第138回 中央ユーラシア調査会 報告1 「ウクライナ問題とガス供給停止の論点整理~CIS経済統合の観点から~」みずほ総合研究所株式会社 欧米調査部 主任研究員 金野 雄五(こんの ゆうご)【2014/09/02】

日時:2014年9月2日

第138回 中央ユーラシア調査会
報告1 「ウクライナ問題とガス供給停止の論点整理
~CIS経済統合の観点から~ 」


みずほ総合研究所株式会社 欧米調査部 主任研究員
金野 雄五(こんの ゆうご)

はじめに
 今日顕在化しているウクライナ問題について、ロシアを中心とするCIS経済統合の観点からの把握を試みる。また、ガス価格問題やEUの連合協定、WTO加盟など、現在のウクライナ情勢を論じる上で欠かせない諸問題について、論点を整理する。

1. CIS経済統合の現段階
 ロシア、ベラルーシとカザフスタンの三国間では関税同盟が2010年から機能している。関税同盟は、相互の貿易障壁を完全に撤廃し、同時に第三国からの輸入障壁も統一するものである。若干の例外はあるものの、関税同盟の完成度としてはかなり高いものであるといえる。2011年にロシア等8カ国が調印したCIS自由貿易地域条約は、90年代前半の比較的早い段階で、二国間ベースで締結されていた複数のFTA協定を、大幅に内容を刷新した上でひとつの多国間協定としてまとめたもので、2013年からはウズベキスタンも参加している。この条約の締結国の間では、相互貿易については基本的に自由化されているが、第三国からの輸入については各国がそれぞれ異なる障壁を設けている、このCIS自由貿易地域条約を締結していないCIS(独立国家共同体)諸国、すなわちアゼルバイジャンとトルクメニスタン、グルジアの3カ国は、ロシアを中心とする経済統合から距離を置こうとしている国であるとみなされる(グルジアは2009年にCISからの脱退を表明)。
 その後、2012年の共通経済空間創設に関する17の条約や、2014年のユーラシア経済同盟条約等、様々な条約が締結されているが、これらは現状を規定するというより、今後の経済統合の目標を定めたものである性格が強い。ユーラシア経済同盟は、EUの経済統合の現段階である「経済同盟」を目指したものだが、ロシア等3カ国による経済統合の現段階はあくまで関税同盟であり、将来的には次のステップである共同市場の段階を経て、EUと同じ経済同盟に発展することを目指している。

2. ウクライナ問題の背景としてのCIS経済統合
 ロシアは、CIS自由貿易条約を締結しているが関税同盟には入っていないが4か国、キルギス、タジキスタン、アルメニア、ウクライナに対して、輸出関税を免除することにより、天然ガスや原油を通常よりも安く供給していた。これはこれらの国を関税同盟に参加、加盟させるための一つの働きかけである。対して、EUの旧ソ連諸国に対するアプローチは2種類ある。東方パートナーシップは、非常に緩やかな関係強化の試みである。EU連合協定は、さらにより強い働きかけ、関係強化を目指すものである。現在EUがウクライナ等の国との間で締結を進めている連合協定は、かつて中欧諸国との間で締結した連合協定と、基本的には同種のものである。必ずしもEU加盟を保証するものではないが、EU加盟に向けた一つの重要なステップであることは間違いない。
 興味深いことに、ロシアが関税同盟への参加を働きかけていた国が、キルギス、タジク、アルメニア、ウクライナであるのに対して、EUが連合協定の締結を進めていた国がウクライナ、モルドバ、グルジアであり、この両者の働きかけが交差している国がまさにウクライナであった。ウクライナとの関係強化を巡って、ロシアとEUが綱引きのような関係にあったと言えるだろう。

3. ロシアのCIS諸国に対する関税同盟参加への働きかけ
 ロシアはCIS諸国に対して、関税同盟への参加可能性に応じて、輸出関税を減免するなどの対応をしてきた。ベラルーシとカザフスタンについては、ベラルーシには一時期、例外があったが、基本的にはすべての輸出関税を免除している。キルギス、タジキスタンについては、2009年頃までは全て免除していたが、2010年から原油、石油製品についてのみ課税を始めた。2010年は関税同盟が機能し始めた年である。この年からロシアは、関税同盟に参加している国についてのみ輸出関税をすべて免除し、関税同盟への参加希望を表明した国に対しては部分的に輸出関税を免除するという方針をとり始めた。従来、関税同盟参加に消極的だったアルメニアは、これまで輸出関税がすべて課税されていたが、2013年9月に関税同盟への参加を表明したことで、2014年から部分的に輸出関税が免除されるようになったウクライナに対しても、2009年まではすべての輸出関税が課されていたが、2010年から天然ガスについてのみ減免するということが行われた。ウクライナによる関税同盟への参加を促す狙いがあったと考えられる。

4. ウクライナ問題後のCIS経済統合
 キルギスとタジキスタンは、関税同盟に参加する意向を強めている。アルメニアも従来は非常に消極的だったのが、現在に至ってはほぼ関税同盟に加盟するのが確定している。一方で、ウクライナ、モルドバ、グルジアは、EU連合協定を締結し、少なくとも関税同盟に参加する可能性はなくなった。
 ここで、ロシアを中心とする関税同盟への加盟とWTO加盟はどのような関係にあるのか。CSI諸国のうち、アルメニア、タジキスタン、キルギス、モルドバ、ウクライナは、すでにWTOに加盟している。具体的にはWTOに加盟していても、GATT24条に違反しなければ関税同盟に入ることができる。GATT24条とは、関税同盟をつくる、あるいは関税同盟への加盟前と比べて、加盟後の第三国に対する貿易障壁が上がってはいけないというものである。関税同盟に入ることで、その国の関税水準が全体的に上がるのか、下がるのかというのが非常に重要である。
 アルメニア、タジキスタンはGATT24条への抵触可能性の低さから見ても関税同盟参加は現実的である。問題は、最終譲許税率が関税同盟の共通輸入関税率の最終譲許税率を下回る国で、具体的には、キルギス、モルドバ、ウクライナである。ウクライナは、最終譲許税率平均5.8%で約束しているが、関税同盟に入ると7.8%に引き上げることになり、これはまさに、関税の全般的な水準が引き上げられ、GATT24条違反になってしまう。従って、ロシアはウクライナに対して、天然ガスの輸出関税の免除などによって関税同盟への参加を働きかけてきたわけだが、客観的に見て、ウクライナが関税同盟に入れる可能性はそもそも低かったのではないか。

5. ウクライナとロシアのガス供給を巡る事実関係の整理
 ウクライナは、2008年まで天然ガスの輸出価格について毎年ロシアと2国間交渉を行なっていたが、2009年からはオイルリンクが公式に導入された。ただし、2009年については20%のディスカウントがつけられ、2010年以降についても輸出関税分を減免するという方式がとられていた。ウクライナ側は、2010年以降の価格はハリコフ合意に基づくもので、黒海艦隊の駐留契約の更新、長期契約等と引き換えにオイルリンクからのディスカウントを勝ち取ったというロジックであると思っていたが、一方でドイツもロシアから同じくディスカウントを勝ち取ってしまった。ウクライナにとってセバストポリの賃貸契約が相当大きな譲歩であったと解釈すれば、ドイツへの輸出価格と同価格であることに対する不満があるのかもしれない。とは言え、ウクライナ側が現在要求している、2014年の第1四半期の価格(268ドル/1000?)の継続適用というのは、根拠がないと言わざるを得ない。268ドルという価格が、あまり論理性がないものであることは、おそらくウクライナとしても理解した上で、今後の交渉の駆け引き材料として、一種の交渉術の一環として行っている主張ではないか。
 また、国連貿易統計によりロシアの各国向け天然ガス輸出価格を見ると、ロシアのウクライナ向けの天然ガス輸出価格は他国向けと比べて決して高くはない。ドイツより若干高い程度であり、関税同盟に入るアルメニアと同じ水準を要求するというのは無理がある。また、ウクライナは、天然ガス供給が止まる前から、西欧からの輸入(リバース・ガス輸入)によってロシアからの輸入価格よりもずっと安い天然ガスが買える等と主張してきたが、それも事実ではなく、ウクライナにとって、リバース・ガス輸入は必ずしも安くない。総じて天然ガス価格に関するウクライナの主張には無理があるように思われる。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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