平成27年度 第2回 アジア研究会 テーマ『アセアン統合と主要国の動向』 報告 「一年を迎えたモディ政権とその評価」国際基督教大学 教養学部 上級准教授 近藤 正規 (こんどう まさのり)【2015/09/08】

日時:2015年9月8日

テーマ『アセアン統合と主要国の動向』

平成27年度 第2回 アジア研究会 報告
「一年を迎えたモディ政権とその評価」


国際基督教大学 教養学部 上級准教授
近藤 正規 (こんどう まさのり)

1. 好調な経済、財政赤字改善でも目途
 インド経済は現在、順調に行っていると言える。実質成長率は、2013年度が6.9%、14年度が7.2%で、アジアで最も高かった。直近四半期は7~7.1%であまり高くはないが、それでも順調に行っているのは国内の内需、特に個人消費に支えられているためだ。昨年5月のモディ政権発足までは、マンモハン・シン政権の評判が悪いなどの問題があり、消費を手控えていた消費者が物を買うようになった。また、昨年秋以降、原油価格が大きく下がり、これを基にインドの物価上昇率が低下した。その結果、インドでは今年に入って3回にわたって利下げを行った。そういったところから、あるいは銀行からお金を借りてテレビやオートバイ、自動車を買えるような人も増えた。インドの場合、物価上昇率が6%を超えると政治的に困難が生じると言われるが、4月は4.87%、5月は5.01%で6%以下だった。これについては、世界的にコモディティーの価格が下がっていることが大きい。
 財政赤字改善への道のりでも、目途が付いた。原油価格の下落が主な要因で、また昨年5月~8月にかけ、ルピーが安かった時期に中央銀行が外債や金などに投資し、その後にルピーが戻ってきて剰余金ができた。そして、1兆円近い金額である5268億ルピーを中央政府に移転した。もう1つ、インドの強い点として、3000億ドルを超す豊富な外貨準備高が挙げられる。このうち500億~700億ドル程度は海外からの送金で、また700億ドル程度のIT、あるいはバックオフィス系サービスの輸出があり、あとは海外直接投資とポートフォリオ・インベストメントがある。海外直接投資を見ると、今年度は半年で既に、昨年度の額に達している。証券投資については、昨年はかなり流出があったが、今年は大体横ばいだ。中央銀行のラジャン総裁は海外の投資家に評判が良く、そこは問題ない。ただし、景気が悪い時に財政赤字を改善するのは難しく、来年末までに財政赤字をGDP比3%以内にするという当初の目標は、1年後ろ倒しになった。

2. 政策効果への疑問、日本を重視する経済外交
 対外収支を見ると、貿易赤字は1370億ドルで、前年度を上回っている。原油価格が下がっているにもかかわらず、貿易赤字があまり改善しない理由の1つとして、金を輸入していることがある。経常収支の改善も遅れがちだが、それほど悪い訳ではない。株式市場も堅調で、BRICsの中でインドだけが生き残ったのではないかという状況だ。中国が元を切り下げ、中国の株価が暴落しているのに対し、Sensexの下げは、8月下旬に中国の株価が大きく下がったときも7%にとどまり、ルピーは3%弱下げただけだった。
 一方、元切り下げの効果については、プラスとマイナスの側面がある。まずマイナスの側面は、世界的なリスクオフの流れから、インドの株やインド・ルピーが売られることだ。原油価格が下がっても、ルピーが下がれば原油代金は上がるので、財政赤字や経常赤字の問題が再び深刻化する恐れがある。コモディティーについてもルピーが下がれば上がるが、今はコモディティーの方が下がっている状況だ。もう1つ言われるのは、諸々の非耐久消費財のかなりの部分が中国から来ていることで、インドは何でも自分で作れる国であることから、それらは若干、競合する。プラス面としては例えば、インドの発電所には石炭発電が多いが、石炭価格が下がれば、建設したものの稼働していなかった発電所で採算が取れるようになり、稼働するようになるのではないか。電線などについても、銅などの商品相場が下がれば、インフラ整備がしやすくなる。さらに、ルピーがドルに対して売られれば、ITや薬品、化学、繊維関連の輸出が大きくなるのではないか。
 国民の生活については、あまり変化しておらず、インフラ整備もこれまでのところ、あまり進んでいない。モディ首相のようなワンマンな人は、大臣もイエスマンで揃えるようなところがあり、1人で何でもやろうとするが、やや荷が重い。税制改革については、「絶対にやる」と言っていたが、結局、国会に間に合わなかった。他方で、彼自身は中央政府から地方への交付金を拡大したことを大きな成果だとし、交付金拡大によって地方政府を競争させ、投資、誘致を進めようとしている。また、インドでは従来、銀行口座を持つ人が2人に1人しかいなかったが、国民全体の口座を開くことになり、1億5000万人が開いた。銀行口座への入金が定着すれば中間搾取がなくなるという話であったが、これについてはまだ、成果がよくわからない。
 インド政府は「メーク・イン・インディア」ということで、インドでのものづくりを促進するキャンペーンも展開している。しかし、これを通じて日本企業がインドへ出ていったという話はあまりない。どちらかというと、Eコマースやタクシー、ホテルのインターネットによる手配といった分野で投資がなされ、ものづくりは少ない。外資開放では、懸案となってきた小売りの開放は進んでおらず、開放されたのは鉄道、防衛、保険分野にとどまっている。保険は元々やっていたものが進んだということで、前政権からの引き継ぎだ。防衛に関してはハイテク技術を伴うことから、なかなか難しい。
 日本企業の投資はあまり多くないが、着実に増えてはいる。経済外交でインド政府は、「アクト・イースト」と言い、日本や中国、さらにアメリカを重視して一定の成果を上げている。モディ首相にとってはやはり、投資してくれる企業や国が重要だ。このため、まずは日本に来た。中国についてはこれまで投資はほとんどなく、貿易だけだった。中国の人件費が上昇していても、投資環境はインドよりも遥かに良いということで、中国の製品がインドへ来ていた。しかし、インドでの投資が進めば貿易赤字が減り、なおかつ雇用拡大にも結び付くということでメリットがあるため、インドは中国にも投資してほしい。
 モディ首相は、周辺外交も重視している。インドが今後、国連をはじめとする国際社会で大きな発言力を持っていくためには、ネパールやバングラデシュ、スリランカのような周辺国の応援も得る必要がある。また、南シナ海では中国が「領有権を持っている」と主張している場所で、インドの石油公社が石油を探索しており、その利権を守ることも必要だ。このような中、モディ首相は11月に、東アジア首脳会議とASEAN首脳会議に出席する予定だ。ASEANとの関係については、経済よりもむしろ安全保障面が重要という感じだ。ASEANには日本企業の製造拠点があることから、日本では南部大回廊をASEANとインドをつなぐ大動脈にし、ASEANで作ったものをインドへ輸出しようという考えがあるが、インド側は輸出よりもむしろ投資を望んでいる。

3. 課題となる投資環境改善
 現在、インドで特に問題になっているのは、土地収用法の改正と税制改革だ。土地収用法は前政権が決めた法律で、インドの州政府が土地を収用するには、農民にマーケット・プライスの3倍の金額を払わなければならないとした。このような悪法を作ってしまったために、州政府の工業団地が造れなくなり、これから進出しようという日本企業も工業用地を探しにくくなった。このため3倍ではなく、もう少し現実的に改正しようとしているが、国会が終わってしまった。2番目の税制改革では、各州で異なる間接税を物品サービス(GST)税として中央政府に一本化しようとしている。しかし、これについても実現せず、来年に持ち越されている状況だ。国会はねじれ構造になっており、モディ首相のインド人民党(BJP)は、上院で2割を占めるだけなので難しい。
 一方、世界銀行のビジネス環境指数(Doing Business Index)によれば、インドの投資環境は世界の180ヵ国中142位という低いレベルになっている。モディ首相は、この順位を「2年以内に50位まで上げる」としているが、現在のところ、あまり変わっていない。しかし、様々な省へ出向かなくても1ヵ所でまとめてライセンスを取れるような窓口を、インド政府が日本政府向けに、商工省内に作るという話もある。
 インフラ整備では、1日当たり30キロの道路を建設するとしており、予算を倍増させたが、現在のところ目標の3分の1しか達成していない。これについては、これまで民間主導であったことが遅れの要因となっていたので、公共事業を主体にしようとしている。さらに、スマートシティの建設も進めている。最も重要な課題であった電力事業については若干、改善した。他方で、大型プロジェクトでは遅延が多い。インドでは中国のように汚職を取り締まったのだが、結果として裏金が使えなくなったことが、遅延に影響したと見られている。また、前政権末期に様々な大型プロジェクトをやったインフラ企業の財務内容が悪化している。このほか、公営企業の民営化もやろうとしているが、あまり進んでいない。
 イギリスのエコノミストはモディ政権について、(1)ビッグ・ピクチャーがなく、個別目標だけに従事している、(2)政府の要職に大物がいない、(3)インフラ整備について、政府の財政支出主導にしようとしているのは良いが、民間企業の関与が少ない、という3つの点を問題点として挙げる。総選挙で大勝利した際に、大きな改革をすべきだったという指摘もなされるが、そのような改革は国会を通す必要があり、BJPは上院で2割しか占めていないため、通らなかっただろう。しかし、現在のインドの状況は、他の国々と比べればかなり良く、パフォーマンスは高くないが、今後3年、5年、10年とやっていけば、次第に良くなっていくのではないか。ただ、3、4年後には再び総選挙があり、その前にまず、州選挙で勝ち続ける必要がある。まもなく、ビハール州という大規模で貧しい州の選挙がある。BJPはデリーで負けたが、ここで勝てれば良いはずだ。ここを落とすようなら、やや見通しが暗いということで、私はビハール州の選挙に注目している。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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