平成26年度 第4回 国際情勢研究会 報告1「タイ2014年クーデタと政治混迷」 京都大学大学院 アジア・アフリカ地域研究研究科 教授 玉田 芳史 (たまだ よしふみ) 【2014/07/14】

日時:2014年7月14日

平成26年度 第4回 国際情勢研究会
報告1「タイ2014年クーデタと政治混迷」


京都大学大学院
アジア・アフリカ地域研究研究科 教授
玉田 芳史 (たまだ よしふみ)

1. タイにおける民主化と政治的混乱
 タイでは過去20年ほどの間に政治の民主化が進んだ。それによって利益を受ける勝ち組と不利益を被る負け組があり、負け組が民主化に抵抗しようとしていることが、ここ10年ほどの政治混乱の原因だ。負け組の中心にいるのは王党派と富裕なエリート層だ。「王様万歳」という勢力と少数派の富裕層が手を組み、反民主化闘争をしている。タイではプミポン国王がヘゲモニーを握る政治体制が40年にわたって続いてきたが、これが揺らいでいる。王党派の目的はそれを守ることだ。そのため、軍や裁判所を動員して戦い、マスメディアや一部の知識人も加勢している。
 この闘争では同じことが繰り返されてきた。2006年には、王室奉戴を謳う黄シャツを着た人たちが政権退陣を求めてデモを行い、最後には軍隊がクーデタをした。クーデタ後には選挙で選ばれていない政権が登場したが、2007年の選挙では再びタクシン派の政権が誕生した。黄シャツは政権退陣を求めてデモ集会を行い、官庁や空港を占拠した。2008年末に裁判所と軍隊が協力して政権交代を実現した。選挙で表明された民意の無視に怒る赤シャツを着た人たちが選挙の早期実施を求めてデモ集会を行った。2011年総選挙ではタクシン派がまた勝利した。2013年末からデモ隊と司法機関がうごめき始め、軍隊がクーデタを行った。選挙でタクシン派政権が誕生、デモ隊・裁判所・軍隊が協力して政権打倒、選挙をやり直すとタクシン派政権が誕生というパターンの繰り返しだ。しかし、今回のクーデタでは、反民主化勢力はタクシン派の復活を許さない最終的な勝利を収めようと算段をしている。
 タイでは1980年代まで約60年間、軍と官庁が支配する官僚支配体制が続いていた。それが1990年代から変わり始め、選挙で勝った人々が権力を握る方向へ移ってきた。それに対して、現在は、反民主化勢力が登場している。その背景には、憲法に国体として明記されている「国王を元首とする民主主義体制」の動揺がある。これは王様がヘゲモニーを握る体制であり、1973年の学生革命と呼ばれる事件をきっかけに成立した。この体制で王様が享受する大きな権威や権力は憲法に明文化されていない。制度化されていないため王様が交代すれば、継承は容易ではない。しかも、王様のヘゲモニーは、国民主権に立脚する民主主義と相容れないところがある。王様はもう高齢であるため、対策が必要となっている。

2. 21世紀に変化したタイの政治
 現在起きている争いの理由の1つは、このように、王様が高齢で王位継承問題が近づいていることだが、もう1つは大変人気のある首相が登場したことだ。人気のある首相は選挙で勝てるため、それまでの首相と比べると王様に対して従順ではない。しかし、もっと根本的な問題は、国民の意識が変わってしまったことだ。そして今回のクーデタの目的は、過去10年余りで変わってしまった政治を古き良き時代に戻すことだ。つまり総選挙を実施しても選挙結果を反映した政権が誕生する訳ではないという1980年代までの非民主的な状況に戻そうとしている。少なくとも2001年のタクシン登場以前、できれば、さらに遡って1992年以前の政治、つまり王様が首相を選ぶことができた時代に戻したい。
 タイの政治は、21世紀になって変化した。1997年の選挙制度改革が2001年から実践されると、従来とは異なり、第1党がほぼ過半数を取るようになった。それまではいつも連立政権で、首相は基盤が弱く、1~2年で政権が倒れるということを繰り返していた。しかし、選挙で過半数近くの議席を取ると、単独政権で4年の任期満了も可能になる。そして、国民の意識も変化した。かつては、お上から施しを待ち受けていた人々だったのが、自分たちで権利を行使し、何かを要求する人々になった。つまり、「臣民」から「市民」へと変化した。これらの人たちは社会階層的には下位中間層で、農村部では中間層、都市では下層民だ。バンコクの富裕層の所得が圧倒的に高いため、これらの下位中間層は社会全体で言うと、ミドルクラスの真ん中にはならないが、全国的に見ると多数派だ。彼らが投票するタクシン派の政党は必ず勝つ。
 そしてもう1つ補足すべきは、タイの政党政治家が、従来は選挙で何かを公約しても実現できなかったし、する気もなかったけれども、21世紀に入って初めて、役所に政策を実行させるように変化したことだ。選挙で過半数の議席を取ったのが最大の理由だが、実行すれば皆が得をするという展望があって強力に推進したことも重要だ。その恩恵を受けた国民が再び投票し、高い人気を博した。これはタイではポピュリズムと批判されているが、そのような変化が起きた。
 民主化に反対する勢力は、王党派と都市の富裕層だ。王党派は国民主権を基本的に否定し、主権は王様、もしくは国民と王様の双方にあると考えている。そして民主化が進み、王様の影が薄くなることを許せない。他方、都市中間層が中心となる富裕層は、人数では少数派だ。多数決では、下位中間層に負けてしまう。彼らは「自分たちが賢く立派だ」と信じて疑わない。そして、「一般の有権者は無知で貧乏。選挙での投票は全部買収だ」と考えている。これは事実に反するが、固くそう信じて疑わない人たちだ。彼らが選挙に反対し、抵抗している。反対の根拠とするのは、汚職の蔓延だ。彼らは「選挙をするから汚職が生まれる」と主張し、選挙や民主政治を批判する。だが、タイではその昔、選挙などない軍事政権や絶対王政の時代にも汚職はあった。
 汚職対策として、1つは「クーデタも構わない」と堂々と言い、2つ目に「監査をしましょう」と言う。そして積極的な司法による政治介入が進み、首相の失職判決や、様々な法律や政策に対する違憲判断が出てくる。さらに3つ目として、「政治改革が必要」と主張している。実際に何をどう変えるかについては誰も明言しないが、狙いは恐らく選挙で勝てるルールを作ろうということだ。しかし、それは多数決を否定しない限り不可能で、政治改革は実現できないだろう。実現できなければ、選挙をしないという話になるのかも知れない。

3. 民主化推進から反民主化に変わった富裕層
 今年のクーデタの大義名分は、赤シャツと黄シャツの対立を和解させること、あるいは秩序を保つこととされている。しかし、真相は2006年のクーデタが失敗だったため、やり直したということだ。クーデタの目的は、政治を古き良き時代に戻すこと、要するに敵を掃討することだ。敵とはタクシン派の政治家、赤シャツ、そして王室への忠誠心が足りない人たちだ。これらの人たちを根こそぎにし、国王がヘゲモニーを握る体制を守ろうとしている。
 闘争は当初、タクシンを叩こうとして始まったが、その後、相手は民衆に変化している。国民相手の戦いには勝算が乏しい。黄シャツの人たちは、経済的社会的には間違いなく上位にあるが、それを「政治でも我々は優れている」と誤解している。そして選挙を否定するデモに喜んででかける。タイでは、20世紀末には富裕層が民主化の推進派で、庶民はあまり民主化に興味がなかったが、21世紀に入って庶民が民主化に熱心になり、富裕層が反民主化に回ってしまった。
 軍隊の関心はもっぱら政治に向いている。具体的には、タクシン派を殲滅することだ。「国民和解が必要」というが、歴史的に言うと、黄シャツが最初に国民の輪の外に出て和を乱した。しかし、すべて赤シャツの責任にし、抑え込もうとしている。狙っているのは、1976年クーデタ後の時期と同様に、「王様万歳になれ」という思想改造だ。そしてもう1つ、不敬罪を規定する刑法112条に基づき、不敬な言動の摘発に一生懸命になっている。
 タイが今後、民主政治に復帰する可能性は必ずしも高くない。敵を殲滅するか、勝てる選挙制度を作るか、選挙で負けても政権を握れるような体制を作るか。軍事政権は、これらの3つの選択肢のうち少なくとも1つを達成する必要がある。2番目については、選挙管理委員会が、選挙運動の事実上の禁止、被選挙権の厳しい制限、下院議員の任期制限といったことを検討中だ。どの道を選んでも、民主政治に戻ったことにならない。
 最後に政治以外のことにも一言触れておくと、タイでは社会や経済の課題が多いが、軍事政権はそれらへの興味や理解が十分ではないと思われる。大規模な洪水対策もインフラ整備事業も裁判所が止めてしまった。2兆バーツの交通インフラ整備はASEAN経済共同体(AEC)を睨んで隣接する国々との間で道路や鉄道を整備する計画だが、憲法違反の判断が下されて止まっており、先行きはどうなるかわからない。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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