第142回 中央ユーラシア調査会 報告 「混迷する中東 不安定化の構図」NHK解説委員 出川 展恒(でがわ のぶひさ)【2015/05/12】

日時:2015年5月12日

第142回 中央ユーラシア調査会
報告 「混迷する中東 不安定化の構図」


NHK解説委員
出川 展恒(でがわ のぶひさ)

はじめに
 20014年9月に学生を連れてトルクメニスタンで研修を行った。外務省傘下の大学に受け入れ機関となってもらい、その大学を含め国立4大学を訪問、次の世代を担う若者の教育現場を視察した。このときの経験をもとに、ベルディムハメドフ政権下のトルクメニスタンの現状について報告する。

1. 「アラブの悪夢」、国家崩壊の連鎖
 「アラブの春」と呼ばれたアラブ諸国の政変と民主化運動から4年あまり。長期独裁政権が倒れた国々は、その後、ごく一部の例外を除き、民主的な国づくりがうまく行っていない。それどころか、国が次々と壊れてゆく「国家崩壊の連鎖」とも言うべき深刻な危機が広がりつつある。「IS=イスラミック・ステート」をはじめとする過激派組織が各地で増殖・拡大する原因ともなり、テロの脅威を世界全体に拡散させている。
 「IS」が本拠地とするシリアの内戦は、アサド政権、「シリア国民連合」などの反政府勢力、そして「IS」による三つ巴の戦いとなっており、全く収束する兆しが見えない。これまでに22万人以上が犠牲になり、シリアの国民の6割強にあたる1200万人以上が住む家を失い、難民、または、国内避難民になっている。イラクでも、2003年のイラク戦争とフセイン政権崩壊後の新しい国づくりの中で、異なる宗派と民族の間の対立が噴出し、「IS」の台頭を許す結果を招いた。「IS」は、従来の過激派組織と異なり、まず「領土」を獲得することを目標としている。内戦や政治の混乱で政府の統治が及ばない領域があれば、そこを自らの支配地域に組み入れ、領土拡大を図ってきた。
 「4年前、人々が、『アラブの春』と呼んだ出来事は、実は、『アラブの悪夢』だった」。これは、東京に駐在するアラブのある大使が、私につぶやいたコメントである。この間、アラブ世界で起きてきたことは、▼民衆革命や抗議運動で、長期独裁政権が倒れる。▼民主化をめざし、新しい国づくりが進められ、選挙が行われる。▼しかし、民主的で安定した政権はできず、国内の対立や混乱が深まる。▼いくつかの国では、外国から戦闘員が入り込み、内戦状態に陥る。▼政府の統治が行き届かない「権力の空白地帯」が生まれ、国際テロや過激派組織の拠点となる。▼過激な思想に共鳴した人々が過激派組織に吸い寄せられ、テロが世界各地に拡散する。これが、「アラブの悪夢」の実態である。
 リビアでは、41年にわたったカダフィ政権が崩壊すると、国内の異なる部族どうしの対立に火がつき、各地で武力衝突が起きた。武装組織が割拠し、もはや、「国の体」をなしていない。混乱に乗じて「IS」も拠点を築いている。昨年8月、正式な議会を選ぶ選挙が行われたが、異なる勢力の主導権争いで、国が西と東に分裂してしまった。西にある首都トリポリには、「イスラム主義」の政府が、東のトブルクには、「世俗主義」の政府ができ、それぞれ独自に首相を立てるという異常事態だ。民主主義の経験が全くない国で、いきなり選挙をやっても、うまくいかない。リビアは過激派組織の基地と化し、外国人戦闘員が自由に出入りし、大量の武器が周辺国のテロ組織に流れている。
 イエメンも、「国家崩壊」の危機に直面している。サレハ前大統領が強権的な手法で国をまとめ、長期独裁政権を維持していたが、「民主化運動」が波及し、退陣に追い込まれた。副大統領だったハディ氏が大統領に就任し、新憲法を制定する作業を進めていたが、北部を拠点とする「フーシー派」と呼ばれるイスラム教シーア派系の武装勢力が、連邦制を謳った憲法草案に不満を募らせ、今年2月、首都サヌアを制圧した。事実上のクーデターだ。ハディ大統領は脱出し、サウジアラビアに身を寄せている。イエメンが分裂・崩壊し、南部を拠点とする国際テロ組織「AQAP=アラビア半島のアルカイダ」が野放しになることが懸念される。
 こうした、「国家崩壊の連鎖」と呼べる危機を止めるのは非常に困難だ。最大の問題は、国連安全保障理事会が機能不全を起こしていることだ。ウクライナ問題などで悪化したアメリカとロシアの対立が影を落としている。

2. サウジアラビアとイランの「代理戦争」
 サウジアラビアとイラン、2つの地域大国の「覇権争い」が顕著になり、両国の「代理戦争」が各地で起きている。イエメン内戦は典型的な例だ。サウジは、イランがフーシー派に対し、密かに武器や資金の援助を行っていると信じ、イエメンにイランの影響力が拡大するのを絶対に阻止したい考えだ。3月26日、サウジなどスンニ派のアラブ諸国は、フーシー派に対する空爆作戦に踏み切った。
 サウジとイランの「覇権争い」は、「IS」との戦いにも、影を落としている。シリア内戦で、イランは、アサド政権を強力に支持し、政治的、軍事的支援を与えている。イランの革命防衛隊やレバノンのシーア派組織「ヒズボラ」によるアサド政権への支援や加勢は、戦局を大きく左右してきた。これに対し、サウジなど、ペルシャ湾岸のアラブ諸国は、アサド大統領の退陣を要求し、スンニ派の反政府勢力を支援してきた。提供した資金や武器の一部は、「IS」にも渡ったと見られる。
 イラクでは、フセイン政権の崩壊後、人口のおよそ6割を占めるシーア派のアラブ人が、新しい国づくりの主導権を握り、シーア派の隣国イランが、歴代の政権と緊密な関係を築いてきた。昨年9月に発足したアバディ政権は、イラク北部や西部で「IS」に対する掃討作戦を進めているが、政府軍だけでは戦力不足で、シーア派の民兵組織が作戦に参加している。北部の町ティクリットの奪還作戦では、政府軍をはるかに上回る規模のシーア派民兵組織が、イランの指揮と支援のもと作戦に参加した。イラク国内でイランの影響力が拡大することについて、国内のスンニ派勢力、および、サウジなどスンニ派のアラブ諸国は、警戒感を強めている。

3. イラン核問題という不安定要素
 さらに、イランの核開発問題も、中東の国際関係に大きな影響を与えている。イランと欧米など関係6か国の直接協議が、4月2日、「枠組み合意」という形で大きく前進した。しかし、今後の交渉で、6月30日の期限までに「最終合意」に達するかどうか、懸念材料はあまりに多い。
 「枠組み合意」は、イランが、核兵器を開発できないよう厳しく制限しながら、原子力発電など平和目的の核開発、低い濃度のウラン濃縮活動を続けることを事実上容認する内容だ。欧米側は、イランによるウラン濃縮活動をある程度認めても構わないと考えているが、イランが核兵器の開発能力を持つことは絶対に容認しない。一方、イラン側は、核開発を大幅に制限する見返りに、イランに対する経済制裁は、直ちにすべて解除されなければならないと考えている。双方は、今後、「枠組み合意」をもとに具体的な問題をひとつずつ詰めてゆくが、文書にまとめる過程で対立が起き、合意じたいが崩壊する恐れもある。最も心配される対立は、「経済制裁の解除」で、双方の認識の隔たりは非常に大きい。
 今後の交渉では、イランに対し厳しい姿勢をとってきたアメリカ議会と、イスラエルの動向がカギを握る。野党・共和党が上下両院で多数を占めるアメリカ議会は、核協議の行方に懐疑的で、「最終合意」の実施に議会の承認を求める法案の成立を目指している。議会は、3月、ホワイトハウスの頭越しに、イスラエルのネタニヤフ首相を招待し、ネタニヤフ首相は演説で、オバマ政権の対イラン政策を「弱腰で危険だ」と批判した。イスラエルでは、3月17日、議会選挙が行われ、ネタニヤフ首相率いる右派政党「リクード」が第1党となり、極めて「タカ派色」の強い新たな連立政権を発足させた。ネタニヤフ首相は、「枠組み合意」は、イランの核開発に正当性を与えるものだとして、強く反対している。
 イランを全く信用せず、イランの核施設への軍事攻撃も辞さない姿勢を繰り返し示してきたネタニヤフ首相と、平和利用なら、ある程度イランの核開発を認めても構わないと考えるオバマ大統領。両首脳の脅威認識には大きなギャップがあり、信頼関係も失われている。ネタニヤフ首相は、「最終合意」が、イランにとって極めて厳しいものになるよう、今後、アメリカ議会などへの働きかけを強めると見られる。イランに対する経済制裁や軍事的圧力を強化しても、イランの核兵器保有の可能性を摘み取ることができないと判断した場合には、アメリカに武力行使を要請し、もし、アメリカが動かなければ、イスラエル単独での武力行使も検討しているものと見られる。来年11月のアメリカ大統領選挙で、共和党の大統領が誕生することに期待をかけるのではないかという見方も出ている。
 一方、イランの議会も、欧米側との妥協を拒む保守強硬派が多数を占めており、核協議を妨害することが予想される。そして、最終的な決定権を握る最高指導者のハメネイ師が、制裁が期待通りに解除されないと判断した場合には、「最終合意」を見ないまま、協議打ち切りとなる可能性も排除できない。イランの核問題は、サウジアラビアとの「覇権争い」とも、密接に絡んでいる。サウジは、もし、イランが核開発の技術を確立すれば、自らが圧倒的な劣勢に立たされると危惧しており、協議の行方に神経を尖らせている。

4. 急がれる国際社会の対応
 現在、中東は混迷の極みで、今後を予測できる方程式はない。民主主義の経験がないアラブ諸国で、「民主的な国づくり」は、何十年もかかる難事業かも知れない。国じたいが崩壊し、「権力の空白」が広がることだけは、何としても防がなければならない。内戦を終わらせ、戦闘員と武器の流れを断ち切り、安定した統治を確立し、「国づくり」を支援する。国連をはじめ、すべての関係国が一致協力して、話し合いによる問題解決の枠組みを構築することが急がれる。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部