第134回 中央ユーラシア調査会 報告2 「ウクライナ問題と中東情勢」NHK解説委員 出川 展恒 (でがわ のぶひさ)【2014/04/17】

日時:2014年4月17日

第134回 中央ユーラシア調査会
報告2 「ウクライナ問題と中東情勢」


NHK解説委員
出川 展恒 (でがわ のぶひさ)

はじめに
 ウクライナ問題をめぐって、アメリカとロシアが対立を深めていることが、中東情勢にも大きな影響を与えている。アメリカとロシアが常任理事国を務める国連安全保障理事会が機能不全に陥り、シリアの内戦、イランの核開発問題といった中東地域の重要な問題を、国際社会が一致して解決することが困難になっている状況について報告する。

1. シリア内戦
 2011年、シリアで反政府運動、アサド政権の武力弾圧、そして、内戦が始まると、国連安保理内部の対立が表面化した。常任理事国のうち、アメリカ、イギリス、フランスは、「大勢の国民を殺害したアサド政権に正統性はない」として、アサド大統領の退陣を前提にした解決を主張した。これに対し、ロシアと中国は、アサド政権に対する制裁を盛り込んだ決議案に、繰り返し拒否権を行使した。国連として、何の対策も講じることができない状態が続いた。ところが2013年8月、首都ダマスカス近郊で化学兵器が使用され、1400人以上が死亡した事件を契機に、新たな展開を迎えた。ロシアがアサド政権の説得に動き、シリアが保有するすべての化学兵器を廃棄することを内容とする安保理決議が採択された。2014年1月、シリアの内戦終結を目指す国際会議と当事者間の和平協議にこぎ着けた。国連の仲介のもと、アサド政権と反政府勢力が初めて同じテーブルに着いた。主な目標は、①停戦の実現、②戦火を逃れた人々に対する人道支援、③暫定的な政権への移行であった。
 反政府勢力側は、暫定的な政権に移行するためには、アサド大統領の退陣が不可欠だと主張し、欧米各国やアラブ諸国の多くがこれを支持した。これに対し、アサド政権側は、大統領の退陣を強く拒否し、後ろ盾となってきたロシアもこれを支持した。
 アサド政権と反政府勢力の激しい対立に、ウクライナ問題をめぐる米ロの対立も加わり、和平協議は紛糾した。実質的な成果のないまま、2月中旬、協議は中断。再開の見通しも立っていない。協議では、まず、シリア北部の主要都市アレッポで、「部分的な停戦」を実現させ、その後、停戦の対象範囲を段階的に拡大する方法が検討されていた。アサド政権は、アレッポでの部分停戦に応じる計画をロシアに提出していたが、和平協議が中断したことで、立ち消えになってしまった。
 安保理決議に基づき、シリアが、保有する化学兵器を全面的に廃棄する期限は、2014年6月末とされている。その第1段階として、シリアは、兵器に使用できるすべての化学物質を2月までに国外に運び出し、さらに、海洋上で化学物質の処理作業を行う計画だが、スケジュールは遅れている。
 ロシアのチュルキン国連大使は、3月、「アメリカが敵対的な姿勢をとるなら、今後、安保理で扱われる問題で、ロシアは協力しない」と警告した。ウクライナ問題をめぐる米ロの対立は、シリアの和平にも極めて深刻な影響を与えている。

2. イラン核開発問題
 イランの核開発問題も、同様の対立を抱えている。アメリカとヨーロッパ諸国は、イランによるウラン濃縮活動をやめさせようと、国連安保理決議に基づく制裁に加えて、イランの原油輸出や金融取引を対象にした独自の経済制裁を実施してきた。これに対し、イランとのつながりが深いロシアと中国は、制裁強化に反対し、安保理決議案に繰り返し拒否権を行使した。
 イランでは、2013年8月、保守強硬派のアフマディネジャド前大統領に代わって、穏健派のロウハニ大統領が就任し、核問題の交渉チームが刷新された。核問題の平和的な解決をめざす、イランと欧米など関係6カ国との直接交渉が急に進展した。11月には、問題解決への第一歩とも言える暫定的な合意が結ばれた。この合意をもとに、現在、イラン核問題を最終的に解決するための交渉が続けられている。2014年3月、ウィーンで行われた、イランと関係6カ国の交渉では、ウラン濃縮活動、制裁の解除、重水炉の建設など、すべての主要テーマについて、真剣な交渉が行われた。
 しかしながら、核交渉はこれからが本当に難しい局面を迎える。イラン側は、平和目的のウラン濃縮の権利と、制裁の全面的な解除を強く要求し、これらは、「絶対に譲れない線」だと強調している。これに対し、欧米側は、「イランが、"平和目的"を隠れ蓑に、密かに核兵器開発を進める可能性が払拭できない」として、ウラン濃縮の権利を認めていない。また、制裁の全面的な解除も約束していない。双方の主張の隔たりは極めて大きいだけに、今後の交渉は難航が予想される。イランと良好な関係を維持してきたロシアの影響力と役割は大きい。チュルキン国連大使の発言が示すように、イランの核問題が国連安保理で扱われる場合、ロシアが協力しない可能性もある。3月に訪日したイランのザリーフ外相は、NHKとのインタビューで、「ウクライナ問題をめぐる米ロの対立が、イランの核交渉に影響を与えることを強く懸念している」と述べた。ロシアの協力がなければ、イラン核問題の平和的解決は期待できない。

3. エジプト政変
 エジプトでは、2013年7月、軍による事実上のクーデターで、民主的な選挙で選ばれた、「ムスリム同胞団」出身のモルシ前大統領が解任され、身柄を拘束された。これまでエジプトに対する最大の支援国だったアメリカは、これを非難し、支援の一部凍結を発表するなど、軍が主導するエジプトの暫定政権とオバマ政権の関係がぎくしゃくしている。
 さらに、2014年4月、エジプトの裁判所で、モルシ氏の支持者529人に対し、死刑判決が言い渡された。オバマ政権は、「政治的な動機に基づく判決であり、国際人権法に反する」と厳しく批判している。両国の間に広がる隙間を突くように、ロシアがエジプトに急接近しており、軍事・防衛の分野で関係強化を図ることで合意した。
 クーデターを主導したエジプトのシシ国防相は、来月(5月)の大統領選挙に立候補を表明しており、圧倒的な得票で当選し大統領に就任することが確実な情勢だ。そのシシ国防相とファハミ外相は、今年2月、モスクワを訪問し、ロシアのラブロフ内相、ショイグ国防相と、いわゆる「2プラス2」の会談を行い、両国の防衛分野における関係強化で合意した。たとえば、戦闘機や戦車などの大型兵器を、ロシアからエジプトに売却することや、合同軍事演習を実施すること、エジプトの軍人をロシアで研修させることなどを協議したと見られている。すでに、兵器の売買契約が結ばれたのではないかという未確認情報もある。

まとめ
 見てきたように、ウクライナ問題をめぐるアメリカとロシアの対立が、中東情勢にも深刻な影を落としている。国連安保理はほとんど機能しておらず、中東の主要問題は、いずれも解決の糸口を見出すことができない。黒海を挟み、ロシアの対岸にあるトルコも、大きな懸念を抱いている。ウクライナ情勢やシリア情勢がさらに流動化すれば、イスラム武装勢力の活動が活発化する恐れがあり、トルコの安定と安全にも影響が及ぶことになる。
 中東では、今、政治の大きな地殻変動が起きており、将来予測は極めて困難だが、米ロの対立が深まれば、その影響は全く予想できない方向に広がる可能性がある。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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