っており、その点ではお相子だ。どちらの国の政府も、領有権は100%自分のものだと言う訳なので、その限りにおいて、どちらも領土問題があるとは言っていない、要するに領土問題とは何かという定義の問題で、そのように考えるとどうでも良い問題だ。「問題がある」というぐらいは、日本としても言って良いと思う。既に、玄葉光一郎外務大臣のとき「外交問題はある」と言っており、「領土問題がある」とは言えないが、「外交問題がある」とは言える。中国側は、妥協があらかじめできていれば、国民に対し、「日本は領土問題があると認めた」と言うかもしれない。要するに、何かしらウィンウィンの状況を作らなければ解決しない。
 今回の事態でいよいよ明らかになったのは、日本人の持っている日中関係、あるいは日中関係における問題に対する常識と、中国人の持っている常識が隔絶しているということだ。このため、今こそ真の民間交流をどのようにしていけば良いのか考える時期だと思う。しかし、日本が忘れてはならないことは、日中戦争で加害者であったということで、その道徳的な立場を失った瞬間に、日本外交は立つ瀬をなくす。これは、昨今の事情からよくわかる。

3. 日本に求められる国力の充実
 中国の海洋進出は、中長期的な問題だ。したがって、中長期的な対応があわせて必要であることは間違いない。石原慎太郎前東京都知事があのような挑発をしなくても、遅かれ早かれ衝突したと思う。では中長期的にどのように対応するかだが、国際関係の理論からすると、規範の問題、経済交流の問題、力の制約の問題という3つの領域があり、それぞれにおいて対応が必要だろう。中国には国際主義者もいるので、中長期的に規範を受け入れていくという希望はある。我々のような価値観を持つ人を増やしていくというのが第1点で、第2点としては、戦略的互恵関係を一層、充実させていくための交流が必要だ。しかし、これらだけではだめで、第3の点として、力の制約と均衡をはかっていく努力も必要だろう。
 日本だけでなく、多国間の取り組みが必要となるが、日本に国力がなければ他の国は言うことを聞いてくれない。このため、どのように日本の国力を充実させていくのかについて、真剣に考えなければならない。憲法を変えることが、今、最もやるべきことだとは思えない。それよりも、教育の中身を充実させる、日本人全体の外交センスを上げていくといったところに、政治家をはじめとして高いプライオリティを持たせ、取り組んでいくべきではないか。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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