平成26年度 第5回 国際情勢研究会 報告1「イラク危機と混乱する中東情勢」 一般財団法人 日本エネルギー経済研究所 常務理事 兼 中東研究センター長 田中 浩一郎 (たなか こういちろう) 【2014/09/12】

日時:2014年9月12日

平成26年度 第5回 国際情勢研究会
報告1「イラク危機と混乱する中東情勢」


一般財団法人 日本エネルギー経済研究所
常務理事 兼 中東研究センター長
田中 浩一郎 (たなか こういちろう)

1. 遅れたIS問題への対応
 「イスラム国(Islamic State = IS)と呼ばれるテロ集団の台頭の背景には、イラクの国内問題、そして湾岸における「イラン対サウジアラビア」の覇権主義がある。ISについてはこれまで、国際社会がまともに取り合わず、放置してしまったことが、ここまで問題が大きくなった要因だと思う。軍事的な介入に関しては、米国をはじめ、イラク戦争の苦い思いがあり、容易に地上軍を派遣することはできない。また、イラクである種の民主化手続きが行われている中、外から口を挟むことへの遠慮もあったと考えられる。
 湾岸の冷戦構造としては、最も顕著なのはイランとサウジアラビアの拮抗関係だ。域内に存在する領土問題などは、北岸と南岸の敵対関係、ないしは不信感を醸成する元になっている。そして、何よりも共に持っている覇権主義的な要素があり、勢力圏を競い合う形でぶつかる前線がある。それが例えば、イラク、レバノン、シリアだ。イランとサウジアラビアは民族が異なり、宗派的にはスンナ対シーアだ。この断層が2つ動いていることが、イランとサウジアラビアの関係を非常に難しくしている。特に多数派で二大聖地を抱えることから、「自国こそがアラブ」、そして「イスラム世界における中心」と位置付けているサウジアラビアは、イランがイスラム世界、ないしはアラブ世界に発言権を得て干渉することは認めようとしない。
 イランの核開発疑惑についてサウジアラビアなどは、自分たちを脅すためのものと理解している。また、この1年あまり、イランとアメリカの間で平和的解決に向けた交渉が進むと、今度はアメリカとイランが結託し、サウジアラビアないしアラブ側の不利益に通じる合意をするのではないかという見方になる。
 ISの勢力が急激に拡大したのは6月で、それ以降、彼らの勢いを止めることは一向にできない状態だ。アメリカがイラク国内で空爆を始めた8月以降、拡大のペースは落ちたが、ISは依然として大きな勢力を持っている。失敗の第1は、モースルが陥落した6月初旬で、遅ればせながら対応を取るべきであったにもかかわらず、介入しなかったことだ。イラクのマリキ前首相が強権的で、なおかつ宗派対立の根源となるような政策をとったことから、「彼を辞任させるべき」という方へ話が移ってしまった。その間、ISは陣地を拡大させ、ついにシリアとイラクの国境地帯をほぼ制圧するに至った。また、シリアの内戦ではISが、アサド政権の反対勢力である、すなわちアサド側から見れば、反体制テロ組織であることが、外国の介入を難しくさせた。
 ISが何を狙っているのかだが、特定の、あるいは既存の国境の中に活動をとどめようという意識はそもそもなく、より広いイスラム世界を目指していることは最初から明らかだ。これは現在、シリアとイラクにまたがるISが、それだけの版図を得る要因にもなったと言える。もう1つ問題は、イラクというよりもシリアの内戦において、多数の外国人義勇兵が入ってきていることに対する注意が足りなかったことだ。
 今日のISの組成と実力についてはまず、単なる武装勢力やテロ組織ではくくれず、より軍隊に近くなっていると言える。ISの台頭は、これまでの対テロ戦争の13年間の経験とは全く異なるものだ。その躍進の背景には、イラクのスンナ派部族の同調、旧サッダーム軍と共闘関係を結んだことがあると考えられている。さらに、由々しき事態として、最近では財政基盤を着実に強化させている。油田などを支配し、密輸することで、確実に収入を得るようになってきている。また、アルカイダ型の武装勢力ないしテロ組織は元々、必ずしも互いに連動して動く状態ではなかったが、ISでは多くのシンパを集めるようになってきている。

2. 様々な立場が錯綜する中東
 イラクではようやく、新政権が発足したところだ。国会議長はスンナ派から選び、大統領はクルド人、首相になったアバディはマリキ前首相と同じ、ダーワ党の出身だ。ただ、広範な基盤を有する内閣ができたかというと、表向きはそれほど悪くないが、実態は非常に難しい。国防省や内務省のような、いわゆる権力機構の中でも暴力装置につながるところは、やはりどの派も自分のところで押さえたい。このため、アバディ内閣の発足にあたっても、まだ国防大臣と内務大臣が決まっていない。
 昨日、米国のオバマ大統領が「シリア介入宣言」を出したが、やはりこの3ヵ月のロスは大きい。また、介入の仕方によっては新たな問題を引き起こす可能性が高い。地上軍の派遣を伴わない空爆作戦だけでは、ISの弱体化には成功しても、完全制圧は恐らく無理だろう。他方、シリアに関してはアサド政権排除の方針を変えていない。すなわち、アサド政権を認めない中で、一方的にシリアの上空と、シリア国内で、軍事作戦を展開すること自体、主権侵害行為ではないかということになる。さらに、国際社会から見た場合、シリアには頼りになる地上勢力がいない。このような状況では、作戦自体が、排除しようとしているアサド政権の延命どころか勢力拡大に寄与してしまう可能性がある。
 オバマ大統領は「広範な有志連合」に、「アラブのパートナーを入れる」としており、アラブ首長国連邦(UAE)やサウジアラビアが加担すると思われる。「西洋対イスラム」、ないしは「米国対イスラム」という「文明の衝突」の色彩を軽減するためにも、アラブやイスラム国が有志連合に入っていることはありがたい。その一方で、エジプト、UAE、そしてサウジアラビアも、この3年余りの間、この地域でかなり独善的な行動をとるようになってきており、弊害も考えられる。
 中東の全体像を見ると、様々な立場が錯綜している。大別すると、ムスリム同胞団を支援して反シリアの立場をとるのがカタールとトルコだ。そして、イスラム主義全般を排斥し、同胞団、シーア派も否定する立場をとるのがUAEやサウジアラビアであり、昨年7月以降のエジプトだ。さらに、同胞団は嫌いだが、シーア派という、1つのつながりを持っているのが、イラン、イラク、シリアとなっている。このように中東は現在、宗派やイスラム主義への対応で、これだけはっきり分かれるようになっている。
 また、「アラブの春」については、振り返ってみると、アメリカが政治的にも軍事的にも介入しなかったことが、むしろ「アラブの春」が起こる1つのトリガー、ないしは進む触媒になったと思わせるところがある。「介入しないアメリカ」を見透かしたような動きが、この地域で顕著である。統制が効かなくなってきていることは、中東・北アフリカ地域において、非常に大きな不確定要素が増えたに等しい。そして、もう1点、俯瞰すれば、湾岸アラブ諸国は親米、穏健で、西側やアメリカにとって重要と位置付けられてきたが、この3年半余りを見ると、現状維持勢力とされた立場から状況が変わった。これらの国々は今後もますます、独自路線を追求すると思われる。
 アルカイダについては本体が退潮し、ISのような、その流れを汲むが、異なる次元に入っているグループの求心力が増している。これを見て、イラン、イラク、シリアはどう動くのかだが、今回作られた有志連合が、対アサド攻撃をシリアでやってしまうと、アサド政権を支援し、存続に手を貸してきている側も対応を決めなければいけないときが来て、この地域の地獄絵がまた増えるような気がする。

3. イランとの核交渉の行方
 最後にイランの核交渉についてである。様々な事象を好意的に、かつ楽観的に眺めた場合、仮に11月24日までに妥結するとすれば、9月中に大方、包括的長期合意、あるいは世間一般では最終合意と言われているものの中身を固めることになる。その後はアメリカの中間選挙があるため、ローキーに落として、この問題が脚光を帯びないようにする。そして選挙後は一気に、最終妥結に向けて詰めを行う。ただし、交渉環境が悪化するという懸念材料はいくらも存在する。
 イランでは、最高指導者のハメネイ師が先日、前立腺手術のため入院した。核交渉の交渉団に対して全幅の信頼を置いているハメネイ師が、仮に亡くなったり、機能しなくなることがあれば、交渉環境の整備や保全が再び課題になってしまう。ハメネイ師の術後の状態は悪くなさそうだが、長い間、根拠の薄い健康不安説が流されてきた中で、おそらく初めて具体的な事例が出てきたということだ。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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