第137回 中央ユーラシア調査会 報告1 「中国の領域拡大の実態と課題」拓殖大学 名誉教授 元陸将補 茅原 郁生(かやはら いくお)【2014/07/31】

日時:2014年7月31日

第137回 中央ユーラシア調査会
報告1 「中国の領域拡大の実態と課題」


拓殖大学 名誉教授
元陸将補
茅原 郁生(かやはら いくお)

はじめに
 中国は経済の高度成長に伴って領域拡大を図っており、海洋正面では近隣国との軋轢など問題が表れている。新興国・中国の領域拡大の特性を踏まえて、現に関係国と緊張事態を生んでいる南シナ海や東シナ海の問題を中心に宇宙開発など戦略的な領域拡大の実態を探ってみたい。その際、中国の地上面での影響圏の拡大やサイバー空間での領域拡大など広範な分野まで視野に入れてその実態を紹介し、その動向を検討する。

1. 中国の領域拡大の特性
 国家が興隆するとき領域拡大に進むことは中国だけに限ったことではないが、中国の領域拡大にはそれなりの特色がある。第1に領域拡大の分野は、海洋のみならず宇宙や深海も目標にし、さらには新たなサイバー空間や経済面の影響圏の拡大まで多面的に及んでいる。1昨年に誕生した習近平政権は「中国の夢」を掲げて求心力を強化しているが、巨大国家を統治するにあたり領域拡大とナショナリズムの高揚を上手くかみ合わせて展開している。
 第2に領域拡大の狙いには、膨大な人口を扶養するための海洋資源の開発・確保がある。その場合、国連海洋法などのルールの規制については、欧米先進国主導のルールであるとして、後発国の立場からしばしば異議を唱え、独自解釈による領域拡大を進めて緊張をもたらしている。
 第3に、今日の戦略領域拡大の背景には、『解放軍報(1987)』に掲載された「三元的戦略国境論があり、そこでは海洋、宇宙、深海などへの拡大が主張されていたが、その後の実態は戦略国境論に沿った方向で進出が進められている。
 第4に、中国の領域拡大には軍事力を背景とした強硬姿勢があり、軍事力強化と共に進められてきた。現に国防費の増額は領域拡大と連動しているが、その背景には、アヘン戦争敗北以来の「力がなければやられる」との力の信奉者的な見方がある。
 これらから中国の領域拡大は「力で現状を変える中国」と国際社会から警戒の目で見られている。

2. 中国の海洋進出
 中国の海洋進出の狙いには、①海洋正面の安全保障、②海洋資源開発、③シーレーン防護の3つが考え られる。1992年に「領海法」を設定したが、そこでは大陸沿岸の外に西沙、東沙、南沙、釣魚島(尖閣諸島)の各島嶼を自国領としそこから領海範囲が設定されている。
 南シナ海では領海法では説明がつかない「九断線」が大きく囲み、力で逐次に南シナ海の島嶼の実効支配を広げている。そして中国は海軍力をもって、南シナ海では74年に西沙諸島の占領、87年からは南沙諸島への進出など、アセアン諸国とは角逐を続けている。今日でもフィリピンと争いながらミスチーフ礁、次いでスカボロー環礁などに実効支配を拡大している。
 東シナ海においては、周知のように尖閣諸島の領有権主張、海防空識別圏の設定、排他的経済水域の境 界線の設定を巡って、日本との軋轢を続けている。

 (1)安全保障上の問題については、西太平洋が焦点となり、中国海軍とアメリカ海軍の摩擦が増えている。冷戦後、中国の改革開放政策でまず沿海都市部の経済発展をえて、国富を生み出す沿海都市部の安全確保が重視されてきた。そのために太平洋正面にバッファゾーンを拡大し、海洋からの攻撃阻止が狙いとされた。特に近年、アメリカがアジアを重視するリバランス戦略を展開するようになり、第一列島線(日本から南西諸島、台湾、フィ リピン南シナ海)で米軍の西進を阻止するA2戦略(阻止:Anti Access)が追求さ れ、さらに第二列島線(東京から小笠原諸島、グアム、マリアナ諸島)までの西太平洋海域で米軍事行動の牽制・拒否を狙ったAD戦略(拒否:Area Denial) を追求するようになった。このため中国艦隊がしばしば第一列島線を越えて西太平洋で演習を誇示するようになり、米中間で緊張事態を多発させている。
 (2)経済的側面から、13億の巨大人口を抱えて経済発展を続ける中国は自動車2000万台市場の時代を迎えており、ガソリンの大量消費量で2億トンを超える原油輸入国となっている。不足する化石燃料を取得するために輸入だけでなく近海の海底油田の開発が重要になり、海洋権益に固執してきた。それが先のベトナム沖で緊張事態を引き起こしたように海底資源を巡る紛争に繋がっている。
 (3)不足する原油の確保で、中国は中東やアフリカから原油を輸入しているが、油送路の確保が重要になり、インド洋シーレーンの安全確保が問題になってきた。そのため中国は海軍力を強化すると共にインド洋の「真珠の首飾り」戦略のようにパキスタン(グワダル港)、バングラデイッシュ(チッタゴン港)スリランカ、ミャンマー、などの重要港湾に優位な地歩を築きインド洋油送路の安全のために着々と手を打っている。また「21世紀海のシルクロード」構想を提案し、アセアン諸国の協力を求めて油送路の確保に力を注いでいる。
 このように東シナ海から南シナ海、さらにインド洋へと中国なりに生存を賭けて海洋進出をしており、米中間のみならず関係国との海洋摩擦を多発させている。
 また今後の課題としては、中国は北極海にも並々ならぬ関心を持っており、北極評議会のオブザーバー国として意欲的に活動を始め、今後の関与動向が注意される。さらに深海進出についても、有人探査艇「咬竜」号の開発で7070m潜水の世界記録を達成するなど深海への関心も高めている。

3. 宇宙への戦略的領域の拡大
 「宇宙を制するものは将来戦を制する」という見方に立つ中国は宇宙の戦力化も重視して進めている。現に中国は監視、偵察、通信などに資する各種軍事衛星を打ち上げるだけではなく、2007年1月には、自国の用済み気象衛星・風雲1号の撃墜実験にも成功して、ASAT能力を世界に誇示した。
 また宇宙開発では、宇宙ステーションの建設も進めており、2020年が完成時期と見られている。実は同年は現在の国際宇宙ステーションISSの運用が終了する時期でもあり、2020年からは宇宙は中国が制する独壇場になる可能性を秘めている。
 その外に月面探査用の嫦娥計画が進められ、昨年末には月面に衛星を着陸させて軌道車で探査活動を行なっている。またわが国ではアメリカのGPSによるカーナビの恩恵を受けているが、中国は同じ地球測位衛星網(GPS)を構築し、既に稼働させて東南アジア諸国を顧客に便宜を供与し、影響力を強めている。
 見てきたように中国の宇宙開発は軍事利用を中心に広範に進められているが、それは米国など先進開発国との宇宙権益やルールを巡る軋轢となり、安全保障上の競合を激化させることにつながろう。

4. その他の戦略空間への影響力拡大
 中国は地上での領域拡大は、紛争に繋がるとして用心深く対応している。しかし中国は国際関係や経済圏、さらに電子空間などでは戦略領域の拡大を図っている。まず大国として国際関係への影響力の拡大として、クリミヤ編合で国際的に孤立したロシアに対して支持と連携の手を差し伸べている。また中央アジア諸国に対しては、「シルクロード経済ベルト」戦略を唱え、さらに上海協力機構に対しても経済・安保面での影響力の拡大を図っている。
 次に経済分野では 4兆ドルを越える潤沢な外貨準備高を利用して途上国支援や投資を広げて影響力を拡大している。例えばアジア・インフラ銀行の設立構想も中国マネーを手段としたアジア攻勢の一環として展開されている。さらにこれまでのアフリカ、中南米など資源国へはODA支援、インフラ整備など経済協力を通じて攻勢をかけている。

 また中国は「孫子の兵法」の伝統を生かした「三戦(心理戦、輿論戦、法律戦)」の展開で国際世論での優勢確保や係争国への心理的攻勢などを進めている。さらにサイバー攻撃も積極的に展開しており、パワー溢れる新興国家として中国の戦略領域の拡大、影響力の強化を追求している。

5. 中国の領域拡大はどこまで続くのか
 中国・習近平政権は「偉大な中華の復興」という夢を掲げており、新興大国として当分領域拡大を続けようが、どこまで拡大するのか、目指す目標はなお定かではない。
 領域拡大を促す政治的な要因として、中国は大規模国家の中央集権的な統治に難題を抱えており、政権への求心力の強化のために対外的な拡大姿勢をとる必要に迫られている。また国内不安対処や6億を超えるネット世論の批判をかわすために領域拡大にあたり強硬姿勢をとる動機も強い。さらにナショナリズムの盛り上がりを受けて、歴史問題を絡めた主権の関わる領域問題では後に引けない事情もあり、領域拡大は促進されよう。
 さらに経済的な要因としては、中国は世界の5分の1を占める膨大な人口の扶養問題があり、経済発展に伴う生活水準の向上から資源消費量は急増しており、今後も海底油田など資源確保になりふり構わぬ拡張姿勢をとることになろう。
 その上に中国の伝統的な中華思想や華夷秩序の民族的な記憶は、今日の国際法や慣例など国際秩序への挑戦を促進させ、それも域拡大を後押ししよう。
 しかし中国の現状は経済格差や汚職腐敗などの経済高成長の負の遺産をかかえており、ナショナリズムの高揚だけでは解決できない国内的な難題も抱えている。そのためには国民に豊かさを実感させるように持続的な経済発展は不可欠となり、グローバル経済に組込まれた中国経済は現国際秩序の枠内で行動することが求められている。投資と輸出入に依存する中国経済は「中進国の罠」に直面しており、その克服のためにも中国が現実に国際協調路線に沿って領域拡大を自制し、抑制する必要に迫られてこよう。
 中国が「平和的発展路線」を掲げるのであれば、地域の平和と安定に貢献する姿勢を見せる必要がある。これまでの無秩序な領域拡大が「力による現状否定」と国際社会から懸念される事態から脱却する要件であるからである。それは中国が自国の国益のみの追求を抑えて責任大国(ステークホルダー)として振る舞えるよう成熟できるかにかかっている。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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