第139回 中央ユーラシア調査会 報告 「インド:モディ新政権の課題と可能性~ 経済政策の転換と積極化するアジア外交」有限会社ユーラシア・コンサルタント 代表取締役 帝京大学 非常勤講師 清水 学(しみず まなぶ)【2014/10/20】

日時:2014年10月20日

第139回 中央ユーラシア調査会
報告 「インド:モディ新政権の課題と可能性
~ 経済政策の転換と積極化するアジア外交」


有限会社ユーラシア・コンサルタント 代表取締役
帝京大学 非常勤講師
清水 学(しみず まなぶ)

はじめに
 今年5月のインドの総選挙の結果、モディ新政権が発足した。新政権の課題は、インド経済を高成長軌道に戻し、地域大国からグローバル大国への道筋をつけることである。そのため中国型発展モデルの導入とともに、全方位外交を掲げつつルック・イースト強化と米中日との外交関係の再編成に力を入れている。今年3月のムンバイとデリー、6月の北東インドのアッサム州・メガラヤ州とデリーでの現地調査を踏まえ、モディ政権を取り巻く新たな環境とその可能性について報告する。

1. モディ新政権の登場
 2014年5月の総選挙で、経済最優先を打ち出す強力な指導者としてナレンドラ・モディが予想通り圧勝し、マンモハン・シンの中道左派政権からモディ右派政権へと変わった。モディは、BJP(インド人民党)に所属し2001年よりグジャラート州首相を務めてきた。州首相であった12年間、州の経済成長率はインド全体よりも常に2,3%高かったため、経済活性化を実現できる人物というイメージがあり、インド経済を立て直し雇用増を実現したい国民の期待が集中したものである。新政権は、1991年の経済政策の転換に次ぐ新たな経済の転換期をつくる可能性がある。
 その新政権の一つ目の課題は、インド経済を再度、高成長軌道に戻すことである。以前は8%を越えていたGDP成長率は、ここ2,3年、5%弱となり一種の経済転換期にある。二つ目は南アジア地域大国からグローバル大国への道筋をつけることで、これを実現するためにも前者の課題達成が前提条件となる。これらの課題を具体化する策として、1)中央政府のリーダーシップの強化、2)一層の経済自由化、3)軍事力強化、4)ヒンドゥー主義的価値を底流とする国家主義の推進の試みが挙げられるが、インドの憲法は世俗主義を明確に謳っており、ヒンドゥーの明示的推進はインド憲法の理念に抵触する可能性をもっている。
 ここで、インドを理解するキーワードをいくつか挙げたい。インドでは議会制民主主義が定着しており、選挙公約の意味は重い。広範な言論の自由があり、選挙民の中には文字が読めない人もいるが、公約をよく覚えている人も少なくない。また、多人種・多民族・多言語・多宗教から構成され「多様性のなかの統一」が国是である。連邦制で州も政府を組織し独自の権限を有しているため、州が異なると法制度・税制・文化・言語も異なっている。1960年代半ば以降、連邦与党と州与党が異なるというねじれ現象は珍しいことではない。インド人は概して、論理性を重んじ、議論が好きで、原則的と信じる前提を容易には妥協しない。自尊心が高く、文化的伝統に対する誇りと英国の植民地支配に対する独立運動で鍛えられた国際政治に対する鋭い感を持っている。

2. 課題1の課題-高成長軌道に戻せるか
 インドの人口はほぼ中国の人口と同じに近づき、このペースでいくと10年後には世界最大の人口を擁する国になると見込まれている。一方、両国間のGDP比は中国とインドは、ほぼ4対1となっている。インドの経済成長率は、第8次5カ年計画期から多少の揺れがあるが、新しい成長軌道に入り、2010年以降8%台から落ち込んでいる。インドの構造的な経済問題を打破するモディの開発戦略は、基本的には中国の発展モデルを頭においている。外資を導入し、インドの比較的良質かつ安い労働力で、特に製造業の分野で輸出産業を育てあげる。それに加えて、グジャラート州での一定の経験がある。しかし多様なインド全体に、グジャラート・モデル-インフラ整備(電力・道路)、ガバナンスの改善、外資導入の条件整備― をどの程度適用できるかが課題である。中国の経済政策の推移を見ると、政策転換は鋭角的であり、ドラスチックである。これに対して、インドは政治体制の相違を反映して、緩やかに変化する、つまり鈍角的政策転換といえるのではないか。また議会制民主主義の問題と重なって、社会的政策が非常に大きな意味を持ってきている。
 インドは、SAARC(南アジア地域協力機構)のメンバーであるが、内部にインド、パキスタンの厳しい対立を抱え、SAARCは1985年に発足し約30年経っても成果は見るべきものは極めて少ない。域内の自由貿易協定も例外品目のオンパレードであり、インドのSAARCからの輸入は総輸入の0.5%に過ぎない。南アジアでのインドの影響は圧倒的であったはずだが、近年は中国の影響力が次第に浸透している。

3. 第2の課題―モディ外交の展開
 新政権は経済成長を主軸とするルック・イースト政策をとり、近隣ではアセアン、東アジア諸国、オーストラリアとの関係強化を目指している。モディ首相は矢継ぎ早に、日中米との首脳会談を行いダイナミックな外交を展開した。
 南アジア域内での主導権を保持・強化して中国と対抗しようとしているが中国に侵食されている意識が強い。対中関係は長期的には軍事戦略的な立場を強化しつつも、無用な摩擦はできるだけ避け、経済関係強化を含め、経済発展最重点の路線を維持する戦略をとっている。しかし越境(実効支配線)問題については、従来よりは強い姿勢で中国に臨もうとしている。対日関係も対中を考慮に入れて重視しているが、中国を過度に刺激しないよう独自路線を維持している。印中首脳会議では、中国が今後5年間でインフラ整備に200億ドル対印投資を行うこと、貿易拡大、インドの対中貿易赤字の是正、インドの入超のバランス是正、高速新幹線のFSと鉄道の高速化、インド2州(グジャラートとマハラシュトラ州)における中国専用工業団地の設置、原子力協定に向けての協議、2015年のモディ首相の訪中などで合意した。経済面での協力推進は明確であるが、同時に中印間は懸案の領土問題を抱えており、解決の目途が立っていない。東部アルナチャル・プラデシュ州の係争地域はインドが実効支配しているが、中国は同地は南チベットに属し従って中国領であると主張している。ブータン・ネパール・バングラデシュの三カ国に挟まれたインド領はインド中心部と北東インドを結ぶ戦略的要地であり鶏の首(chicken's neck)と呼ばれている。ブータンと中国国交正常化の領土交渉も間接的にここと関連している。モディが首相になって一番に訪問した国はブータンであった。ブータンは中国と国境を接している国の中で今日に至るまで唯一国交がない国である。インド洋は中国の進出とインドの防御という複雑な駆け引きが展開される地域となっている。
 対米関係は、新政権は特に戦略的柱として重視しているが、複雑な歴史的経緯も含め調整すべき課題を抱えているが、なかでも対パキスタン・カシミールを巡る対立が最大の問題点となっている。インドはカシュミール問題について、これは二国間の問題で外部は介入すべきではないとして、この問題の国際化に反対している。
 ソ連および後継国家ロシアとの信頼感の深さは地政学的条件を考慮に入れた全天候性の緊密なもので、一時的な貿易額・経済交流の規模だけでは測れない戦略的なものがある。印露(ソ連)関係は1950年代半ば以降、安定的で良好な関係を維持してきており表面化した争点は存在しない。ロシアの対パキスタン・アフガン政策もインドの了解範囲内である。インドは今回のロシアのウクライナ政策を基本的に支持しており、それは対米国との一つの摩擦事項となっている。
 今後のモディ政権の隠れたリスクとしてテロ問題が挙げられる。アル・カーイダの指導者ザワヒリは今後同組織の南アジア局の活動に重点が置かれると表明した。具体的には、ミャンマー・バングラデシュ・インドであるが、インドのなかでカシュミール以外では、グジャラート州とアッサム州を特に明示した。これはモディ首相の出身地グジャラート州で2002年の宗派対立で1000人を超えるムスリムが殺害されていることも関連が窺える。国内で「テロ問題」やヒンドゥー・ムスリム関係はモディ政権にとって大きな課題となるであろう。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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