平成26年度 第2回 国際情勢研究会 報告「オバマ大統領訪日の評価とアメリカのリバランシング政策の検証」 慶應義塾大学 総合政策学部 教授 日本国際問題研究所 客員研究員 中山 俊宏 (なかやま としひろ) 【2014/05/16】

日時:2014年5月16日

平成26年度 第2回 国際情勢研究会
報告「オバマ大統領訪日の評価とアメリカのリバランシング政策の検証」


慶應義塾大学 総合政策学部 教授
日本国際問題研究所 客員研究員
中山 俊宏 (なかやま としひろ)

1. 訪日は「満額回答」か?
 まず、オバマ米大統領の訪日に関する評価だが、元々、期待値が低かったことから、私はメディアに対して興奮気味に、安易に「満額回答」という言葉を使ってしまった。これについては若干、反省している。従来どおり、領土や主権の問題には踏み込まなかったが、それ以外ではほぼ「満額回答」で、なおかつそれを共同声明に文書化できた。さらに尖閣諸島のみならず、国家安全保障会議(NSC)設立や集団的自衛権を見直す一連の取り組み、そして安倍政権が掲げる「積極的平和主義」という概念が、「アメリカのリバランシングと完全にシンクロしている」ということだった。つまり、安倍政権が取り組んでいる外交安全保障のインフラ作りは右傾化の兆候ではなく、アメリカとしても歓迎できる動きということだ。中国はもちろん、韓国でも一部、これを右傾化の兆候だとする批判があるが、それらの意見を封じる意図が、はっきり感じられた。
 では、なぜアメリカの大統領が訪日し、このような行動をとったのかと考えると、世界に向けて、同盟国との関係が堅調であることを示す必要があったからだと思う。しかし、それ以上に重要なのは、アメリカが現在、基本的に退却モードにあることだ。そして日中間の不用意に発生する事態に巻き込まれたくない、という意識が大きいのだろう。その一方で、オバマ外交には局面ごとに引きずられて、他の局面では全く矛盾することを平気で言ってしまうところがある。このため、オバマ大統領の訪日については、「満額回答」というより、もう少し冷静に見なければいけないと感じている。共同声明の形で文書化しても、その賞味期限は意外に短いかもしれないということだ。

2. 一貫性が欠けるオバマ大統領の行動
 オバマ外交を支えている世界認識の1つに、インド系米国人ジャーナリストのファリード・ザカリアによる著書『アメリカ後の世界』のような認識がある。この本の1つのキーワードでもある「その他の台頭」という言葉に象徴されるが、戦後の世界政治を見ると、アメリカのオーバー・パフォーマンスと日本など一部の国を除く圧倒的多数の国々のアンダー・パフォーマンスで成立していた。しかし、現在はアメリカがアンダー・パフォーマンス気味で、一部の国がかなり良いパフォーマンスになっている。その結果、相対的にアメリカの力は落ちているが、これはアメリカが戦後作り上げたレジームを覆そうという話ではなく、基本的にシステム内でそれらの国が台頭しているというのがザカリアの主張だ。その意味では、俗にいう「没落」とは性格が異なる。さらにオバマ大統領は、アメリカが例外的な国で、常に世界政治をけん引していかなければならないという、これまでアメリカをアメリカたらしめてきたある種の強迫観念とは距離をおいて世界を眺めている。また、否応無しにつながってしまった世界ではそもそも孤立などできず、世界とかかわる以外にオプションはない。そうした世界の中で、アメリカが単独でコントロールできる問題は、かつてと比べて圧倒的に減っている。例えば、世界的な流行病や金融、地球環境問題、テロリズム、サイバー、宇宙空間などがそうだ。
 では、そういう世界認識に立ったオバマ大統領が何をしようとしているのかというと、「均衡の回復」ということで、すべてがくくれると思う。1つ目に、オバマ大統領は、米同時多発テロ事件(9.11)後の過剰反応を軌道修正するということを政策目的として掲げた。それは、何かを実現するというよりもある状態に引き戻す、いわばリセットするということだった。具体的にはイラク、アフガニスタンからの撤退が目的だった。アフガニスタンからも、今年末までに、少なくとも本格的な戦闘部隊は撤退するとしている。そして2点目は、ハードパワーからソフトパワーへのバランスの回復で、ハードパワーに傾斜していたブッシュ政権の外交安全保障政策をよりスマートなパワーの行使という方向へ引き戻していくことだった。
 3点目は、単独行動主義から多国間主義へ、ということだ。オバマ大統領は就任した2009年9月、国連総会で「アメリカは戻ってきた」と高らかに謳い、他の地域もそうだが、アジア太平洋地域の地域的な枠組みづくりにも積極的に参加するようになった。そして4点目は、地理的な均衡を回復しようとしたことだ。中東への関与はアメリカにとってネガティブに作用する問題を処理するという性格ものが多く、ブッシュ政権のときには、それがトップ・プライオリティ案件であった。しかし、オバマ政権は国際政治を可能性の空間と捉え、アジア太平洋地域にも目を向けている。これには、世界経済をけん引しているダイナミズムに加わりたいという意識もある。このようなオバマ外交は、何らかの世界観があって、そちらへアメリカを持っていこうとするような従来の外交ではなく、軌道修正の外交だと思う。
 オバマ大統領の様々な行動については、個別の案件への対応を検証してみると、それぞれ意外に合理的だ。私はシリアに介入しなかったことも、ウクライナで今のような対応しかとれないことも、アメリカのムードを反映したものだと感じる。力を行使して積極的に関与することに対し、アメリカ国民は現在、消極的で、議会もこれを支持しない。ただ、個々の合理的な対応を合わせて見ると、現代アートのようになり、おそらく意味をなさない。このように、従来のアメリカの大統領とは異なり、一貫性の欠如で際立っていることが、不安の源泉になっていると思う。

3. リバランシング、ピボットに含まれる6つの要素
 オバマ大統領は2009年11月の演説で、「自分はパシフィック・プレジデントだ」と述べている。オバマ大統領はハワイで思春期を過ごし、小学生時代をジャカルタで過ごした。このため、それなりにリアリティーがある言葉として、こう言っているのだと思う。そして直近でアメリカ経済の活性化を考えたとき、アジア地域は重要で、もっと積極的にこの地域にかかわっていきたい。ただ、この地域には不安定要素もあるため、アメリカが提供する同盟や公共財によって、それを除去していくということだ。
 しかし、そこで日本との間にずれが生じた。オバマ政権は発足当初、中国ともパートナーとして向き合おうとし、手を差し伸べたが、あまり応じてもらえなかった。そして、対中政策を見直したころに、リバランシングやピボットという言葉が出てきた。このため、この言葉は安全保障、対中脅威論の文脈で捉えられ、日本はこれを安全保障政策と誤解したところがある。しかし、必ずしもそうではなく、これは非常に包括的な政策だった。そして私はこの包括性について、批判的だ。
 リバランシングやピボットという言葉に関しては、6つの要素があると思う。第1に、日本や韓国、タイ、フィリピンなどとの「同盟関係の強化」がある。第2に「新興国との関係深化」があり、アメリカはこれにラオスやミャンマー、インドネシア、インドなどの国々も入れている。特に、中国との影響力をめぐって熾烈な争いをしている東南アジア諸国との関係を深化させていきたい。ただし、3点目の「中国との生産的・建設的な関係の構築」も、これらと併存している。そして4つ目は「地域的な取り組みへの積極参加」で、5つ目は「リバランシングの中のリバランス」だ。東南アジア諸国の重要性が増しているため、東南アジア政策にフォーカスしていく。さらに6つ目として、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)のような「経済的な枠組みの構築」がある。このように、様々な目的や手段が混在しており、「オールインアプローチ」と言えば恰好が良いが、やはり優先順位がないことは大きな問題だと感じる。
 オバマ大統領の訪日で日本は、現時点でアメリカから引き出すべき発言をすべて引き出したと言える。しかし、「満額回答」とは言えず、その賞味期限を考えると若干、冷静にならざるを得ない。安倍晋三首相の靖国神社参拝によって、日米関係は1、2月に相当冷え込んだが、アメリカも不信感ばかり言っている訳にはいかず、ここでむしろ安倍政権がおしすすめる外交安全保障政策の見直しを歓迎するという姿勢をはっきりと打ち出した。それはもうこの地域の機微な情勢をさらに複雑化するようなことをしてほしくないというメッセージでもあろう。それはアジア諸国だけでなく、アメリカとの関係においても重要なことだ。米国議会における韓国系アメリカ人の動きに関しては、それを韓国政府による巧みなオペレーションだとする見方もあるが、それはアメリカの議会政治の日常風景でもある。新しく来た移民が、ある種のダブルアイデンティティ状態で自分の国を見て行動することがある。これに対し、日本側としては過剰反応せず、気を付けて事態を把握し、アプローチしていくことが重要だろう。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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