第137回 中央ユーラシア調査会 報告2 「ユーラシア経済連合への道程 ――ロシア主導の地域統合の現段階――」防衛省 防衛研究所 主任研究官 湯浅 剛(ゆあさ たけし)【2014/07/31】

日時:2014年7月31日

第137回 中央ユーラシア調査会
報告2 「ユーラシア経済連合への道程
――ロシア主導の地域統合の現段階――」


防衛省 防衛研究所 主任研究官
湯浅 剛(ゆあさ たけし)

はじめに
 2014年に入り、従来から進行していたロシア主導の地域統合構想――特に関税同盟や2015年の発足をめざしているユーラシア経済連合(報告当時、私はЕвразийский экономический союзをこのように表現したが、後に「ユーラシア経済同盟」と訳語を変更した。なお、以下は報告当時の表現に従い「連合」で統一している)――は、ウクライナ情勢と連動し、ロシアによるその政治利用が目立っていた。アブハジアやウクライナ東部といった旧ソ連の非承認国家やウクライナから分離しようとする親ロシア勢力が(現状ではウェブサイトやSNSでの構想提唱にとどまっているが)これらの統合構想へ参加することに積極的な姿勢を示している。このような自立的勢力によるロシア主導の統合構想の「政治利用」が、実現するのかどうか、今の段階では未知数である。しかし、ユーラシアの国際秩序の展望を考えるうえで、これらの地域統合構想がいったいどのような経緯から生じ、また、制度化されてきたのかを検証する必要はあるだろう。
 ユーラシアの地域統合は安全保障(CSTO)と経済(ユーラシア経済共同体→関税同盟→ユーラシア経済連合)の2分野で長期にわたって制度化が進んでいる。今後は2015年のユーラシア経済連合発足と拡大が焦点となる。報告では、ロシアにとっての地域統合の位置づけ、そしてユーラシア経済連合と世界貿易機構(WTO)の体制との関係、の二点を主な論点とした。詳細は、報告者の近著(『現代中央アジアの国際政治――ロシア・米欧・中国の介入と新独立国の自立』明石書店、2015年3月刊)にゆずるが、以下では、この二つの論点に対するカザフスタンの姿勢について、概要をまとめたい。

カザフスタンにとっての統合構想とWTO加盟
 2014年5月、ユーラシア経済連合結成に関する首脳会合はカザフスタンの首都アスタナで開催された。カザフスタンはこの統合構想に積極的である。他方で、必ずしもロシアの歩調に従順ではなく、この構想に関連して独自の提案も行っている。例えば、カザフスタンはロシア以上にクルグズスタン(キルギス共和国)やトルコなどテュルク系諸国が、この統合プロセスに参加することに前向きである(例えば、2013年10月24日、最高ユーラシア経済理事会にあたっての報道)。また、従来カザフスタンが主導してきたユーラシアの安全保障対話フォームである「アジア信頼醸成措置会議(CICA)」の制度化を進め、「アジア安全保障・開発機構」へと改組することも提唱している(2014年5月21日、報道)。
 また、国内では地域統合促進に対する異論も少なからず存在している。2010年頃より頻繁に指摘されてきたのは、統合構想が過剰な財政出動につながること、また、欧州などから輸入された消費財を高関税で買わなければならなくなり農産物以外の産品が値上がりするのでは、といった懸念であった。
 カザフスタンにとって、WTOへの加盟は長年の懸案となっている。また、これに併せて、ロシア主導の統合構想との制度的整合性をとっていく必要もある。これらの問題点ついて、ロシア戦略研究所のリハチョフ主任研究員が概要以下のようにまとめてくれている(2014年7月28日報道)。カザフスタンのWTO加盟申請をしてから既に18年が経過しており、ナザルバエフ大統領は2014年中に加盟する、とも言明していた(7月、報道)。また、カザフスタン経済統合担当相によれば、WTO加盟によって自由化が進行した場合のカザフスタンの弱点は農業であり、今後、WTOとの加盟交渉のなかで補助金額の上限について年間25~15億ドルに設定される可能性がある。さらに、関税同盟共通の関税率・諸制度との整合性が課題となってくる、とも指摘された。
 以上の議論から、カザフスタンにとってWTO加盟により輸入消費財の価格が低下することは歓迎すべきところと考えられる。他方で、WTOへの加盟は、自国の半数近い人口(44%)が従事する農業に打撃を与える可能性が大でもある。カザフスタンにとっては、結局は石油に依存する経済構造を助長するのみなのだろうか。なお、加盟交渉で足踏みをしているカザフスタンに対し、タジキスタンが一足先にWTOに加盟を果たした(2012年12月10日)。これもカザフスタンにとっては衝撃的な事件であり、ロシアとの統合推進がWTO加盟の足かせとなっているとの指摘も国内でなされた。

プーチンの同盟(alliance)認識と階層的国際秩序
 7月22日のロシア安全保障会議における、プーチンによる地域秩序・同盟(alliance)に関する認識の吐露は、報告時(7月末)のウクライナ情勢とも絡んで興味深いものであった。すなわち、ロシアが何の同盟(アライアンス)にも入っていないことがロシアの主権の担保になっている。同盟に与する国家(ネーション)は、その主権を部分的に譲渡しなければならない。このような状況はえてして当該国の国益にかなわないことがあるが、それも彼ら自身の意思なのである、といったものであった。ここで「同盟に与する国家」とはNATO諸国などアメリカ主導の軍事同盟加盟国を念頭に置いているのだろう。
 これに対し、ロシア国内でも異論が出た。その一つ、7月30日、フョードル・ルキヤノフ(外交・防衛政策評議会代表)のインタビューでの見解は概要次の通り。
 プーチンの発言はまったく奇妙であり、ロシアがCSTOを同盟とみなしていないということになる。(中略)……大統領は、加盟国が主権を実質的に明け渡しているアメリカ主導の同盟を念頭に置くあまり、CSTOのことを放念していたのではないか。ここにCSTOやその他のロシアが作った組織の問題がある。真に深刻かつ戦略的な重要性を持つ事象にいたったとき、ロシアはこれらの組織を必要なものとみなさないのだ。同盟国の不在を喜ぶとは、驚くべき立場だ。
 前述のプーチンの発言は、CSTOをはじめとするユーラシアの地域協力・統合プロセスがロシアの主権を制限するものと見做していないという考えを、きわめて率直に示している。報告者(湯浅)は、このような発言にも見られるように、中央アジアを含めたユーラシア国際秩序を理解するうえで、主権国家の平等性を重視するウェストファリア的な国際政治像よりも、主要国を上位に置く階層的な国際政治像の方が有効ではないか、と考えている。ロシアの勢力圏的な発想も、このような長年の秩序形成の実践と論理の積み重ねから生まれてきているものといえよう。
 他方で、ユーラシア経済連合など統合の制度化が進むことは、ロシア(そして場合よっては中国や米欧といった主要国・勢力も含む)が自国の利益のみを優先して行動することを制約することに繋がる場合がある。カザフスタンなど中小規模の国家は、単に主要国に依存するだけでなく、国際的な制度・ルールの構築により自国の発言権や裁量の幅が広がる可能性があることに、統合プロセス参加の利点を見出しているのではないだろうか。いずれにしても、2015年に発足したユーラシア経済連合、そしてさらに政治分野の統合も視野に入れた「ユーラシア連合」構想の展開は、注目に値する事象である。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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