第138回 中央ユーラシア調査会 報告2 「中央アジアにおける水力発電を巡る動向」慶應義塾大学 SFC研究所 上席所員(訪問) 稲垣 文昭(いながき ふみあき)【2014/09/02】

日時:2014年9月2日

第138回 中央ユーラシア調査会
報告2 「中央アジアにおける水力発電を巡る動向」


慶應義塾大学 SFC研究所 上席所員(訪問)
稲垣 文昭(いながき ふみあき)

はじめに
 2014年6月17日に、世界銀行はタジキスタンが建設を計画しているログン水力発電所に関する評価報告書を発表した。下流域国であるウズベキスタンは自国の農業用水への影響を懸念し、同水力発電所建設に対し強固に反対してきた。だが、化石燃料が不足するタジキスタンにとって水力発電の増強はエネルギー貧困を解消する上で放棄できる計画ではない。現在、冷戦とも評されることがあるウズベキスタンとタジキスタンの対立の中心がこの水力発電に代表される水問題である。本報告では、同水力発電を巡るタジキスタン=ウズベキスタン関係を整理し、評価報告書発表後の展望をエネルギー問題の視点から考察する。

1. 中央アジア水資源問題の背景
 タジキスタンとウズベキスタンはアムダリア川の水配分を巡って長年対立状態にある。タジキスタンにとって水資源はエネルギー資源であり、エネルギー安全保障上の問題として水問題が重要である。特に冬季は、電力、エネルギーが不足し、電力需要が供給量の25%を上回り、3000~3600メガワット足りない状況である。これに対して、ウズベキスタンにとって水資源は、灌漑用水として食糧問題に直結する。
 ウズベキスタンは、タジキスタン、キルギスタンのソ連時代以来の主たる天然ガス供給国であったが、当時はソ連の中央政府、連邦政府の方から両国に特別予算が割り当てられ、その予算によって、ウズベキスタンから天然ガスを調達するスキームで成り立っていた。ソ連が解体して自前で全て調達しなければならないとなった時に、天然ガス価格が上昇したことも、2か国にとっての悩みの種である。
 電力構成を見ると、キルギスは91%、タジキスタンは96.5%の電力を水力に依存しているという状態である。タジキスタンでは、天然ガス供給が止まってから石油依存度が若干上がっている。ドゥシャンベ第一火力発電所という天然ガス炊きの発電所があるが、天然ガスの代わりに重油を使って発電しているとのことである。

2. 世界の水紛争
 タジキスタンとウズベキスタンの例に漏れず、水紛争というのは世界各地に存在する。これだけの水紛争が世界各地にあってもまだ武力衝突に至った例はないといわれる。しかし、これまでのように水が潤沢だった時代と比べるとこれからも必ずしも武力衝突に至らないとは確証として言えず、武力衝突に至る懸念もある。水ストレスが増えていく状況で、水を巡る対立を緩和させることはこれからの国際社会の取り組むべき課題の一つである。
 越境河川とは国境をなしていない2国以上を跨いでいる川を言い、それに対して国際河川は国境をなしている川のことを言う。国際河川に関しては国際法がかなり整備されているが、現在問題になっているのは、多くが越境河川である。上流域国と下流域国の間で水分配での対立が起こりやすい。
 国際水路法は、越境河川に対しての唯一現在動き出している法律で、今年の8月17日に発行したが、キルギス、タジキスタンは採択していない。ウズベキスタンは提案された97年の段階では、棄権し賛成していなかったが、2007年9月4日に批准している。国際水路法には、越境河川について、共有する他国の需要、要求を考慮して、公平な水利用を行い、生態系の保護をすること等が規定されている。

3. 中央アジアにおける水紛争
 中央アジアの国々も、水問題を解決しようといろいろな地域協力枠組みを作っては解決を試みてきたが、なかなか解決できない状況である。上流域国のキルギス、タジキスタンは化石燃料が採れないので、エネルギーといえば水力発電になる。エネルギー需要が一番高まるのは、冬の間で、暖房用の電力として水力発電を回すとすると冬に向けて夏から水を貯めなければならない。それに対し、下流域国は、夏場に農地に水が必要である。各国で冬期と夏期の水需要が異なっている。また中間地に貯水池を作る案では、乾燥地に莫大な貯水池を造るという技術力やその管理費の問題が発生する。
 2009年12月にタジキスタンがログン水力発電所を単独で建設すると発表した数週間後に、ウズベキスタンがタジキスタンに対する送電を停止した。それ以来、ウズベキスタン側からタジキスタン側に電力は流れていない。タジキスタンはウズベキスタンを経由してトルクメニスタンから冬場の電力を確保していたが、これも止まってしまった。結果として、タジキスタンは電力不足に陥っている。ウズベキスタンはタジキスタンが電力の不正使用や未払いのためカットしたと言っている。タジキスタン側は、ログン水力発電所に対する報復措置であると受け取っている。どちらの言い分が正しいかわからないが、少なくともタジキスタン側はこの問題は政治的な問題であると考えている。

4. ログン水力発電所と世界銀行の評価報告書
 このような対立の構図がある中で、2010年に世界銀行が、ログン水力発電所のFS調査を行なうこととなった。ログン水力発電所は、1970年代にウズベキスタンの灌漑水用に計画され、1976年建設開始されたがソ連解体とタジキスタン内戦にて建設が停止した。その後2008年4月に株式会社ログン(資本金:2,360万ドル)を創設して、2014年1月?5月に5,650万ドルを基礎建設に消費(前年同期比2,480万ドル増)している。完成すると、当初の計画で、ダムの高さは335メートル、発電容量というのは3600メガワット、年間発電量は13.1テラワット、貯水池の面積は110平方キロメートルになる。
 世界銀行の技術・経済評価の結果、建設予定地における基礎工事について、既存の施設と設備はプロジェクトに適合しており、335mのロックフィルダム、発電容量3200メガワットが妥当となった。ただし、環境社会評価においては、地元コミュニティへの影響と夏期の下流域の流水量の変化に留意しながら本計画を進めるのが妥当であるということが指摘された。
 この評価書に対して、ウズベキスタンのアジーモフ第一副首相は、7月15日のアルマティで開かれた会議で、「タジキスタンのみが関与し、独立性も、公平性も、客観性も、透明性も、国際水準を満たしていない評価であり、国際水路法や越境河川量に関する国際法を適用していないので、この評価報告書に対しては否定するしかない」と評価報告書を受け入れない立場を明確に示した。

5. 評価書の問題点・残された課題
 環境社会評価でも指摘された地元コミュニティへの影響というのが未解決の部分が多い。例えば、移住済みの住民が抱える問題というのが指摘されている。また、資金調達の問題もある。ウズベキスタンと問題を抱えている状態で賛同してくれる国があるのか。動向が気になる国としては、ロシア、中国、インド、パキスタン、カザフスタンであると私は考えている。ロシアはこれを地域協力のプラットフォームにすることに関心があると言っているが、最近のウクライナ問題がどういう影響を及ぼすのか検討が必要である。
 その一方で、気になる資金援助者としては、CASA1000プロジェクトがある。CASA1000は、世界銀行とアジア開発銀行ADBが5億ドルの資金援助を行う形で、中央アジアからアフガニスタンや南アジアに向けて電力を供給する計画である。タジキスタンとキルギスが電力輸入をしているパキスタン等が、何らかの形で関与することが考えられる。なおかつ、CASA1000の延長でインドが投資する可能性も少ないが否定できない。中国はすでにタジキスタンに対してエネルギー関係に増資しており、水力発電所タービンなどの提供も含めて関与していく可能性も否定できない。タジキスタンはカザフスタンに対して資金援助を求めており、ログン水力発電評価会議やCASA1000の会議もアルマティで積極的に開催している。カザフスタンが中央アジアの中での仲介者を担おうとするときに、どのような形で関わってくるのかというところも一つのポイントになる。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部