第144回 中央ユーラシア調査会 報告 「習近平の『シルクロード』戦略の虚実 ~ジョージア、イスラエル報告を兼ねて」朝日新聞社 編集委員 吉岡 桂子(よしおか けいこ)【2015/07/30】

日時:2015年7月30日

第144回 中央ユーラシア調査会
報告 「習近平の『シルクロード』戦略の虚実
~ジョージア、イスラエル報告を兼ねて」


朝日新聞社 編集委員
吉岡 桂子(よしおか けいこ)

1. シルクロード経済圏構想とアジアインフラ投資銀行
 中国の習近平国家主席は、2013年に中央アジアや東南アジアの国々を歴訪した際、周辺外交を1つのパッケージとして「一帯一路」、シルクロード経済圏構想と呼んだ。シルクロードは64ヵ国に及ぶとされ、現在はヨーロッパと中国を結ぶルートであれば、どこでもシルクロードになっているというのが実状だ。この構想の目的は、外交安保と経済の両面にある。外交安保で言えば、ヨーロッパやロシア、BRICsの大国、インドなどとも協調しつつ、アジアを起点に影響力を拡大したい。また、フィリピンやベトナムのような周辺国とは領有権の問題を抱えており、対立する面も多いだけに資金で懐柔したい。特に、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立は、その流れだと思う。経済面では、インフラによる経済基盤の整備はもちろん、中国企業による「公共事業」を地域大に広げ、中国製品の輸出による過剰生産を処理するほか、マラッカ海峡を通らずに中東から資源を輸送するルートなど資源の「道」の多元化という、2つの目的がはっきりしている。
 資金源の一つ、AIIBについては、当初10月の時点では参加国が21ヵ国だったが、6月には57ヵ国に増え、さらに太平洋やヨーロッパの10数ヵ国がウェイティング・リストに載っている。来年の今ごろには約70ヵ国が参加し、ADBを上回る規模の国際機関となる見込みだ。ヨーロッパの国々が入ったこともあり、中国は国益丸出しの融資をするという訳にはいかないだろう。世界銀行OBも招いており、法律に則って国際機関を立ち上げ、運営していることを示そうとするのではないか。ヨーロッパの国々は中国市場が欲しいため、口を出しにくいところもあるが、自国内のNGOの意見を無視して、おかしな融資には賛同できない。
 一方、今夏に立ち上がったばかりのBRICS銀行については上海に本部ができ、インド人が総裁になった。参加国が100億ドルずつ資金を出し合い、AIIBの半分程度の500億ドルの資金規模となる見込みだ。融資対象は当初、参加する5カ国内に限られている。これは胡錦濤政権時代に計画され、中国にとっては前政権の遺産であることから、現在はマルチの機関で言えば、ある意味、重要度がAIIBへ移っている。他方でBRICS銀行にはインドやロシア、ブラジルなど声の大きい国々が参加していることから実際の業務が円滑に進むとは思えず、実際の業務以上に先進国に対抗する梃子として使われる可能性が高い。
 だが、シルクロード構想の資金源で規模も大きく重要なのは、話題になっているAIIBやBRICS銀行ではなく、むしろ中国独自の国策銀行、中国国家開発銀行や中国輸出入銀行である。国益丸出しのきわどい融資案件は独自の銀行を使うだろう。

2. アジアインフラ投資銀行による「ナマズ効果」
 中国と隣接するアジアの国々、特にミャンマーやカンボジアには、中国ばかりからお金を借りて良いのかという問題がある。このため、AIIBのように自国も出資したマルチの機関からお金を借りる形を取る方が、国境沿いの案件などもやりやすくなるだろう。AIIBは世銀など開発機関に似たものを独自に作った点ではブレトンウッズ体制への挑戦と言えなくもないが、今のところ、国際金融秩序を大きく変化させるような規模も力もない。
 また、AIIBへのアメリカの反応について言えば、同盟国英国を筆頭に多くの国が加盟してしまったあとの立て直しが非常に早かったことだ。AIIBには世界銀行OBが10人近くおり、その国籍はほとんどアメリカだ。さらに、世界銀行や米財務省にいた中国通で、ブルッキングス研究所のデビット・ダラーという人が顧問のひとりになっている。米国人が設立以来総裁を務める世銀はずっと協力を強調している。このため、対抗心を隠せない日本よりもアメリカの方がAIIBについて直接、情報を入手しやすい体制にある。日本はフィリピンを有力な情報源としている。一方、ヨーロッパは中国との距離もあり、安全保障上の心配がないことから、マルチの機関ができたので、ビジネスに徹して入っておくということのようだ。中国からは李克強首相が7月1日に、中国首脳としては初めて、パリの経済協力開発機構(OECD)本部を訪問している。
 ロシアのプーチン大統領は、シルクロード構想とロシアが主導するユーラシア経済連合との連携に言及している。連携と言っても、今のところは融資を行ってインフラを造り、貿易を活発に行うという、互いに拘束しない規範の緩いものだ。これについては、米ロが心底協調するとは思えず、協力の具体的な実態は見えてこない。むしろ、競合する場面も出てくるだろう。他方、アジア各国は、日中両天秤の姿勢だ。これを期に今後、日本も一層、経済協力に力を入れてくれればありがたいと考えている。アジアの国々はこぞってAIIBに入ったが、ミャンマーをはじめ、借りているお金のバランスがあまりにも中国に偏ってくると他のもので代替したいということが出てくる。その意味では、逆説的かもしれないが、中国の存在感が強まれば強まるほど、日本の経済協力への期待も膨らむ構図ともいえる。
 中国には、「ナマズ効果」という言葉があり、これはイワシの群れにナマズを入れるとイワシが緊張し、非常に元気になるということから来ている。中国が主導するAIIBは、先進国におけるナマズのようなものであり、国際協力も含めた現在の秩序全体が活性化するかもしれない。日本やADBの昨今の経済協力では、質の高いインフラが強調されており、これも「ナマズ効果」の表れかもしれない。

3. 中国との関係を深めるジョージアとイスラエル
 4月末から5月中旬まで3週間、シルクロード構想やAIIBに関わる中国との関係を取材するため、ジョージアとイスラエルへ取材に行った。両国とも親米でよく知られた国で、特に米国なくして国家の誕生も継続も難しいとも言われているイスラエルがなぜAIIBに入ったのかということを含め、取材しようと思った。
 まず、ジョージアでは外務大臣や副首相へのインタビューができた。旧ソ連時代に整えられたインフラや道路は、いずれもモスクワに向かうものだったことから、東西をつなぐインフラが欠けているということだった。しかし、それらを整備する資金がなかったことから、AIIBの資金でインフラを整備してもらい、経済発展したいというのが、ジョージアがAIIBに入った第1の理由だ。経済力向上をはかることは、ロシアに対抗することにもなる。サーカシビリ前大統領のころと比べれば、現政権はロシアとの対立を回避しようとはしているが、今後何が起きるかはわからない。このため、経済力を高めることや全方位外交は基本だと考えられている。従って、中国が経済力を付けてきたのであれば、中国とも親しくするのは当然であるという考えのようだ。
 ジョージアのアナクリア港は、ロシア軍が現在も駐留しているアブハジアと接している。前大統領の時代から、ロシアやアブハジアの住民に見せつけるため、ここに大きな港を造ってリゾート開発を行い、豊かに見せる計画が立てられた。これには巨額の資金が必要で、資金源が固まらないままとなっており、現政権になってから入札による選考が進行中だ。国の借金は増やしたくないので民間にやってほしいという状況で、私が取材に訪れた際には、中国企業が入れ代わり立ち代わり視察に来ていた。地元の人たちの話では、10月の時点で最終的に中国の国有企業が落札するのではないかということだった。
 現地では最近、中国企業が存在感を増している。中国国内の不動産市況が減速する中、中国企業は新たな開発先をジョージアなどの国に見つけているということのようだ。その開発のスタイルは、中国の地方都市における不動産開発と非常によく似ている。ジョージアはまた、10月中旬にシルクロード会議を主催することになっている。日本を含む世界の国々を招待しており、会議のパートナーはADBになっている。ここでも、バランスを取ろうとしているのだと感じた。
 イスラエルにも、非常に多くの中国企業が進出している。現地で開かれていた化学フェアを訪れたところ、山東省の水企業をはじめ10社近い中国企業が出展していた。さらに、フェアの見学には、中国から100社ほどの企業関係者が訪れていた。イスラエルの方によると、中国の企業や地方政府、大学から、ひっきりなしに訪問があるということだった。特に、中国の浙江省や江蘇省、上海のように、経済が発展している地域は、競争力低下を防ぐために新しい技術を買いたい。また、イスラエルは自国の企業を中国に進出させて、ものづくりをしようとは思っておらず、ビジネスの種になるようなものを開発し、高く売って得たお金で自分たちの開発能力を高めたい。イスラエルはアメリカの軍事技術とも密接に関わる高いIT技術を持っているため、その技術を買うことは中国の国家戦略にも合っている。さらに、日本とは異なり、中国は「アラブボイコット」も、イスラエルの軍事行動に対する「人権問題」批判も恐れない。その背景には、人権問題の扱い方が先進国と異なるうえ、国連安全保障理事会の常任理事国として、これまでずっとアラブ側に付いて拒否権を発動してきたことがある。
 イスラエルはアメリカの顔色を窺ってはいるが、アメリカが中国人民解放軍との関係への疑念などから主要なビジネスへの参入を許していないファーウェイのような中国IT企業も、イスラエルの現地企業を買収する形で既にR&Dの拠点を持っている。さらに、百度(バイドゥー)やアリババも現地のベンチャーキャピタルと連携し、開発能力を吸い取ろうとしているようだ。しっかりした統計はないが、イスラエルのベンチャーキャピタルのある首脳の実感によれば、資金の3割程度は中国から来ており、アメリカからと同規模になっているようだ。直接投資についても香港やバージン諸島、シンガポール、ルクセンブルク経由などで行われ、はっきりした統計はないが、全体の半分程度を中国が占めているとみられている。
 イスラエルと中国は航空便を増便しており、まもなく中国との自由貿易協定(FTA)交渉も始める予定だ。AIIBには設立当初から加盟したが、イスラエルはもともとロシアと同様、ADBに入りたかったのだが、イスラム教徒が多いマレーシアやインドネシアが反対し、実現しなかった。しかし、AIIBでは中国が歓迎したことから、これらの国々も反対にまわらなかったようだ。イスラエルの分析によれば、中国は現在、中東地域の様々な揉め事には特に関与しようとは思っておらず、自分たちに不利益にならないよう、関与していればよい、ということだ。面倒なことはアメリカに任せ、あちこちに良い顔をして経済的メリットを受ける方が望ましいと考えているのではないか、と現地では分析されていた。
 他方で、イスラエルを訪れた際に感じたのは、現地の人たちが私のアポイントを熱心に受けてくれ、やはり日本企業にも進出してほしいと考えているということだ。「中国が勢いづいている」と日本に伝えれば、日本企業が来てくれるのではないか、日本はより関係を深めてくれるのではないかという期待があるように感じた。ビジネスに限らず、日本は「中国」をテコにすれば動きやすい国と受け止められていることも事実だ。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部