第145回 中央ユーラシア調査会 報告 「景気後退に直面するロシア・ウクライナ経済 ~足もとの景気動向と今後のリスク~」公益財団法人国際金融情報センター 主任研究員 一ノ渡 忠之(いちのわたり ただゆき)【2015/09/29】

日時:2015年9月29日

第145回 中央ユーラシア調査会
報告 「景気後退に直面するロシア・ウクライナ経済
~足もとの景気動向と今後のリスク~」


公益財団法人国際金融情報センター 主任研究員
一ノ渡 忠之(いちのわたり ただゆき)

1. ロシア:ウクライナ危機・制裁以降、経済成長率がさらに鈍化
 まず、昨年のウクライナ危機やその後の制裁といった流れの中で、世界の市場がロシアをどうみているのかを確認したい。昨今、有名になったソブリンCDS(Credit Default Swap)や10年物の国債利回りの推移をみると、最近の市場の動向がわかる。特に、昨年中はウクライナ危機や天然ガス供給問題があり、さらに原油価格の大幅な下落で為替も下落する状況で、CDSが非常に上昇していった。10年物の国債利回りも、同様の動きをたどっている。ただ、今年に入ってからは一旦、この動きが落ち着いた。その背景には、ミンスク合意2が合意に至ったことや、原油価格がやや安定したことがある。しかし、足もとの状況をみると、7~8月にかけてウクライナ東部の紛争が再燃し、CDS、利回りともにやや上昇している。
 ロシア経済の減速は、既に2013年から始まっていたが、特に昨年のウクライナ危機および制裁以降、経済成長率がさらに鈍化した。そして今年に入り、ついに景気後退(第2四半期連続のマイナス成長)に陥っている。私がロシアへ出張に行った5~6月には、経済発展省と中央銀行、そしてフィッチや国際通貨基金(IMF)、世界銀行のすべてが経済成長率見通しを上方修正していた。しかし、7~8月には、中国問題や原油価格の下落、インフレの再加速により、急遽、成長率見通しが引き下げられ、経済発展省は -2.8%~-3.3%、中央銀行は-3.2%~-4.0%程度としている。
 こうした中、実体経済をみると、昨年末には食料品の物価を中心に、消費者物価指数(CPI)上昇率が11.4%まで上昇した。今年に入ると、やや為替が安定し、CPI上昇率も低下したが、7~8月にかけて再び原油価格、ルーブルが下落した。これを受け、物価が再び上昇し、実質賃金が低下している。特に影響を受けているのが小売売上は大幅に減少した。また、自動車販売は確実に低下しており、売れるのは高級車のみという状況である。失業率も前年同月比で常に上回っており、低下はなかなか見込めないかもしれない。さらに、生産および投資も伸びておらず、特に製造業の動きが回復の兆しをみせていない。ただ、現地へ行くと「食料品関係の製造業は潤っている」と言われ、これは輸入代替が成功している唯一の例といえると考えられる。

2. 中国経済の減速、FRBの利上げなどがリスク要因に
 制裁を受け、銀行業界が危ないのではないかという見方が広まる中で、最も重要な貸出状況をみると、家計向けは非常に落ち込んでいる。これは不良債権の発生を恐れ、中央銀行が貸出の厳格化を進めてきたためであり、それに制裁や経済の鈍化が拍車をかけている。ただ、企業向けの貸出は伸びており、これはまず、年末に返済するため貸出が増えたという要因がある。また、海外から借りていた分を国内銀行で借りるようになったこと、そして外貨建て貸出の急増(ルーブル安が貸出残高を数字上押し上げた)という要因もある。一方、延滞債権比率(90日以上の延滞元本、利子の延滞)をみると、他の途上国と比べて特に高いとはいえないが、延滞債権については、比率よりも伸び率で考えるのが正しいという見方もある。最近は、家系向けの貸し出しが減っているため、延滞債権比率も若干減ってはいるが、企業がかなり苦しい状況にあると。
 原油価格は昨年の秋口までは緩やかに低下していたが、11月27日、石油輸出国機構(OPEC)が生産量据え置きを決定した際には大幅に下落し、ルーブルも急落した。今年に入ると、春先にかけて1バレル=50ドル程度まで上昇し、それに伴い為替も持ち直している状況である。株価にも、同様の傾向をたどっている。
 為替に対する政府、中央銀行の政策は、大きく分けると2つある。第1に、外貨を銀行に供給するという策を一貫して採り続け、さらに政策金利を段階的に引き上げ、年末には17%の高水準となった。これらの政策が奏功したこともあり、今年に入ると金利は下がり、為替も安定に向かっていった。第2に、中央銀行は多額の外貨売り介入を行った。これは市場に溢れたルーブルを引き上げ、為替を安定させようということである。昨年1年間で、計800億ドル程度の外貨売り介入を行い、何とかルーブルを支えたが、かつて4500億ドル程度あった外貨準備高が、現在は3200億ドル程度まで減少している。
 ルーブル安については、実はデメリットばかりではないともいわれる。現状で言えば、ルーブルが安いほど、政府としてはルーブル安になれば輸出増加が見込まれる、ルーブル建ての歳入が増加するとのメリットもあろう。しかし、経済学的に言えば、国際収支バランスを最終的に正常化させるという意味では為替相場の下落は大きな意味を持つかもしれないが、ルーブル安が続けば、輸入物価の上昇が確実に起きる。それがインフレにつながると中央銀行は政策金利を引き上げなければならない。高金利は経済成長の阻害要因となり、政府が謳っている「経済の多様化」は困難となろう。このため、ルーブル安は短期的には良い影響をもたらしたとしても、中長期的には大きな弊害をもたらすといったところも考慮しなければならない。一方、為替相場の下落を受けて輸入が大幅に減少し、経常黒字は改善に向かっている。
 資金流出、民間資本流出もまだ続いているが、昨年よりかなり減少している。単純に対外へ資金を逃がしているというより、制裁以降の債務返済分が多く含まれているとみられる。経済発展省、中央銀行は、いずれ流出が減少に向かうとみている。他方、この1年間でロシア向け与信が大幅に減少し、外国の資金が引き揚げられる状態になっており、今後も欧州を中心に資金流出が続くであろう。また、重要なこととして対外債務があり、制裁を受けて外貨資金がなくなる中で不安視されているが、企業や銀行の外貨建て資産をみると、短期的には問題ないという見方が多い。
 この間、ロシア政府は経済危機対策プランを進め、対外的にはアジア、中南米、中東地域と多角的な経済関係の強化をはかっている。ただ、危機対策プランへの評価は必ずしも芳しくない。具体性に欠け、この数年間、既に行ってきた政策を1つの文書にまとめたに過ぎないといった見方が多い。また、銀行への資本注入がメインで、その政策は既に終わっているという見方もある。
 このように実体経済面はなかなか難しく、対外経済面については、潤沢な外貨準備、資金があるため、短期的には問題ないだろう。今後のリスクを原油価格、制裁の動向以外についてみると、第1に中国経済の減速、第2に米国連邦制度準備理事会(FRB)による利上げが挙げられる。2014年1月のFRBによるテーパリングで新興国通貨の下落や資金の引き上げは実証済みである。新興国全体の資金流出と通貨下落でインドネシアやインド、タイのような国からも資金が流出し、経済の減速につながった。そしてEU経済の先行き不透明感があり、さらにイランの原油市場への復帰という点が挙げられる。いよいよ年末年始に、国際社会によるイラン制裁解除がみえている。制裁が解除されたからとはいえ、イランの原油がすぐに大量に市場へ入ってこないというのが大方の見方だが、私は現地での意見や欧米諸国企業の柔軟性と機動力を勘案すると意外と早いとみている。

3. ウクライナ:ソブリン債格付けは「デフォルト」水準
 ウクライナ経済はロシア以上に深刻で、マイナス成長を続けている。今年の第1、第2四半期は2桁のマイナス成長で、今後が懸念される。クリミア、ドンバス地域が国内総生産(GDP)比に占める比率は、合わせて20%程度で、輸出に占める比率を合わせると25%程度となり、これらの地域がないことの影響は大きい。実体経済では、鉱工業生産、物価、実質賃金、小売売上といった様々な点で下落が確認できる。
 対外関係は、ロシアと同様の傾向をたどっている。為替相場の下落があるので輸入が減少、経常収支自体はやや改善している。特に輸入は大幅に減少している。為替相場はロシアと同様、昨年大幅に下落した。これに対し、政府や中央銀行が取った政策は大きく3つある。第1に、ロシアと同様、為替介入し、外貨売り介入を行った。第2に、ロシアとは異なり、事実上の資本規制をした。中央銀行は外貨規制を始め、企業に対する強制両替や個人の外貨引き出し上限の設定を続けてきた。最近は、ようやく緩和されつつあるが、これによって外貨流出を防いだ。第3に、ロシアと同様、利上げで対応した。
 一方、対外債務は若干の増加がみられ、減少はしていない。民間および銀行の債務は減っているが、代わりに中央銀行が外国から借り入れを行ったことでほぼ横ばいに推移している。今後は、その債務をどう返済していくかがポイントになる。外貨準備高自体は大幅に減って、危険水域とされる輸入3ヵ月を下回り、一時は1ヵ月も下回った。この際、IMFは2度にわたる融資を行った。海外からの与信動向も、ロシア以上に深刻な状況で、IMFに頼るしかないという状況となっている。現在のヤツェニュク首相が就任して以降、昨年4月にスタンドバイアレンジメント(SBA)の融資を取り付けていた。さらに今年3月には、これを拡大させるという意味で拡大信用供与措置(EFF)が承認された。
 リスク要因としては当然ながら、第1にロシアとの関係が挙げられる。第2に、IMFの改革プログラムを実施できるのかどうかが危惧される。第3に、債務再編交渉と成功の行方がある。最近、格付け会社はウクライナのソブリン債格付けを相次いで引き下げており、もはやデフォルトに近い水準となっている。短期的な見通しはついたが、最終的には借金を返済できないというのが彼らの見方だ。最後に、憲法の改正や東部自治権の問題を巡り、急進派が内部対立を起こしている。これは今後の政権運営や経済政策にも影響を与える可能性があり、リスク要因の1つとして考えておくべきだろう。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部