第140回 中央ユーラシア調査会 報告2 「トルクメニスタンの個人支配と市民:ベルディムハメドフ改革の現状」東京大学 教養学部 特任准教授 岡田 晃枝(おかだ てるえ)【2014/11/27】

日時:2014年11月27日

第140回 中央ユーラシア調査会
報告2 「トルクメニスタンの個人支配と市民:ベルディムハメドフ改革の現状」


東京大学 教養学部 特任准教授
岡田 晃枝(おかだ てるえ)

はじめに
 20014年9月に学生を連れてトルクメニスタンで研修を行った。外務省傘下の大学に受け入れ機関となってもらい、その大学を含め国立4大学を訪問、次の世代を担う若者の教育現場を視察した。このときの経験をもとに、ベルディムハメドフ政権下のトルクメニスタンの現状について報告する。

1. トルクメニスタンとはどのような国か。
 9月に学生のトルクメニスタン海外研修を行い、「ニヤゾフ前大統領が閉じた」と言われているものを開こうとしている、ベルディムハメドフ大統領の改革の実態を見てきた。参加したのは、国際的な平和への取り組みに関してイデオロギーを排して話し合うというコンセプトのゼミで学んだ1,2年生の学生である。学生14名、引率教員2名の総勢16名のグループである。日本からこの規模の学生交流を受け入れるのは初めてということもあり、現地では大歓迎を受けた。訪問中、新聞、テレビの取材を多数受け、写真つきの大きな記事等がロシア語の新聞、トルクメン語の新聞に掲載された。トルクメニスタン外務省のウェブサイトにも掲載されたことは大きなことである。
 首都アシガバードはたいへん豪奢に造られた白亜の街である。現地のメディアから、「私たちの白亜の首都を見てどのような感想を持ちましたか」という質問を何度も受けた。トルクメニスタン人が自国について誇るのは、第一に永世中立国であること、第二に豊富な天然ガス、第三にアハルテケ(国章にあしらわれているトルクメニスタン原産の馬)である。
 その一方で、海外ではトルクメニスタンは強い独裁体制国家と言われている。トルクメニスタンを研究してきたものとして困るのは、国の中に深く入り込むことができないため、欧米やロシアのメディアや研究論文に頼らざるを得ない点である。しかもこれらの多くは、人権NGO、人権メディア等の取材による、トルクメニスタン政権に反対する立場の人々が書いたものがベースとなっている。そのため、トルクメニスタン像はかなり決まったものになってしまっている。
 これら既存の研究や報道の多くでは、ニヤゾフ期の外交は孤立主義、それに対して、ベルディムハメドフ政権の外交は八方美人と言われている。経済に関しては、天然ガスで潤っているが、その潤いを国民に電気、ガス、水道などを無料にすることで「飴」として与え、独裁的支配を正当化していると書かれることが多い。
 ベルディムハメドフは、かなりの開放政策をしているという報道がある一方で、たとえばFreedom Houseの民主化指標はまったく上がっていない。世界で最もひどい独裁国の10位以内に挙げられているくらいであり、まったくその成果を認めてもらっていない。またベルディムハメドフの改革開放政策は表面的なものに過ぎないという書かれ方もよくする。
 経済的な発展は、自他ともに認めるところである。ソ連が崩壊する直前の1990年からのGDPの流れをみると、ニヤゾフ期の中頃、97~99年頃は、97年にはイラン向け天然ガス輸出が始まったとはいえ、それ以外に輸出先を多角化できず、ロシア向けのガス価格も上がらずに困窮した。外国メディア等では、豊富な天然ガスがあるにもかかわらず国民に困窮を強いる悪政という書かれ方がされており、ソ連時代よりも経済が悪くなっているのに暴動が起こらないことを、情報の遮断と恐怖を通じた強権的支配の結果だとする、因果関係の検証が不十分な記述をするものが多々見られた。
 しかしトルクメニスタンの市民にこの時期のことを尋ねてみると、ニヤゾフのせいで困窮したというよりも、大統領は一人で贅沢をすることなく、苦しい時期を国民と一緒にしのいでくれた、思っているようである。実際、ニヤゾフがガスの価格交渉で苦し紛れに適当なところで手を打つようなことをせず、貧しても強気で交渉にのぞみ続けたことが、その後の経済の右上がりにつながったということができるであろう。
 これらのことから、これまでの欧米・ロシアの人権派メディア等の調べに基づく記述から少し距離を置き、情報が開示されつつある今こそ、客観的なトルクメニスタン像をあらためて構築しなおすことには意味があると思われる。規範コンディショナリティを欧米ほど重視するものでもなく、ロシアほど国益がからむわけでもない日本という立場だからこそ、トルクメニスタン再考をするのに適しているのではないだろうか。

2. 現地で見たトルクメニスタン
 通説では、部族主義が強く、ベルディムハメドフの出身部族テケ族が主要ポストを独占する事態が起こり部族のバランスが崩れているといわれている。しかし、現在、部族というよりもアシガバード在住かどうか、アシガバード出身かどうかが国民のステータスになるとのことである。トルクメニスタンには5つの代表的な部族があってそれぞれ得意分野、不得意分野がある。実際に調べてみたところ、バルカン州のヨムト族が握っていた石油ガス関連の利権はまだヨムト族が多く握り、力の象徴の担い手のエルサリ族はその方面でポストを確保している。そもそもトルクメニスタン人のメンタリティでは家族を優遇することが当然なので、大統領という高いポストに就いた人が、利権のあるポストにその家族を推薦することは「普通のこと」と見なされている。テケ族の大統領が家族を優先したら、テケ族の人間が多くポストに就くことになる。つまり、「テケ族を優先している」のではなく、トルクメンの慣習にそって「家族を優先している」のである。これが良いことか悪いことかは別として。
 教育システムについては、ニヤゾフ時代に9年に短縮された義務教育期間がベルディムハメドフになってソ連時代の10年にもどり、さらに去年から12年に延長された。欧米への留学を視野に入れた方針転換と言われている。高等教育を含め、基本的に授業料は無料で大学生には平均的な月給に匹敵するほどの奨学金が与えられる。したがって、大学に進学すると良い暮らしができる。その上、大学生は徴兵期間が1年短縮、さらに在学中に子供が2人以上生まれたら免除となるそうだ。大統領は、トルクメン語、英語、ロシア語の3ヶ国語をマスターするように言い、その授業が用意されている。必ずしも皆が学校教育でマスターできるわけではないが、言語教育に力が入れられているのは実際に見て感じたところである。欧米諸国やロシアを渡航先とする海外研修プログラムが各大学で多数用意され、その費用は政府が提供している。在外研修、先進諸外国との学術交流のプログラム、交換留学など頻繁に行われ、学生や教職員がそれらに非常に積極的に参加している。
 興味深いのは、少なくない数の女子が大学に進学することである。ウズベキスタンでは、結婚したら学校を辞める女子学生が多いという話を聞いたが、トルクメニスタンでは結婚しても、さらに子どもを産んでも学業を続けることを促進する政府方針と、続けることを容易にする支援制度が存在する。結婚した女性は学生帽ではなくスカーフをかぶるので一目瞭然であり、実際にどの大学でも相当数のスカーフ女性を見た。ただし、女子同士には男子以上に格差があるのも事実である。大学に通い、留学をしたりする女子もいれば、「箱入り娘」であることを美徳と躾けられている女性も一定数存在する。地方ではその比率が高いが、首都圏でもそのように育てられている女性はいる。トルクメンの女性は身体に沿って靴まで隠れるような民族ドレスを着ているのだが、そのほとんどはオーダーメイドで、「箱入り」の女性たちは家で他の家族の分も器用に縫い上げるのだそうだ。そのため、トルクメニスタンで最も有名な日本企業は、トヨタの次に、ミシンのジャノメだということである。
 ベルディムハメドフ政権は、教育の充実に力を入れており、今年9月には初めて授業料を徴収する大学が開校した。授業はすべて英語で行われ、海外からも多くの教員を招聘している。入学試験のレベルは非常に高かったが、幼少期から家庭教師をつけて英語その他の勉強をしている家庭が多く、受験者が多く、合格者を決めるのに苦労したという話を聞いた。大学の雰囲気はとても開放的で、学生たちは意欲に溢れ、授業にも工夫が凝らされていた。
 情報へのアクセスについては、インターネットの急速な普及で情報網が発達している。スマートフォンの利用も多い。公園にエクスカーションに来ていた子どもたちの多くがスマートフォンで写真を撮っていたのには驚いた。以前から言われていることであるが、どの家にもパラボナアンテナがあり、皆、外国のTV番組を見ている。自分たちの国がどのように報道されているか、自分たちの国がどのような位置にあるか理解している。カザフスタン、ロシアの放送を経て、トルクメニスタンから亡命した反政府の人のインタビュー等を見ている人も相当数いた。欧米の研究では、情報が統制されているため国外の反政府派の声が国民に届いていないと書かれていることが多かったが、事実は異なる。そして、そのような状況にもかかわらず、反政府の人たちは同調者を募ることができていない、ということに注目するべきであろう。

まとめ
 テレビを通じて、外国を見る・知るだけではなく、政府公認で欧米をはじめとする海外を体験する若者が増えている。これから国の中がいろいろと変わってくるのではないかと思う。トルクメニスタンは欧米や特にロシアのメディアのせいで世界に誤解されていると考えている若者が多かったことは興味深いことである。トルクメニスタンは、現在の国家への肯定度が非常に高い。以前にロシアでソ連回帰が非常に高まっていると聞いたことがあるが、それに対してトルクメニスタンはソ連への回帰欲望が非常に低いことが特徴的である。また、「レンティア国家」と言われる国では珍しいことに、天然ガス枯渇後のトルクメニスタンを真剣に心配し、考えている若者も相当数いて、日本からソーラーシステムやエネルギーのテクノロジーを移転してほしいという話を何度か聞いた。
 日本には、技術協力に対して大いに期待している。今年に入って、大型案件の受注等が報道され、日本との関係は良くなっていると言える。日本側の関係者によると、トルクメニスタンからは、大型のプラントや工場を誘致したいという要望が多いそうだが、一方で、それを支える中小企業、とくに細かい部品をつくる町工場的な産業をじっくり育成しようという意識は低いのではないかということである。このあたりが、トルクメニスタンの発展の次のステップにつながるのではないかと思われる。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部