平成25年度 第5回 アジア研究会 報告2「インドネシア経済の変調をどうみるか」 日本貿易振興機構 アジア経済研究所 地域研究センター長 佐藤 百合 (さとう ゆり)【2014/01/10】

日時:2014年1月10日

テーマ「変貌するアジア(主要国の新しい動き)
~2015年アセアン統合及び主要国指導者交代を見据えて~」

平成25年度 第5回 アジア研究会 報告2
「インドネシア経済の変調をどうみるか」


日本貿易振興機構 アジア経済研究所
地域研究センター長
佐藤 百合 (さとう ゆり)

1. 「成長の10年」であった「ユドヨノの10年」
 ユドヨノ政権の10年(2004~2014年)は、一言で言うと、「成長の10年」であった。成長率は、1期目の5年間の実績が平均5.6%、2期目は「何としても6%台を」という成長志向でやってきた。昨年来の減速傾向を織り込んだとしても、2期目の平均成長率は6%台に届くだろう。及第点をつけられると私は見ている。
 6%台の成長をすれば、失業と貧困が下がる。この10年で完全失業率は半減し、5%台をクリアできそうだ。しかし、貧困削減の方は「成長の10年」があっても17%から8~10%へという所期の目標達成は難しいだろう。GDPの規模は、ルピア建てでみると5年で倍増、10年で4倍増になる。高度成長の10年だったことがわかる。ただし、ドル建てにすると、昨年来のルピアの減価が響いて3.5倍増にとどまるとみられる。

2. 問題は輸出構造の脆弱化
 だが、足元では経済の変調がみられる。貿易収支が悪化し、2013年には1960年代以来の赤字に転落するかどうかという瀬戸際にある。経常収支赤字は拡大し、その弱点をついてルピアが売られ、20%程度も通貨価値が下落した。
 インフレ率も、2013年は8.38%に上昇した。ただし、通貨下落がインフレの主因ではない。主因は、補助金を切って石油燃料の値上げをしたことにある。燃料補助金をカットしてその分を貧困対策に回す、というのが政府の基本方針で、ユドヨノ政権下で3回目である。2005年は108%の燃料値上げをしてインフレ率は17%、2008年は29%値上げしてインフレ率は11%に達した。今回は33%値上げしたが、インフレ率は8%におさまった。経年変化で見ると、まだマシな方である。たしかに成長率は5.8%に減速したが、「ユドヨノの10年」の中で、今が突出して悪いという訳ではない。
 むしろ問題は、貿易収支の悪化であり、その原因が構造的なところにあることだと私は見ている。アジア通貨危機から10数年かけて輸出が資源に傾斜してきたことの弱さが、外需の鈍化をきっかけに一気に露呈したと考えられる。スハルト時代には権威主義的開発体制の下で、農業から工業への産業転換が進んだ。しかし、民主主義体制になると、むしろ工業のシェアが落ち、農業や鉱業が上がるという明らかなトレンドの変化が起きている。輸出を見ても、スハルト体制期に典型的な産油国型の構造から始まり、わずか5%だった工業製品が輸出の6割を占める新興工業国型へと転換した。だが、体制崩壊後、工業製品は4割にまで落ち、パーム原油や石炭の輸出が伸びた。現在、10大輸出品目のなかに工業製品は石油製品しかない。工業の後退、農業、鉱業への回帰というだけではなく、輸出品の加工度も低くなっている。例えば、10大品目に入るのがゴム製品から天然ゴムに代わった。加工度が低いと、国際商品市況の変動に対して脆弱になる。輸出は市況悪化で急減し、輸入は内需堅調で落ちず、貿易収支がにわかに悪化したのが2012年~2013年に表れた症状だ。
 輸出構造が劇的に変わった1つの理由は、需要側の要因、つまり、資源を貪欲に需要する中国とインドが2000年代に台頭したことである。石炭の24%、褐炭の90%以上をインドネシアは中国向けに輸出している。パーム原油は3割がインド向けだ。

3.政策介入主義への転換
 もう一つの理由は、供給側にある。インドネシアの開発政策を振り返ってみると、スハルト体制はもっぱら「上からの工業化」を進め、労働集約、資本集約、資源立脚工業の3本柱を同時に振興した。しかし、1998年の体制崩壊とともに反動が起き、政府介入を拒否して市場に委ねよ、という空気になった。地場資本は工業投資をせず、手っ取り早く儲かる資源ビジネスに傾斜したのである。それが、中国などの資源需要と合致したということだ。しかし、民主主義であっても、それはレッセフェールと同義ではなかろう、という認識が2000年代末になって出てきた。
 はっきりとメルクマールになるのが2011年である。政府は15年におよぶ「経済開発拡大・加速マスタープラン」を策定し、その発表演説で大統領が「政府の『見える手』が必要だ」と述べて、政策介入主義に回帰してきた。その前に、政策介入主義への転換の先駆けになったのが、新鉱業法といわれる2009年の鉱物・石炭鉱業法である。当初の動機は、石炭を採掘した後の「死の湖」を放置せず、業者と県・州政府に原状回復の責任を負わせることだった。そこに、鉱石を未加工のまま輸出せず、国内で精錬して付加価値を高めようという目的が加わって法律ができた。第2期ユドヨノ政権になると、工業省は戦略的に特定の外国企業に直接アプローチして、カカオ加工、油脂化学、石油化学、電子部品、自動車(低価格エコカー)などの工業投資を誘致した。
 そして2011年、政府は「マスタープラン」に沿って、パーム原油には高率、加工油には低率の輸出税をかけて国内加工を促す制度を導入し、1兆ルピアを超える素材・川上投資への減免税制度も導入した。さらに2013年には、国際収支の危機対応ということで、「政策パッケージ」を8月と12月に出した。「政策パッケージ」という名称が使われるのは、産油国型から新興工業国型へと構造改革がなされた1980年代以来のことである。政策パッケージには、輸出工業、労働集約・資源加工産業へのインセンティブ政策が盛り込まれており、産業構造改革に向けた明確な意図が読み取れる。私はこの点を高く評価している。これから1~2年、貿易収支は厳しい状態が続こうが、時間がかかっても加工品輸出の再拡大、工業の再興に向けた構造改革をしっかり進めることが、これから勃興する内需を支えるためには必要不可欠である。ある程度のルピア減価はむしろ追い風になろう。

4. 外資活用と排外主義のせめぎ合い
 インドネシアの輸出構造の脆弱化は、10数年におよぶ政策不在のつけである。インドネシアは2010年代にギアを入れ換え、輸出と産業の構造改革に入った、という理解が日本にも必要である。というのも、現地からの自動車、家電や日用消費財などの製品輸出に日本は大いに貢献できるからである。また、インドネシアから未加工資源ばかりを輸入するのではなく、資源加工品・工業製品の輸入を増やす方向性も重要になる。
 構造改革の効果が出るまでの弱い時期に追い詰められると、インドネシアは内向きになってしまう。政府や産業界には、「積極的に外資を活用して産業高度化と人材育成をすべし」という考え方と、「市場統合を控えて弱者である国内資本・中小資本を外資から守るべし」という考え方とが存在する。重要なことは、インドネシアを排外主義に向かわせないことだ。構造改革の要を握るハティブ・バスリ財務相を中心とする経済テクノクラートは、今こそ外資を有効に活用すべきことがよくわかっている。10月に発足する次の政権でも、排外主義がどの程度出てくるかがキーポイントとなるだろう。インドネシアの現局面を理解したうえで、日本は、産業貿易構造の高付加価値化に資する形での両国間の貿易投資や人材育成協力を構想していく時だろう。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部