平成26年度 第5回 アジア研究会 報告 「2000年代以降の東南アジアの金融システム-変化したもの、変化していないもの-」京都大学 東南アジア研究所 准教授 三重野 文晴 (みえの ふみはる)【2014/12/08】

日時:2014年12月8日

テーマ『変貌するアジア:その2 ~アセアン統合、指導者交代を踏まえつつ~』

平成26年度 第5回 アジア研究会 報告
「2000年代以降の東南アジアの金融システム
-変化したもの、変化していないもの-」


京都大学 東南アジア研究所 准教授
三重野 文晴 (みえの ふみはる)

1. 東南アジアに見られる実物経済と金融の乖離
 アジア金融危機以降、東南アジア、東アジア全般の金融システムについて、コーポレート・ガバナンスに関する議論や、あるいは銀行中心の金融システムからどのように証券市場、資本市場へ移行していくべきかという議論など、多くの論争があった。しかし、東南アジアの金融システムをその実物経済との関係で見ていくと、その実態には論争の前提になった通念と相当違う構造がある。東南アジアには、そもそも実物経済と金融が乖離した基底構造があり、それがアジア金融危機の背景にもあった。これは、金融危機以前も以後も、そして現在もほとんど変化していない。変化しない基本構造の上層で、90年代後半に金融の混乱が生じ、そして2000年代に金融、実物の両面での変容があったと理解するのがわかりやすいのではないか。そう考えると、証券市場改革や債券市場育成の議論が、これから先、いまと同じような方向で進展していくのかどうか、かなり疑問である。
 企業金融構造の背景にある歴史的経緯を考えると、東南アジアの金融システムは銀行借り入れが過剰なのではなく、明らかに自己資本で回ってきた。この地域では金融資産の蓄積が早くからはじまり、水準が相対的に高い。20世紀前半までに、域内の交易貿易網が高度に発達しており、中国系の商人らがつなぐネットワークの中で経済が発展し、その関係で決済業務を担う金融機関が早くから形成された。他方、その結果として、戦後に国民国家が形成され、金融行政が始まっても、商人によって形成された金融部門をうまく統御できない状況が続いてきた。東南アジアの特徴の一つは、政府に工業化資金の供給のための政策金融という発想がほとんどないことで、むしろ民間の華人資本への対抗力として、国営商業銀行の運営に熱心だったという歴史的構造がある。さらに、その後、工業化の過程を直接投資が主導したことが、おそらく金融と実物の乖離を生んだ大きな原因となっている。
 1997年のアジア金融危機の影響は非常に大きく、リーマン・ショックもそれなりの影響を与えたが、全体として見ると、東南アジアの国々は2000年代には概ね実質5%前後の成長率を回復した。この比較的高い成長の内訳の構造を見ると、各国に共通して、金融危機後に設備投資が大きく落ちている一方で、純輸出、すなわち貿易収支が黒字になり、製造業輸出で稼ぐ分が鮮明になってきた。他方、消費については、GDP(国内総生産)比で見ると、あまり変化しておらず、成長は輸出が牽引して、国内セクター、消費はそれにともなって伸びてきているという状況だ。ただ、輸出の依存比率は国によって異なり、タイ、マレーシアはかなり高く、フィリピン、インドネシアはさほどでもない。
 リーマン・ショックは、東南アジア経済にとって、金融のショックではなく、国際市場が縮小したことによる実物市場のショックだったということはよく知られている。輸出市場の縮小によるタイ、マレーシアへのインパクトは非常に大きかった。国際収支の構造についてみると、アジア金融危機までは、経常収支面では、その赤字の分外貨・対外資産が流出して、それを直接投資などの資本・金融収支面の流入が補っていたという構造があった。それが2000年代になると、経常収支(貿易収支)での黒字が定着し、外貨を稼ぐ構造になってきた。それによって、資本・金融収支面は大きく変化しており、国内居住者が豊かになって、貯蓄、つまり対外資産を保有するようになり、全体として東南アジアは資本輸出地域になってきた。海外からも資金、特にポートフォリオ投資が回復している。しかし、それが国内企業の資金調達にどう関係しているかは明らかでなく、私の見解は、実はあまり関係ないのではないかというものだ。
 アジア金融危機以降、アジアの企業は負債ファイナンス、つまり銀行借り入れに依存しすぎだと批判されてきた。そして、それを克服するため、証券市場、債券市場を発展させればよいという議論がされてきた。危機の後最初に採られたのは、コーポレート・ガバナンスを改善し、それによって株式市場を活性化することで、銀行への過度な依存から脱却させていくべきだ、という議論であったかと思う。そもそもこの論点がアジア金融危機の主要因にとって本質的に重要なものであったのかどうか、振り返って考えてみると判然としないのが実感である。
 なによりも指摘したいことは、この地域の企業について、銀行に依存し過ぎたコーポレート・ファイナンスの構造の脆弱性というのが、事実認識としてかなり怪しい、という点だ。自己資本まで考慮すると、むしろ外部金融全体が弱く、自己金融に依存している世界である。タイ、マレーシアを見ると、銀行への借り入れに大きく依存した構造ではなく、基本的に自己資本に依存している。そして、銀行借り入れの水準は上場企業の方が高い。一般的には、非上場で証券市場にアクセスできない企業が、その分、銀行借り入れに依存すると考えられる(日本ではそうである)。しかし、この地域の実態は、そうではなく、証券市場に参加している企業の銀行との取引の方が活性化されている。外部金融がよりプリミティブな段階にあって、証券市場における情報開示が、むしろ銀行借入も活性化させる傾向にあると理解して良いかと思う。
 このような外部金融自体の未発達には様々な要因があると思われるが、外資の出資比率と自己金融には明らかに相関があり、地場より外資が入っているところは、あまりお金を借りない。東南アジアでは、外資系企業のプレゼンスが非常に高いので、直接投資に依存して工業化が進むという実物経済の構造が、銀行資金への低い依存や自己資本への高い依存をもたらした要因の一つか、と考えられる。

2. 市場を通じて顕在化していない資金需要
 理論的に考えれば、金融仲介、銀行ローンの方がモニタリングを集中的に行うため情報生産コストが低く、証券市場では情報生産は競争的に行われるため情報コストが高い。このため、資金調達コストは一般に金融仲介の方が低いと考えられている。ただ、商業銀行はリスクの高い事業に資金を出す能力は低く、一方で、株式市場には様々な思惑の人たちが参加していて、中には高いリスクをとってもよいという人たちもいるので、リスクマネーを供給することができる。また、株式市場・債券市場では、長期の資金供給ができるという特徴もある。一方、証券市場が機能するには、ある程度の制度設計、資金提供者側つまり投資家・債権者の権利が保護される制度が必要となる。そういうものが未整備の世界では、より伝統的な商業銀行のローンという形での金融仲介の方が機能する。そういうバランスの中で、それぞれの経済における金融システムの構成は決まってきているのだろう。
 そう考えたとき、金融システムにおける株式市場の改革や証券市場改革の議論は、このバランスの上で議論すべきだと思うが、金融危機以降、一般に言われてきたのは東南アジアあるいは東アジアで証券市場が活性化していないのは、少数株主の権利が保護されない構造になっていて、そういった法整備を進めていくべきということだった。実のところ、そのまえに考えなければいけないのは、資金需要はどこにあるのかという問題だ。例えば、それを債券市場の議論に引き寄せて考えると、債券市場はインフラ部門や消費金融などと非常に親和性があると考えられる。中程度のリスクで、比較的ロットの大きな資金が恒常的に回る必要があるという特性ゆえに、である。供給システムの向上やそのための制度整備も重要だが、それだけでは、市場の拡大には限界がある。
 アジア金融危機後の2000年代には、預金が回復し、銀行の貸し出しも回復してきたと言われる。しかし、これについても疑ってかかった方がよいというのが私の見方だ。GDPがかなりの率で成長しているので、実質で見ても総額で上がっているのは確かだ。ただ、GDP比で見ると、アジア金融危機以前の段階には回復して戻ってきていないというのが実態で、銀行の貸し出しは、実物経済が順調なので伸びているものの、GDP比で見た場合必ずしも強く回復していない。その中で、銀行の製造業への貸し出し比率は下がっており、成長を牽引している工業化部分の金融部門の関与が低下しているのである。実物からの乖離が進んでいる。これらは、各国の個別の事情ではなく、東南アジアの銀行業全般にいえることである。
 株式市場は2000年代に明らかに活性化しており、株式の時価総額などで見ると、90年代の終わりごろと比べ非常に大きく伸びている。ただ、ここで問題なのは、証券市場にそもそも参加する企業が非常に少ないことだ。市場が未整備でコーポレート・ガバナンスがしっかりしていないことが、投資家も参加しにくい原因となっている、というのが一般的な理解だが、そもそも自己資本を中心に資金調達を行っている企業には、証券市場を使って大きな資金調達をしなければならない状況にはあまりなっていない。言い換えると、資金需要が、市場を通じたものとして顕在化していない構造があるのではないか、ということだ。

3. 金融改革に求められる実物経済の構造への考慮
 まとめていくと、金融部門の形成過程と歴史的構造の基底構造は重要で、これは金融危機以前も以後も変わっていないということではないか。自己資本に強く依存した企業の資金調達の構造は、根本的に変化していないだろう。その一方で、資本フローの部分は非常に大きく変わった。東南アジアの国々は2000年代に資本輸出国になり、企業、個人、あるいは銀行が、海外に資金を出す形になってきた。しかし、この世界経済に対する資金の出し手としてのマクロ面と、自己資本に依存した国内の企業の資金調達というミクロ面がつながっていない、という問題がある。
 企業が証券市場にあまり参加しないことと、銀行借り入れに依存しないことは、自己資本で完結しているという問題に対して、同種のものなのであり、それらを代替的名問題として考えない方がよい。
 つまり、企業の銀行への依存が強過ぎるので証券市場へシフトしていくべきであるという認識ではなく、そもそもこの2つは補完性を持っている段階に過ぎず、外部金融全体をどう活性化するかという方向で考えるべきだ。別の角度からいえば、資金需要がそもそもどこにあるのかという需要面から見る必要があり、さらに別の言い方をすれば、実物経済の構造が今どこにあって、それに対して金融システムはどういう役割を果たせるかという形で考えていく。そういった観点が、金融改革には重要だろう。例として債券市場に絞ってコメントをすれば、まず債券市場は、金融仲介(商業銀行借入)に対する代替ではない、ということだ。そもそも、企業が長期の資金需要を市場から調達する形になっていない構造があり、そうだとすると供給システムだけ作っても、なかなか動かない可能性がある。
 従来のような直接投資型の工業化のシステムでは、金融仲介も含めて果たせる役割は小さかったのだと思う。これがどう変化していくのかというと、短期的な動きとして、インフラ投資の需要がもう既にあらわれており、これが重要であろう。中期的に考えると、これまで消費経済は輸出経済に牽引されて活性化してきているだけだが、今後は自律的な成長の段階に入っていく可能性がある。そこに金融業が、例えば消費金融の形で役割を果たす余地があり、債券市場の発展などはそれと結び付けて考えていくことができる。より長期的に考えると、東南アジアでは、アグロベースの発展がもう一段階高度化していく可能性がよく指摘される。そして、再生可能エネルギーなどが大きな産業になるというような、産業の大きな転換が可能性として考えることはできる。そういった場合、例えば、経済の全体としての構造が、資本集約的な産業に変容していくとき、証券市場、あるいは債券市場の役割が出てくる可能性があるのではないか。
 そもそも成長を支えるのは、技術革新・技術進歩だが、技術革新を支える金融システムの昨日のあり方は地域によって非常に異なる。東南アジアで、これまでは直接投資に依存して、受動的な技術導入を進めてきた段階を超えて、次世代の成長システムがどのように構築されてくるかは、まだわからない。銀行が目利きの役割を果たした日本・韓国型でも、リスクマネーが技術革新のエンジンになる米国型でもないように思われる。1つ考えられるのは、台湾で見られたような合併や、外資企業も含めて他企業を買っていくような形の、M&Aを通じた技術習得の形かもしれない。その場合、金融システムの役割はどこに出てくるのか。興味深いテーマではあるが、まだあまりよく見えていない。
 最後に、東南アジアの商業銀行部門自体についていえば、マレーシア、シンガポール系の銀行が、地域の様々な商業銀行を買収して回っているほか、リーマン・ショック前後に欧米系の外資銀行が撤退した後、日系や中国系、シンガポールを拠点とする華僑系の資金が多く入ってくるなど、新たな展開がある。これについては、ASEAN市場統合の時期を同じくして、むしろ戦前期のような域内をまたぐ事業展開に「先祖返り」をはじめているというように捉えられこともできるかもしれない。そういう動きがこの地域の工業化とは関係なく見えるような形で展開していること、それが何を意味しているのかについても、注目していく必要がある。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部