平成26年度 第3回 国際情勢研究会 報告1「中国の内政外交の現状― 習近平のソフトな言葉とハードな行動」 東京大学大学院 法学政治学研究科 教授 高原 明生 (たかはら あきお) 【2014/06/20】

日時:2014年6月20日

平成26年度 第3回 国際情勢研究会
報告1「中国の内政外交の現状
— 習近平のソフトな言葉とハードな行動」


東京大学大学院 法学政治学研究科 教授
高原 明生 (たかはら あきお)

1. 習近平国家主席への権力集中
 中国では胡錦濤政権時代、胡錦濤の胡、温家宝の温を取って「胡温体制」ともいわれた。しかし、現在の習近平政権が「習李体制」などといわれることはほとんどなくなり、習近平国家主席が権力の集中をはかっている状況だ。政治は左寄りで統制が強く、経済では改革を進めようとしているものの、その本気度については疑問も出されている。ナショナリズムの強調、そして対外関係では方針や言葉はソフトだが、実際の行動はハードであるというミックスド・シグナルズが発せられている。そういった点が、習近平政権の特徴ではないか。
 2013年11月の三中全会では、難しい改革は行わないことにしたという印象を受けた。所有制、特に国有企業については、表面的な改革措置にとどまっている。そして、中央の言うことを地方が聞かないことが多くの問題の根源にあるが、それを正す改革措置でも有効なものはほとんど出ていない。また、分配制度改革でも、例えば税制を大きく変えるような措置はない。できるところからやろうという真面目な姿勢はとられているように思うが、本丸には迫っていない。そして、もう1つの印象としては、社会ガバナンス、治安、国家安全、国防等々が盛り込まれ、そこに指導部の不安や軍のプレゼンス増大があると感じる。
 習近平国家主席への権力集中は、三中全会のころから突出してきた。そもそも三中全会決定の起草組の組長は習近平国家主席で、李克強首相ではなかった。10年前は温家宝首相が組長を務めたが、李克強首相が起草組に入っていなかったのは大きな事件というべきだ。その後、全面改革深化領導小組や中央国家安全委員会が設置された。後者が「中央」という冠を名称につけて党の組織となったのは、党のコントロールを守りたいという気持ちの表れだと思う。
 外交、日中関係では、相変わらず中国から尖閣諸島に公船が来ている。昨年10月以降は頻度が減り、2週間に1度ぐらいになっているが、挑発的な行動が定期的に続いている。2012年9月に尖閣問題が起きたときは、中国国内には強硬論だけでなく、穏健論もあった。このような意見の不一致の背景には、様々な問題を巡る党内の深刻な亀裂がある。改革や外交政策をどうするのか、中国モデルや普遍的価値はあるのかないのかといった問題を巡り、党内で深刻な意見対立があった。強硬派が牛耳っている宣伝部門は、激烈な反日プロパガンダを展開し、それは基本的には今でも続いている。最近では安倍首相にターゲットを絞った日本批判だが、結果として国民の反日感情が高まった。
 なぜプロパガンダ・キャンペーンがうまく行ったのかというと、そのベースには社会の不満と不安の増殖がある。また、2008年の世界金融危機の勃発や、それによるアメリカ・モデルの権威失墜、中国モデル論の台頭など国際的な要因もある。2008~2009年ごろから中国メディアにも変化があり、激しい言説が盛んに流されるようになった。2012年9月というタイミングは、ある意味、非常に不幸であった。党大会に向けて、激しい権力闘争が戦わされていた只中であったため、どの指導者も弱腰な姿勢を見せることはできなかった。また習近平国家主席は政権の座に就いてすぐ、「中華民族の偉大な復興を実現する中国の夢」をスローガンにした。これについては、党内と国内をまとめるため、ナショナリズムを強調し、対日闘争の道を選んだと見なして良いと思う。

2. ミックスド・シグナルズの要因
 習近平政権については、当初から様々なミックスド・シグナルズが出ており、我々はそれらをどう考えたら良いのか悩んできた。例えば、昨年10月24~25日に開かれた周辺外交工作座談会は、中央だけでなく、地方や省レベルの指導者も集められた大規模な会議だった。そこで打ち出された、いわゆる周辺外交の方針は、大変協調的、友好的なものだったが、その1ヵ月後には防空識別圏の設定が発表された。防空識別圏は日本なども設定しており、それ自体は咎められるべきことではないが、発表の仕方や内容に問題があった。それに対して米国がかなり強い反応を示し、「やはり中国は問題だ」という認識が米国に広まった。他にも、強制連行の訴訟を北京の裁判所が初めて受理したほか、商船三井の船舶が差し押さえられるなど、様々な対日牽制行動が続いている。安重根記念館の設置もそうだ。いずれにしても、言っていることと行動が異なっており、実は南シナ海に関してもそうだ。
 その要因は何かというと、3つの仮説がある。1つは、部門間の協調が足りないというものだ。昔から、中国の縦割り行政の弊害はよく知られている。概して、外交部門は友好的なアプローチを取りがちだが、伝統的に、それに対抗する勢力は宣伝部門だ。外交部が融和的な姿勢を取ろうとしているときも、宣伝部門が当該国に対して激しい批判することがままある。そして昨今、よくいわれるのは、そのような昔からのアクターに加え、新しいアクターが外交政策決定により深く絡むようになっているということだ。よく挙げられる例としては、軍やエネルギー部門の利益集団が関与してきて、外交部の立場がさらに弱くなり、存在感が薄くなっているということだ。
 2つ目の仮説は、自己認識の不足だ。中国の自己認識、あるいは近隣の国際情勢についての認識は相当、自己中心的で、今に始まったことではない。ただ、最近は、大国症候群ともいえる問題が、かなり高じているのではないか。例えば、周辺外交工作座談会については、なぜ「周辺外交」と呼ばなければならないのか。周辺の対抗概念は中心で、「俺たちが中心だ」という自意識を現わしている。
 そして3つ目の仮説だが、政策目標に矛盾があるのではないかということだ。優先順位がうまく付いておらず、相矛盾する政策目標を同時に追求しようとすると、ミックスド・シグナルズになる。直近の目標は、バラバラになりつつある党内を統一し、国民を統合することだ。そのために、日本をはじめとする近隣国との闘争が有用であるという事情は確かにあったと思う。しかし、中国共産党の支配の正統性を維持するには、当然ながら、平和を保ち、繁栄を実現しなければならない。そして、平和と繁栄のためには、日本をはじめとする近隣諸国と仲良くしなければならない。
 最後に、もう少し長期的には、やはり東シナ海や南シナ海、さらには西太平洋で、自分たちの支配を確立したいと考える人もいるようだ。そのためには日本を抑えつけ、米国を追い出す必要がある。習近平国家主席が最近2回、米国へ行った際に言ったフレーズがある。それは、「太平洋には米中両国を受容するのに十分な空間がある」というものだ。それは、「1つの山に2頭の虎は共存できない」という中国の諺に基づく表現で、「太平洋は広いから大丈夫、君も僕も共存できる」という話だ。しかし、これについてはどうも、「ハワイから向こう半分は君の勢力圏だが、こちらは僕のだ。それで共存しよう」という話に行きつくような気がする。

3. 日中は真の民間交流を
 最後に、日本はどう対応すべきかだが、1つは規範の話で、国際関係論で言うとconstructivismという考え方だ。要するに、平和は国際規範の共有で保たれるという考え方に基づき、そのために様々な交流をすべきということだ。2つ目はliberalismに対応した考え方で、共通利益の追求も大事だ。そして最後はrealismで、この視点では、平和を保つのはパワーバランスであり、急速なパワーバランスの変化は平和の維持にとって良くないという話だ。
 国民感情も大事だが、我々は相手に対する相互の認識を改善し、長期的に共存、共栄していかなければならない。重要なのは、public diplomacyであり、真の民間交流だと思う。つまり、中国の普通の人たちに、どのようにアプローチするのかを真剣に考えなければならない。尖閣問題にせよ、何にせよ、荒唐無稽な話であっても、中国側が繰り返し言えば、人々はそれを信じるようになってしまう。だから大変恐ろしく、public diplomacyを何とかしなければいけないということだ。その一方で、我々が肝に銘じておく必要があるのは、日中戦争で日本は加害者だったということだ。この道徳的なポイントを忘れると、日本外交は立つ瀬がない。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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