第136回 中央ユーラシア調査会 報告2 「ウクライナ政変とロシアの行方」ジャーナリスト 元毎日新聞社モスクワ支局長 石郷岡 建 (いしごおか けん)【2014/06/30】

日時:2014年6月30日

第136回 中央ユーラシア調査会
報告2 「ウクライナ政変とロシアの行方」


ジャーナリスト
元毎日新聞社モスクワ支局長
石郷岡 建(いしごおか けん)

はじめに
 昨年末、ウクライナのヤヌコーヴィッチ政権は、欧州連合との関係強化を求めた連合条約の調印延期を決定した。この調印延期に対し、親西欧系の若者たちの抗議デモが起き、政権側の強硬な弾圧措置もあって、反政府運動に火が点き、今年に入ってヤヌコーヴィッチ政権は崩壊、親西欧暫定政権の誕生となった。これに反発したロシアのプーチン政権はクリミア半島のロシア領編入を強行し、ロシアとウクライナの全面対立へと発展した。さらに、ロシアと欧米諸国の対立も起き、国際秩序の再編成につながるのではないかとの意見も出始めた。なぜ、ウクライナで政変が起きたのか?また、プーチン大統領のクリミア半島編入の背景は何だったのか? そして、ウクライナのみならず、今後の世界はどうなるのか? 現時点でわかる範囲の分析をしてみたい。

1. ウクライナの政変騒ぎ -ウクライナ国内の東西対立問題
 過去7回の大統領選挙の結果を総括すると、東西で投票行動ははっきりと分かれている。東(工業地帯)は政治的団結力が強く、常に大統領を選出してきた。東の人口は、西(農村地帯)より多いが、過半数に達するほどではない。ただし、毎回、選挙の行方を最終的に決めるのは、浮動票の多い首都キエフを中心とした中央部である。微妙な東西バランスの上に権力が構築される。そして、権力についた東出身の大統領は政治安定のために、西のことを考えざるを得ず、任期中に西ウクライナ的思考(親欧米主義)へとシフトしていくことが多い。その結果、東の反発を招き、新しい東出身の大統領を台頭させるということを繰り返してきた。ウクライナには「大統領は東に生まれ、西で死ぬ」という諺がある。西は団結力がなく、指導者が入り乱れ、権力をとっても、内紛騒ぎになることが多く、様々な宗教が入り乱れているウクライナの構図と一致する。他方、東の団結力の背景は、ロシア語という文化的アイデンティティの存在があり、民族や宗教による団結ではない。
 ロシア系住民の割合と選挙結果を州別に並べてみると、双方は驚くほど一致する。言語分布が大統領選挙の住民の投票行動とぴったりと合う。国勢調査によれば、ウクライナの大半はウクライナ系住民で占められているが、クリミアではロシア系が多数派だ。またクリミア、ルハンスク、ドネツクなど東ウクライナではロシア語を日常会話で使っている人が多い。つまり、日常会話の言語を地域別に分けてみると、西部ではウクライナ語、東・南部ではロシア語となる。言語問題はアイデンティティの問題であって、政治的意志行動と密接に関連してくる。日常会話の言語に対応して、人々の対立状況が起きている。これがウクライナの根が深い、分かりにくい問題の理由となっている。
 ウクライナ政変後、初めての大統領選挙は親西欧派のポロシェンコ氏が第1回投票で過半数の得票を獲得し勝利した。州別の得票率をみると、東西関係なく、全国各州で得票しており、「ウクライナの統一」を叫んだポロシェンコ氏の選挙戦術が国民の支持を獲得した印象にある。しかし、2010年の決選投票に進出した西側候補・ティモシェンコ氏と比べると、ポロシェンコ氏は東でかなり得票率を伸ばしながらも、逆に西では得票率を減らしている。つまり、東ではポロシェンコ氏への期待があり、西(特にウクライナ民族主義の強い西端地域)では、今一つ伸び悩んだとの印象である。そして、ウクライナは、今後しばらくは親西欧反ロシアの政権が続く可能性が強い。これからは「大統領は西に生まれ、東で死ぬ」ということになるかもしれない。

2. 経済統合 ―ロシアと欧米の対立
 ウクライナの歴代大統領はすべて欧州統合を叫び、ヤヌコーヴィッチ大統領も例外ではなかった。しかし、国内の設備・製品をEU基準にあわせるために必要な膨大な資金に対して、EUの支援は数億ユーロしか示されなかった。当時のウクライナ債務は1460億ドル、短期債務は650億ドル、外貨準備は200億ドルで倒産寸前だった。プーチンは、深刻な影響をもたらす隣国ウクライナの経済危機は座視できなかった。さらにウクライナはガス代の未払いを増加させていた。そこで、プーチン大統領は150億ドルもの金を出したが、これは、いずれロシアに戻ってくる金でもあった。
 ロシアはユーラシア同盟の創設を目指し、欧州を目指すウクライナに圧力をかけたと、よく言われるが、実際のところ、プーチン大統領はオブザーバー資格の加盟を説明し、ロシア、欧州同盟、ウクライナの3者の協議を提案していた。ヤヌコーヴィッチ大統領は、欧州とロシアと両方の統合へ参加したいと発言していた。そもそも、ロシアと欧州は、統合について異なった考え方を持ち、双方がそれを理解していなかった。欧州は理念に基づく統合を進め、価値観の一致を求め、参加資格に厳しい基準を設けた。一方、価値観の多様なユーアシア地域では、厳しい参加資格を設けず、ゆるやかな統合を目指した。結果的に、ユーラシアでは、様々な統合組織が台頭し、各国は複数の組織に同時加盟することを当然とした。しかし、欧州同盟は、ロシアか欧州か、どちらか一つの選択を強制し、結果的にウクライナの東西分裂を招くことになったと私は考えている。
 プーチン大統領のユーラシア同盟は、躍進する東アジア、特に中国への対抗策で、ロシアの東を固めるのが目的だった。実のところ、欧州同盟は、ギリシアなど加盟国支援で手がいっぱいで、近い将来のウクライナ加盟を考えていなかった。今回のウクライナの危機の背景には、欧州への統合の是非以外に、ヤヌコーヴィッチ政権への政策批判、汚職・腐敗への怒りが存在し、デモが起きていた。その意味では、世界経済危機以来、世界各地に広がっているデモ・反乱騒ぎと同じ構造である。ただ、東ウクライナの大多数の住民は、欧州統合による豊かな暮らしの実現に反対ではない。ただし、その統合により、ロシアとの政治、経済、文化的紐帯が分断されることには反対なのである。
 米国のマトロック元駐露大使によれば、ソ連崩壊後の独立22年が過ぎたが、いまだに、ウクライナのアイデンティティを作り上げ、国民をまとめる指導者がでていない。ウクライナは国家形成をしているが、まだ、国民形成はできていない状況なのである。

3. 世界秩序の行方 ―文明の対立か? 歴史の終わりか?
 プーチンは第三期大統領就任後に大きな思想転換を行ったと考えている。プーチン政権反対派の論客として知られるルシュコフ元議員は、プーチンの新しい考え方を「プーチンの新ドクトリン」と呼び、次のように説明している。ロシアはもはや西側を信頼すべきパートナーと見ず、自らをヨーロッパの一部とは考えていない。国際法はもはや規範システムではない。プーチンの新ドクトリンは旧ソ連の全領土に適用されるものである。ウエストファリア条約に謳われた国家主権と領土保全の原則は強国のみに適用され、国際機構は、今後、大きな役割を果たしえない、となる。
 就任後のプーチンの発言の背景、クリミア半島編入決定の裏には、「米一極世界は来なかったし、もう来ない、ロシアは欧米と価値観が一致せず、別の道を歩み、近い将来、世界に大きな変化が起き、ロシアは東へとシフトすべきだ」という思想が窺える。 
 新冷戦が始まったとの主張もあるが、中国GDPの5分の1のロシアが冷戦を始める余裕などない。米露が世界を支配する力はなく、少なくともロシアが超大国として世界ににらみを利かせる時代は終わった。つまりロシアはアメリカにつくのか、中国に付くか考えなければならない。東西冷戦対立とは異なる世界だ。欧米の論調は中国を下に見過ぎて過小評価している。そして、ウクライナ危機の背景には多極化世界の台頭論があると考えている。
 「冷戦終了で、新しい文明的な(地政学的な、価値観の)衝突が始まる(文明の衝突:ハンチントン)」という考え方と、「自由・民主主義の勝利により、イデオロギー対立はなくなり、歴史は終わった(歴史の終わり:フクヤマ)」という主張の対立があったが、いま、ウクライナ危機を見る限り、ハンチントンの主張が勝ったように思える。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

IISTサポーターズ(無料)にご登録いただきますと、講演会、シンポジウム開催のご案内、2010年度以前の各会及びシンポジウムページ下部に掲載されている詳細PDFとエッセイアジアをご覧いただける、パスワードをお送りいたします。


担当:総務・企画調査広報部