第143回 中央ユーラシア調査会 報告 「中国のシルクロード戦略とウズベキスタンで感じたこと」拓殖大学 名誉教授 / 元陸将補 茅原 郁生(かやはら いくお)【2015/06/26】

日時:2015年6月26日

第143回 中央ユーラシア調査会
報告 「中国のシルクロード戦略とウズベキスタンで感じたこと」


拓殖大学 名誉教授 / 元陸将補
茅原 郁生(かやはら いくお)

1. 中国外交とシルクロード戦略
 一度、中央アジアを見てみたいと思っていたところ、3月末にウズベキスタンで行われた大統領選挙に対する国際選挙監視員への同行という形で、約半月間、現地へ行く機会を得た。報告者の関心は、中央アジア地域の現状もさることながら、近年、中国が強調してきたシルクロード戦略を現地はどのように受け止めているかを知ることにあった。その観点で、本報告は中国のシルクロード戦略の狙いなどから入り、中央アジア情勢については、門外漢が垣間見た感想としてお話しをしたい。
 中国では、習近平体制発足から3年が経過した。昨年秋までは、反腐敗、汚職活動ということで権力闘争にも発展し、習近平政権はこれに忙殺されていた。周永康という政治局常務委員まで逮捕され、これを契機に昨年秋の第4回中央委員会全体会議では、統治は法治で行うと決められた。そして、今後はいよいよ習近平外交が進められると見られたが、今なお、国内問題に拘束されているような状態だ。
 その一方で、習近平国家主席は昨年11月、北京で開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)で華々しく世界に躍り出た。しかし、APECにおける首脳会談等は、必ずしも成功していない。中国が最も重視していたアメリカに対等な立場を求める新型大国関係は、オバマ大統領との2日間にわたる話し合いの中でも受け入れられなかった。そして中国では現在、アメリカとの大国関係構築について「諦めよう」といったムードもあると聞く。
 他方で、中国は2013年暮れに周辺国重視外交の方針を決定した。しかし、南シナ海、東シナ海の事案でご承知のように、これも必ずしもうまく行っていない。このような中で昨年秋、20年ぶりに中央外事工作会議が開かれた。具体的な外交路線はなかなかまだ見えてこないが、出てきた特色としては、中国が大国を自認し、大国外交を展開するという非常に強気の姿勢が挙げられる。さらに、周辺国外交を引き続き重視しようとしており、その中でシルクロード戦略というものが出てきた。
 シルクロード戦略には「一帯一路」という2つがあり、1つは「一帯」で陸のシルクロード戦略、すなわち「シルクロード経済ベルト構想」という考えだ。これは2012年9月に、習近平がカザフスタンを訪問した際、ナザルバイエフ大学の講演で打ち出されたもの。もう1つの「一路」は、「21世紀海上シルクロード戦略」を指し、2013年10月にインドネシアで表明された。
 かつてのシルクロード交易は西安を起点とし、天山山脈の北路か南路を通って中央アジアに入るものであり、行き着く先はヨーロッパや中東だった。現在のシルクロード戦略については、どのルートを本ルートにしようとしているのか定かでないが、陸のシルクロード戦略はかつてのシルクロードをなぞる展開となるのであろう。
 一方、海のシルクロード戦略のルートは、かつて明の時代に鄭和という提督が約100隻の大船団を率いてインド洋を渡り、アフリカの西海岸一体と交易し、貿易を広めたという故事に絡むものである。中国は既に、石油資源の大部分を中東、アフリカから輸入するようになっており、その死活的な輸送ルートの確保に狙いがあると見てよかろう。
 今日、中国が南シナ海で岩礁を埋め立て、基地を造ろうとしていることに懸念が抱かれ、シンガポールで開催されたアジア安全保障会議では激しい米中の確執が展開された。南シナ海は、海のシルクロード戦略を考えても、まさに根っことなる部分であるが、同時に我が国の貿易ルートで、重要な位置を占める南西シーレーンもここを通る。正式ルートは、これを起点としてマラッカ海峡を越え、インド洋に至り、スエズを越えて地中海ヨーロッパへとつながる。さらに、陸のシルクロードと海のシルクロードの間に、パキスタンのグワダル港から中国の新疆ウイグル自治区にいたる高速鉄道網建設などのように。連接も図られている。

2. 陸のシルクロードとアジアインフラ投資銀行創設
 陸のシルクロードは、中国語で「経済廊下」と言われるように経済的な狙いがある。中国経済はこれまで、高度成長を遂げてきたが、これはいわば、輸出と投資による経済成長だった。そして過剰投資の結果、現在はセメントや鉄鉱石などは過剰生産で大量在庫を抱え、あえいでいる。2014年度の経済成長率は目標の7.5%が未達成で、初めて7.3%に低下した。中国では毎年1000万の新規雇用を創出しなければ社会が不安定化するため、7%の成長率は、社会安定のぎりぎりのラインだと言われてきた。今年度は目標を7%前後と下げてもその達成は容易ではない。2008年のリーマン・ショック以来、4兆元(当時の57兆円)の投下で内需を拡大してV字型の回復ともてはやされたが、今日その後遺症に悩み、海外市場を求めるようになった。それが今日のシルクロード戦略につながっている。
 さらに、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の創設も絡んでくる。中国は陸の経済ベルト構想の中で、遅れたユーラシア大陸のインフラ整備をしようとしている。これについては、アフリカなどでの例で見られるように、ヒト・モノ・カネすべてを中国持ちでやってしまい、現地の失望を買うことも考えられる。
 このほか、現在では最大の貿易相手となっているヨーロッパと中国を陸路で直結することも考えているようだ。また、中央アジアの国々は、中国とロシアと共に上海協力機構に加盟した、中国の国防白書が言う「運命共同体」と捉えられている。しかし人口や経済力から中国の期待に応えられるか、リスクは残ろう。
 しかし安全保障の観点からは、中国にとって最大の脅威であるアメリカの太平洋正面でのリバランス戦略に対抗するために、中国の後背地の安全を確保する上では、中央アジアへの影響力強化は中国にとって、重要である。
 その観点でAIIBは、シルクロード戦略をバックアップするための1つの資金源と見られるが、うまく行くのかについては疑念が抱かれている。今年3月にはイギリスが加盟し、ヨーロッパ諸国が怒涛のように参加して、一気に57ヵ国が創設メンバーとなり、G7の過半数の先進国が参加している。
 そのような中でアメリカや日本、カナダなどは参加していないが、そこには国際金融機関として幾つかの懸念材料が指摘されている。本店を北京とし、総裁に中国人が就き、常任理事を置かないなど運営の透明性や中立性に疑念が抱かれ、中国の金融覇権への不信感があるからである。現に設立資本1000億ドルのうち、中国がその30%出資して拒否権を握ると見られている。
 発展途上国には6兆ドルに上るインフラ整備需要があると言われ、日本の財界等には「参加しなければ、巨大なインフラ投資整備に参入できない」という懸念もある。しかし我が国やアメリカがこれに反対する限り、国際金融機関とした信用度でトリプルAが取れるかが問題で、楽観は許されない。さらに中国が設立し、400億ドルを投資しているシルクロード基金は人民銀行の系列だが、AIIBは財務省の系統だ。中国政治の特性は、厳格な縦割り行政で横の連携はないことから、2つの基金が協力するのか、競合するのか、弊害も懸念される。
 「一帯一路」戦略は、雄大な構想ではあるが、その具体的な計画や資金的裏付けなど、なお不透明で、いま少し事態をしっかり確認する必要があろう。

3. ウズベキスタンの中国に対する見方、大統領選挙
 それでは、ウズベキスタンをはじめとする中央アジアの国々は、この中国の戦略をどのように受け止めているのか、今回のウズベキスタン訪問の最大の狙いはそこにあった。ウズベキスタン滞在中に訪問した商工会議所で、「中国のシルクロード戦略をどう見るか」と尋ねたところ、「投資は結構なことで、歓迎する」という肯定的な答えであった。しかし、国際選挙監視員に同行していた労働省の局長級の方の話では、中国に対して警戒的であった。その理由は、政治改革等を先に進めたキルギスの経済があまりうまく行っておらず、結局、中国経済に飲み込まれてしまったということだった。また、中央アジアの多民族国家の中に、中国の膨大な人口の浸透圧から大量移民への警戒感が感じられた。中国のシルクロード戦略には、半信半疑と言うのが率直な感想であった。
 中央アジア諸国の対外貿易を見ると、近年は中国が占める割合が増加している。このような状況で、中国が占める割合を4分の1程度に抑えているのがウズベキスタンとカザフスタンであり、他の国々では半分近くが対中貿易となっている。これは、中国に資源を輸出しているためだと言われている。
 ウズベキスタンは、中央アジアで圧倒的に人口の多い国だが、国内総生産(GDP)はあまり高くない。現地で受けた個人的印象では、非常に安定した国家であり、カリモフ体制の下、年8%程度の経済成長を続けている。その背景には、綿花栽培に適した恵まれた自然条件があり、地下資源もそれなりに存在する。若い世代が多く、30歳以下が全人口の過半数を占める。そして、シルクロードのオアシスともいわれ、砂漠的地帯にしては2つの川に囲まれて水量に恵まれ、定住農耕民族が多数を占めている。
 カリモフ大統領の統治は、強権的であるとしても、それは国家の安定をもたらしており、発展途上の国としては、開発独裁的統治は、それなりに有効な方式ではないかと思う。国民は非常に親切で、マハラという共同体の組織が、この国の安定を支えていると感じた。また、ウズベキスタンのイスラム教徒は、ある意味でルーズで、「豚肉を食べてよし」、「お酒を飲んでもよし」ということのようで、過激な原理主義とは対照的で国際調和には有利であるとの感想を抱いた。さらに、ウズベキスタンの人たちは非常に親日的だ。
 大統領選挙に関して私が受けた印象は、投票所には透明の投票箱が置かれ、大統領候補を出した4党の代表者が投票状況をしっかり監視しており、自由投票で投票自体に不正は起こりようがなく、問題はない。しかし、立候補は政府が認めた政党からしかできず、いずれの政党も同じような主張であることから、選択の余地があるのか、違和感を払拭できなかった。投票率は93%と高く、カリモフ大統領が91%を獲得して圧倒的な強さを見せた。
 現地視察でショックを受けたのは、アラル海が干上がり始めていることだ。上流の国において大量の水がダムに蓄えられ、またウズベキスタンでも綿花栽培の面積が拡大し、多くの水が使われている。アラル海に流れ込む前に、川が干上がってしまうという状況のように、中央アジア諸国間にも国際河川を巡る利害の摩擦が存在している。

4. 安倍総理の中央アジア訪問
 今後、ユーラシア大陸では、上海協力機構の拡充などパワーの地殻変動が予想される。その際、ユーラシア全体の安定のため、中央アジア諸国が1つのパワーとしてまとまり、中国とロシアの間のバランサーになることが期待される。
 また近年、ウズベキスタンには日本企業も逐次、進出しており、いすゞ自動車が合弁で既に2万台を生産しており、昨年はNECが進出するなどの話を現地で聞いた。しかし、この地域に対する投資や企業の進出状況を見ると、中国が45億ドルを投資し、450社、1500人が駐在している状況だ。韓国も21億ドル、350社、2000人であるのに対し、日本は2億ドル、10社、120人という規模にとどまっている。ウズベキスタンの人たちが日本に示している親日的な姿勢に対し、私たちはもう少し関与していく余地があるのではないかと感じた。
 最後に、安倍晋三総理がこの夏に中央アジア歴訪の予定が伝えられている。安倍歴訪で、日本と中央アジアと経済協力などでの関係の緊密化を進める意義は大きい。同時に、シルクロード戦略やユーラシア経済圏構想などで中ロ両国の確執が予想される中で、中央アジアが第三極としてユーラシア大陸の安定に良い役割を果たせるよう、戦略的な関与を強めることの重要性を認識してきた。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部