平成26年度 国際情勢講演会 「東アジアの現状と展望」 政策研究大学院大学 学長 白石 隆【2014/05/15】

講演日時:2014年5月15日、於:東海大学校友会館

平成26年度 国際情勢講演会
「東アジアの現状と展望」


政策研究大学院大学 学長
白石 隆

21世紀の世界政治経済
 21世紀、そして冷戦以降の世界については、2つの見方の併用がスタンダードになってきている。その一つは国民国家がこれからもきわめて長期にわたって世界の政治経済の基本的な行動主体にとどまるということである。ただし、国家間の富と力の分布は21世紀に入り大きく変化している。これを理解しなければ、とんでもない間違いをする。その一方、グローバル化、地域化は進展しており、これによって国家はかつて経験しなかったような課題に直面している。
 1990年、2000年の時点では、G7の世界経済に占める比率は65-66%で、世界の3分の2がG7の経済だった。それが2010年には50%まで落ち、2018年には45%程度になると見られる。それに対し、新興国経済のシェアは1990年、2000年には20%程度だったが、2010年には34%となり、2018年には41.5%程度になると予測される。この趨勢が続けば、2020年代前半にG7と新興国の比率が逆転する。
 G7と新興国の世界経済に占めるシェアが、これだけ急速に変化すると、特に経済にかかわるグローバル・ガバナンスは変容せざるを得ない。それがどのように変化するかについては、2つの大きな見方がある。国際政治学者のジョン・アイケンベリーは、国際秩序は強靭で、新興国が台頭しても、国際通貨基金(IMF)や世界銀行、世界貿易機関(WTO)などの機構と制度に支えられた秩序はそれなりに安定していると考える。それに対し、イアン・ブレマーは、かつてはG7が世界経済を運営していたが、現在はG20もこれができず、すでに時代は「Gゼロ」になっているとする。
 しかし、機構・制度だけを見ていては不十分で、米国大統領のリーダーシップが非常に重要であると、最近は痛感している。これから2年、現在と同様の状況が続けば、深刻な事態になる可能性がある。その1つの理由は、新興国の台頭で、中国に加えて、インド、ロシア、ブラジル、南アフリカ、トルコのような国々はなかなか米国のリーダーシップを受け入れようとはしない。このため「Gゼロ」の問題は、近年、ますます深刻な問題と受け止められるようになっている。
 また、1990年代には、日本がアジアでは圧倒的な経済大国だった。しかし、2018年には、その地位を中国が占めるようになる。しかし、米国のジュニア・パートナーに止まった日本とは違って、中国は経済成長と軍事力の増強と政治的影響力の拡大という三位一体の戦略を今後も続けていくと見られ、日中関係もしばらく厳しい時代が続くだろう。また、中国の世界経済に占める割合は、2018年には14%程度になる見込みで、これだけ大きな経済規模の国が、世界の一般的な規範や制度となじまないままに影響力を拡大し、ますます自己主張するようになると、そのときはたして世界の政治経済システムがこれまでのようにそれなりに安定したかたちで持続できるのかどうか、非常に大きな問題となる。

中国台頭の意味
 第二次世界大戦以降、世界秩序は大きく4つの柱で組み立てられてきた。一つは安全保障における「アメリカの平和(パックス・アメリカーナ)」で、これはよく知られる通り、違うかたちではあるが、アジアでもヨーロッパでも、米国を中心とする地域的な安全保障体制として構築されている。もう一つは国際経済におけるドル本位制で、その土台の上に自由貿易体制が発展してきた。また、国内的には、政治における自由民主主義国家、経済における市場経済がある。この4つの大きな柱の上に、冷戦の時代には「自由世界」で、冷戦終焉以降は世界全体で、秩序が組み立てられてきた。中国はこのシステムの中で安全保障では「アメリカの平和」を受け入れつつ、「韜光養晦」と言いつつ富国強兵路線を進めてきた。また、国際経済においてはドル本位制を受け入れながら、元とドルの管理フロート制で国内経済を守ってきた。さらに、国内体制としては、党国家体制と社会主義市場経済を維持している。では、中国がこれからも国内的に独自のシステムを維持しながら、国際的にはアメリカを中心とする秩序にフリー・ライドしていけるのか、それではたして世界の安定が維持されるのか、これは相当大きな問題だろう。ただし、中国の台頭が世界的、地域的にどのような意味を持つかについては、まだ東アジアと欧米でかなりの温度差がある。この温度差が小さくなるのは2020年代に入る頃からで、それまでは日米欧で中国にどう対応するか、調整はなかなか難しいだろう。
 と同時に、なにがこれから大きな争点になるかは、かなりはっきりしている。その一つは、力の均衡をどう維持するかで、これは最近の東アジア情勢で常に議論されていることである。もう一つはルール・メーキングで、これには基本的に2つのやり方がある。1つは、ある国が国内的にルールを決め、周りの国に押し付ける、古典的な意味で帝国的やり方である。もう1つは、マルチで交渉してルールを作る方法で、この場合、強い国の言い分が相当程度、通ることになるが、同時に、そういう国もルールに縛られ、都合が悪くなっても、やめた、とはなかなか言えない。この違いは非常に重要で、5月28日のウェスト・ポイントにおけるオバマ大統領の演説でもこれが強調されている。こういうルール・メーキングをめぐるせめぎ合いが現在、アジアでは南シナ海、東シナ海の領土問題をめぐって、顕著に問われている。
 もう1つの長期の趨勢はグローバル化で、資本移動、生産プロセスの細分化と国境を超えた生産ネットワークの広がり、そして頭脳循環が大きなインパクトを持つようになっている。そういう中で、2つ、特に注目すべきことがある。その一つは都市化の進展で、2030年には東アジアの人口の3分の2が都市に住むようになり、経済成長とともに中産階級は拡大する。また、都市中産階級は子供の教育に投資し、多くの子供はバイリンガル、トリリンガルになっている。その意味で、この地域のエリート、さらには中産階級のアメリカ化の趨勢は止まらない。その一方、経済成長は「メガ・リージョン」から地方の中核都市に広がっていくが、それでも格差は、貧富の格差、都市と農村の格差、地域の格差など、いろいろなかたちで残る。と同時に、情報通信交通革命の進展によって、貧困層においても、豊かになりたいという期待は革命的に拡大し、格差を放置すれば、いずれそれが政治的、社会的不安定に繋がる。したがって、経済成長はこれからも政治の目的にとどまらざるを得ない。
 経済統合は、東アジアにおいて、デファクトのレベルでの進展をベースとして、最近は制度化が進みつつある。同時に、中国の台頭と共に、日米同盟を基軸とする地域的なハブとスポークスの安全保障システムが現在のままで十分かということについて懸念も深まりつつある。欧州と違い、東アジアの安全保障システムと経済システムの間には緊張があり、これは中国の行動次第で高まっていく。その結果、近年、この地域の政治は「地域協力ゲーム」以上に「力の政治」が重要となりつつある。また、これは、アメリカのアジア政策にも大きく関わっている。アメリカ政府は2011年以来、リバランスということで、アジア太平洋に軸足を移している。対中政策は、それを踏まえた上でのエンゲージメントとヘッジングとなっている。
 中国経済は今のところ順調に見える。「ルイスの転換点」を過ぎ、成長率は落ちていかざるを得ないと考えられるが、急激な落ち方はしないだろう。中国政府としては国有企業そのものをなくすことは考えていない。国有企業改革は政治的にきわめて難しい問題で、どのタイミングでどの程度、改革に踏み込んでいけるか、注目しておく必要がある。土地財政とシャドーバンキングについては、中国のシンクタンクの人たちと話をしての印象では少し誇張されているように見える。未来のことはわからないが、中国経済はそれなりの速度で成長し、ハードランディングはない、また、対外政策もおそらく変わらない、大国主義的ナショナリズムで安全保障、主権、経済の問題をリンケージさせ、自分の意思を押し付けようとするだろう、日本はその格好のターゲットにとどまるだろうことを覚悟しておいた方が良い。

他のアジア諸国の状況
 他の国々について、韓国は、国民的に、きわめて重要な戦略的な決定を、事実上、してしまったのではないかと考えている。それは韓国の安全と繁栄のためには米中二国との関係を管理すればよいという戦略的決定で、安全保障について言えば、北朝鮮の挑発を抑止するのは中国に頼り、戦争を抑止するのは米国に頼る、日本に頼る必要はない、ということである。また経済では韓国の輸出の25%はすでに中国向けで、日本にはもう学ぶものもないと考えている。
 東南アジアについては、中国に対してどのような立ち位置にあるかが決定的に重要と言える。また、2015年にはASEAN経済共同体ができ、これを踏まえて大メコン圏(GMS)の開発もますます進展していくだろう。インドネシアでは今年、選挙がある。インドネシアの政治が大きく崩れることはないが、「決断できる政治」「きれいな政治」もまず実現できない。フィリピン経済の展望はよい。これから当分、6?7%で成長するのではないか。一方、マレーシアでは頭脳流出が深刻な問題になっているが、ブミプトラ政策をやめない限り、その解決は難しい。タイでは政治的不安定が続き、そのつけがインフラ投資の欠如というかたちで効いてくるのではないかと心配している。
(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)


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担当:総務・企画調査広報部