平成26年度 第4回 アジア研究会 報告 「インドネシア・ジョコウィ政権の船出」独立行政法人 日本貿易振興機構 アジア経済研究所 地域研究センター 上席主任調査研究員 佐藤 百合 (さとう ゆり)【2014/10/30】

日時:2014年10月30日

テーマ『変貌するアジア:その2 ~アセアン統合、指導者交代を踏まえつつ~』

平成26年度 第4回 アジア研究会 報告
「インドネシア・ジョコウィ政権の船出」


独立行政法人 日本貿易振興機構
アジア経済研究所 地域研究センター
上席主任調査研究員
佐藤 百合 (さとう ゆり)

1. 初のエリートでも軍人でもない大統領
 インドネシアで10月20日に誕生したジョコ・ウィドド第7代大統領は、初のエリートでも軍人でもない大統領である。起業家から地方首長になり、大統領になったという経歴も初めてだ。就任演説はわずか7分。歴代大統領では初めてヒンドゥー教徒や仏教徒に向けて「あなたがたに平安あれ」と挨拶し、多元主義を印象付けた。また、国民に対しては「漁師、労働者、農民、バソ(肉だんごスープ)売り、菓子売り、運転手、学者、教師、軍人、警察官、企業家、そして専門家たちに、懸命に働き、肩を並べ、助け合うよう」呼びかけた。さらに、「海洋大国インドネシアを取り戻すために、我々は力の及ぶ限り懸命に働かなければならない」と述べている。
 7月に行われた選挙戦は、ジョコウィとプラボウォという2人の候補者の間で思わぬデッドヒートとなり、最後までどちらが勝つかわからない状況であった。両者については、庶民対エリート、民主主義対スハルト回顧主義、ソーシャルメディア対組織力、世俗主義対イスラム主義、あるいは多元主義対排他主義といった対比ができる。だが、最後はソフト路線か強いリーダーか、というスタイルの選択になったと思う。ソフトにみえるジョコウィだが、彼は「メンタル革命」を掲げており、合理主義者で話が短い。企業家なので、何が得で、それがペイするのかという計算に頭が働く。非常に個性派で、自分のスタイルを重視しており、組閣でも「クリエイティブな人材を探す」と述べていた。
 また、ITを重視しており、ソーシャルメディアを使ってボランティアに支えられている部分もあれば、様々な行政サービスを電子化していくことで、汚職を制御しようとしている。ソロ市長時代には、KTPという身分証明書を全国に先駆けて電子化し、わずか数時間で発行できるようにして注目された。現場重視で、ジャカルタ州知事時代には、MRT(大量高速輸送)の建設に反対する住民と現場で話し合い、住民の要求を理解した上で工事に着手した。さらに「見える変化」を重視しており、北ジャカルタの目立つ場所にあった貯水池周辺のスラム住民らと何回も昼食を共にし、アパートへ移るよう説得して、長年の懸案だった貯水池の浚渫と緑地化を実現した。
 新政権の政策を知るための文書は政権マニフェストしかない。これをみると、まず、ヴィジョンの文言は1963年の初代大統領スカルノの「三原則(Trisakti)演説」から取っている。政治においては主権を有し、経済では自立し、文化ではインドネシアらしさを発揮し、それを相互扶助に基づいて実現するとしている。独立から70年近く経つ中で、主権や自立、インドネシアらしさを敢えて強調した背景には、インドネシアが新興国として自信を付けてきた一方で、要所は外国におさえられ自分たちは自国の主人公になりきれていないという不安があると感じる。次に、ミッションには、海洋資源、群島国家、海洋国家といった海洋の重視が掲げられている。その後に、政治、経済、文化、それぞれの分野のアクションプログラムが挙げられている。加えて、選挙キャンペーンの終盤で提示された9プログラムがあり、そこでは社会への分配政策が強調されている。
 政権マニフェストにみる特徴を挙げると、第1に、海洋がキーワードになっている。海洋国家として自国を再認識し、海洋資源を開発し、海洋インフラを整備する。ASEAN(東南アジア諸国連合)コネクティヴィティといわれるが、実はインドネシアの国内海洋コネクティヴィティが域内最大のネックだと政府もわかっている。海洋外交・安全保障では、インドネシアは中国との領有権問題を抱えておらず、インド洋と太平洋をつなぐ要衝という戦略的なポジションにいる。二つの大洋における平和構築の中心になろうという構想だ。第2に、ユドヨノの10年が成長の時代であったとすれば、その成長の果実をいかに分配するかが問われる時代になったことが表れている。ただし、それをバラマキではなく、制度化し、財政規律を守りつつ実行していく必要がある。第3に、「インドネシア・セントラリティ」への希求、たとえば資源を自国の産業振興のために優先的に活用しようとする姿勢が表れている。

2. ジョコウィ内閣の特徴
 組閣では、クリーンな人物という点に非常に気を使い、KPK(汚職撲滅委員会)に人物調査を依頼したため、少し時間がかかった。最も注目すべきは、国家開発企画大臣で国家開発企画庁(バペナス)長官を兼ねるポストに政治学者のAndrinof Chaniagoをあて、調整大臣の上に位置づけたことだ。彼は、国家官房長官のPratiknoとともに、選挙対策チームや政権移行チームの中核メンバーでジョコウィに近い。大統領直轄の機能を強化する狙いがあると思われる。調整大臣については、これまで3人だったが、新たに海事担当調整大臣が設けられ、4人になった。
 内閣を年齢で見ると、1960年代生まれが34人中20人で、ジョコウィ自身も61年生まれなので、60年代生まれが6割を占めている。また、従来は3人だった女性が8人となった。しかし、このうち2~3人は、ジョコウィの党の党首であるメガワティによる人事だ。このほか、国防大臣になったRyamizard Ryacuduも、メガワティ時代の陸軍参謀長で、アチェに派兵したハードライナー。機構として変わったのは、農地・空間計画大臣が新たに設けられたほか、林業と環境保全を一環と捉え、環境・林業大臣とした。教育は2つに分け、初等教育は文化と、高等教育は研究技術と一緒にした。34人中、大臣経験者は4人しかおらず、今後については未知数と言うしかない。
 新政権ではまず、従来から問題になっていた燃料の補助金カットを早期に行うとしている。また、Kartu Indonesia Sehat(健康カード)とKartu Indonesia Pintar(教育カード)というジョコウィの「売り」の政策を早期に開始する。前者は貧困層向け医療費無償化サービス、後者は貧困層向け教育費無償化サービスである。一方、ユドヨノ時代の2011年に発表された、15年にわたる長期経済開発マスタープランについては、「本当に住民の利益になっているのか」という視点で未着工案件を見直すとしている。国政運営を左右する要因として気になる2つの懸念材料は、1つは議会との関係、もう1つは国軍との関係だ。
 2014年の選挙結果の1つの特徴は、ジョコウィの党が第1党になったものの、得票率が20%に届かなかったことで、これは、1955年以降、史上最低のラインだ。しかもジョコウィは、閣僚ポストをエサにした与党連合形成をほとんどやらなかった。その結果、プラボウォ連合が国会議席の過半を占めた。新国会が10月1日に召集された後、国会でも国民協議会でも、プラボウォ連合の方が議長団を制した。これは、議長を最大政党ではなく、多数決で決めるように法律を変えたからだ。国会運営と立法の主導権がプラボウォ連合側に渡った。プラボウォ連合が従来の野党連合と異なるのは、今回の大統領選で実際には負けたと思っておらず、5年後には絶対に勝利するという戦略にあることだ。このため、明確な政治的意思を持ち、次回は「雪辱をはらす」ということで、凝集性が高い。
 国軍との関係では、文民大統領で国軍へのコントロールが効いたという例は、これまでほとんどない。ジョコウィは最初の記者会見で、6人の強面の軍・警察トップを背後に従えたが、このようなイメージ作戦だけでは十分でない。政治・法務・治安担当調整大臣には、2009年まで海軍参謀長を務めていたTedjo Edy Purdjiantoが就任したほか、Ryamizard Ryacuduが国防大臣となったが、彼らはシニア世代で、現役とのつながりをどう確保するかが懸念される。しかし、ジョコウィの立場は従来の文民大統領とは異なり、現在高まっている地域安全保障という観点から、弱体化してきた軍の装備を強化するという「与える」側にある。

3. インドネシア経済の状況、日本との関係
 インドネシア経済を見ると、ユドヨノの10年では、最初の5年は平均成長率5.6%で、6%には届かなかったが、2期目は平均6%をぎりぎりクリアし、合格点と言える。失業率は目標の5%台をほぼ達成したが、貧困人口比率は残念ながら1桁には落ちなかった。しかし、最初が17%だったので、基本的にはずっと下がっている。ルピア安が響き、1人当たりGDPは目標の4500ドルに届かず、今年はおそらく4000ドル手前で終わる。しかし、ルピア建てで見ると、1国の経済規模は10年間で4倍になっており、高度成長時代だったと言って間違いない。産業・貿易・就業構造については、スハルト時代には製造業の比率が上がったが、民主化後の2004年以降は逆のトレンドとなり、農業、鉱業が上がってきた。輸出構造を見ても、2000年代を通じて工業製品のシェアが6割から4割に低下し、代わりに石炭やパーム原油が伸びている。就業構造も、経済水準は上がっても、農業就業比率がほとんど低下していない。
 ジョコウィ政権の経済課題は、マクロ経済安定化政策と成長政策をユドヨノ政権期から継続させるのに加えて、分配政策を実行する、というものだ。この3つはしばしばトレードオフの関係になり、バランスをとった舵取りは難しい。燃料補助金をカットし、燃料の値上げをするとなれば、向こう1年ほどはインフレとなり、金利も上昇する。これは成長の下押し要因となり、今年も来年も6%成長に届かない可能性がある。しかし、財政支出を組み換えなければ、貧困層に分配する資金は出てこない。成長を支えるインフラ投資にも財政資金が必要だ。食料とエネルギーは輸入依存が高まっており、増産が必要だ。単位当たりのコメ収量もここ15年ほど伸びておらず、生産性向上が課題だ。資源はそのまま売るのではなく、加工してから輸出するというように、輸入・輸出構造の変革は避けて通れない。
 日本との関係で言えば、海洋、インフラ、ロジスティックス、産業人材、素材・中間財、生産性や競争力、技術、環境といった接点がある。その一方で、インドネシアには資源の国内加工方針やインドネシア中心志向性があり、外資に対して制限的な政策が出てくる可能性もある。こういった点をよく理解した上で、「この道を進めるには、日本と組むことにこういうメリットがある」という先方の土俵に乗ったロジックを立てる必要がある。そうした対話の重要性が今後ますます高まると思う。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部