第147回 中央ユーラシア調査会 報告1 「キルギス共和国の選挙制度改革と市民の政治意識:OSCE/ODIHR国際選挙監視団参加の経験から」東京大学 教養学部 特任准教授 岡田 晃枝(おかだ てるえ)、慶応義塾大学 SFC研究所 上席所員 稲垣 文昭(いながき ふみあき)【2015/11/19】

日時:2015年11月19日

第147回 中央ユーラシア調査会
報告1 「キルギス共和国の選挙制度改革と市民の政治意識:
OSCE/ODIHR国際選挙監視団参加の経験から」


東京大学 教養学部 特任准教授
岡田 晃枝(おかだ てるえ)

慶応義塾大学 SFC研究所 上席所員
稲垣 文昭(いながき ふみあき)

1. キルギス議会選挙の監視業務
 10月4日に行われたキルギス議会選挙で、「欧州安全保障協力機構/民主制度・人権事務所(OSCE/ODIHR)」の国際選挙監視団員として選挙監視業務を行った。本日はこの業務を通じて得られた情報についてお話する。
 OSCEは欧州(中央アジア等旧ソ連の国々を含む)と北米から成る世界最大の地域安全保障機構である。1970年代に「欧州安全保障協力会議(CSCE)」として誕生し、冷戦期に新たな役割を模索する中で機構化した。安全保障機構だが、軍事的要素ではなく民主主義や人権、法による支配に代表される「ヨーロッパ的価値」を共有することによって地域の安定化を目指す。なお、日本や韓国は「協力のためのパートナー」として、オブザーバーのステータスを持っている。OSCEのODIHRは、民主主義制度発展のために助言や会議などを行っている。中でも選挙監視は重要な役割の一つで、まだ民主化していない国だけでなく、米国やイギリスのような民主主義国もその対象としている。
 OSCEの監視団は、OSCEと受入国双方の了解の下で派遣される。組織的には三層になっている。中央にあるのがコアチームで、これは専門家からなる少人数の集団である。その下に「ロング・ターム・オブザーバー(LTO)」という長期派遣の人たちがおり、彼らは選挙の1ヵ月ほど前から現地入りして現地の事情を把握する。LTOは全国を10に分けた地域にそれぞれ派遣され、担当地域を熟知した上で、どのように区分けを行い、「ショート・ターム・オブザーバー(STO)」をどのように配属するかを決める。STOは選挙直前に現地入りし、実際に投票所で監視業務を行う。私たちは、STOの一員として日本政府から派遣された。
 基本的には監視の際にバイアスがかからないよう、国籍が異なる2名または稀に3名で1チームとなる。しかし、今回は手違いがあって私たち2名は同じ国籍、しかもオブザーバー国でありながら、一つのチームというイレギュラーな配属となった。
 9月30日までにSTO全員がビシュケク入りすることとなっており、翌日から詳細なセッションやブリーフィングが行われた。ミッション初日の10月1日と翌2日には、キルギス全体について政治・経済や、歴史等が紹介され、その後、選挙制度および選挙監視業務に関する詳細なブリーフィングが行われた。この2日間の首都での全体ブリーフィングの間に各STOの配属先が発表され、私たちはビシュケク市北部(一部市外を含む)担当となった。選挙前日の10月3日には各地域でミーティングが開かれ、自分たちに割り当てられた投票所を視察した。選挙当日の4日には監視を行い、5日にその結果をシェアするが、地域の選挙管理事務所でまだ開票作業が行われている場合には引き続き監視業務を行うことになっていた。
 私たちは18の投票所を担当として割り当てられ、その中から選挙当日の監視対象を選ぶように指示された。10月3日のうちにすべての投票所を回って準備状況を確認し、投票所を管理する選挙管理委員と対話した上で選挙当日のルートを決めた。
 選挙当日の監視で特に重要となるのは、投票所のオープニングとクロージングである。選挙当日は投票所の開場が午前8時なので、その前に行われるオープニングを監視するため、午前7時までに投票所に到着しておかなければならない。中央選挙管理委員会が作成したマニュアルにのっとって、投票開始前に投票箱に不正な投票用紙が入っていないか、来場した有権者に渡すために取り出された投票用紙はカギのかかったキャビネットに収納されていたか、また投票用紙は未記入のままで、その投票所で投票する予定の有権者数に応じた枚数だけが用意されているか、投票箱のスキャナー(後述)のカウンターがゼロとなっているかなど、当該投票所に配属されている選挙管理委員の手によって、各政党や国際機関等からのオブザーバーに明確に示しながら、一つ一つ確認されてゆく。このような一連の所定の手続きが滞りなく正しく行われているかを監視し、最初の数人の投票を確認して、ようやくオープニングの監視は終了となる。
 オープニングの監視が終われば他の投票所に移動し、投票中の投票所の監視業務を行う。トラブルがないか、手続きどおり行われているかという点を注意深く見る。そして個々の投票所での監視業務が終わるたびに調査報告書を書く。1つの投票所には30分以上滞在して投票所の中のセッティング、監視業務中に投票した人の人数や行動、投票所を管轄する選挙管理委員会メンバーの構成や対応、政党等からのオブザーバーの人数や彼らの介入状況まで多岐にわたり細かい点をチェックすることが求められる。
 投票は午後8時までなので、その30分前に当たる午後7時半までにクロージングのプロセスで監視対象とする投票所に入る。時間どおりに投票所が閉められるか、その時間までに入った人たちには投票の権利が与えられているか、投票者がすべて投票を終えたら速やかに投票所に鍵をかけ、関係者のみで閉じられた空間の中で正しくクロージングの手続きが行われるかどうかを監視する。長い長い開票作業が終わり、その投票所の開票結果がプロトコルという集計表に記入されると、オブザーバー全員がその結果を承認するサインをする。クロージングの一連の手続きがすべて終了すると、当該投票所を管轄する選挙管理委員会の委員長と書記が、投票用紙とプロトコルを厳封して地域の選挙管理委員会に送る。私たちはこの移動に車で付いていき、途中で寄り道をして差し替えなどが行われないかなどを確認した上で、地域選管の担当者に引き渡されるところを監視した。さらにその場にとどまって他の投票所からのプロトコル等の引き渡しを引き続き監視し、最終的に監視業務は翌朝3時半ごろまで続いた。

2. 新たなシステム導入の効果や問題点
 キルギスでは2010年にクーデターがあり、その後、南部で民族衝突があった。前回の議会選挙は、その混乱が冷めやらない暫定政権下で行われた。アタムバエフ政権が2011年12月に発足し、今回の選挙は、このような大きな国内変動を経てスタートした新政権下で初めての議会選挙という点で注目に値するものである。それと同時に、2010年憲法で謳われている議員内閣制がどの程度定着しているのか、つまり大統領選挙だけでなく議会選挙を国民が重視し、関心を示しているかを知るための手掛かりとなるものでもあった。なお、現在のキルギス議会は、定数120名、5年任期の一院制である。選挙は比例代表制で、ジェンダー割り当てや少数民族割り当て(リスト全体に占めるマイノリティの割合が決まっているだけでなく、「リストの〇人ごとに女性を入れる」といったような詳細かつ実質的なもの)もある。
 今回の選挙では、キルギス政府の要請に応じて日本や韓国が支援を行い、生体認証を利用した本人確認システムやエレクトリックスキャナーを用いた投票管理システムが導入された。これらのシステムは来年の地方選挙や再来年の大統領選挙にも使われる予定で、キルギス政府はこの3回の選挙を通じて透明な選挙を根付かせようとしている。今回の選挙結果に関する最終的な報告は10月15日に発表されたが、投票率は57.5~57.6%で、カザフスタンの大統領選挙などでは98%近い投票率になることを考慮すれば、無理な動員がかけられたり投票の押しつけが行われることなく、自分の意志で投票に行くかどうかを決めることができた有権者が相当数いたということであろう。選挙には14政党がエントリーしたが、ビシュケクやオシのような主要都市で7%を獲得できない政党は議席を得られないことになっており、この「7%条項」を突破したのは6政党だけだった。選挙結果は、与党の社会民主党が何とか第1党を守ったという形だ。
 総じて、国民は議会選挙を意識しており、議院内閣制も理解していたと感じる。他方で、私たちのドライバーと通訳は20代と30代の若者だったが、2人とも有権者登録すら行っていなかった。登録しなかった理由の1つは、政府によって指紋という重大な個人情報を握られることが怖いということだった。政府に指紋をとられることの危険性を主張する話がSNS上で流れていたらしく、それに同調して登録しなかった若者が多かったとのことだ。しかし有権者登録をしたかどうかにかかわらず、若者が集まれば話題は選挙の話に必ずなっていたということも聞いたので、選挙に対する関心や意識は高かったと判断してよいだろう。
 OSCEでの選挙後のミーティングでは、生体認証システムの導入によって二重投票が減ったことを実感したという趣旨の報告をした監視員が多かった。また、選挙10日後には最終結果が発表されており、スキャナー導入による開票作業の簡便化という点も効果があったと思う。選挙のクロージングでは政党ごとに投票用紙を振り分け、それを数えてどこの政党に何票入ったかを数えるのだが、ガイドとなる数字がない状態では何度も何度も数えなおす必要があった。今回はスキャナーで示された各党の得票数と、各党の山に積まれた投票用紙の数とを照らし合わせて間違いがないかを確認できるため、各政党・市民団体のオブザーバーたちは、いったん両者の数字が合えば結果に意義を唱えることなく素直に受け入れていた。ここまで何度か「オブザーバー」に言及したが、どの時間帯にどの投票所に行っても政党だけでなくNGOからの代表者も含めて数多くのオブザーバーがずらりと並んで座っており、不正がないかどうかを非常に熱心に監視していたのが印象的であった。さまざまなレベルのオブザーバーによる監視を認めているところからも、公正な選挙を行おうという政府の気概が感じられる。
 他方で、新たな機器の導入による弊害も見受けられた。たとえば投票所が狭すぎて、所定の機器をセッティングすると必要なものが空間に収まり切らず、選挙前日になって投票所が変更されるといった事態も起きていた。このような場合、投票所の変更は有権者に前もって周知されることはなく、「隣のビルなので、来たときに説明すればいい」というような対応がなされていた。そういった点は、やや問題だと思った。同じく投票所の広さが不十分であったために、急遽、屋外にテントを張って会場にしたところもあった。雨対策にはなっていたが、中は乾燥した地面がむき出しになった状態であったため、スキャナーの隙間に砂埃が入って動かなくなるというトラブルも発生していた。今後もこの機械を使うとなると、メンテナンスをどのようにするのかという問題も懸念される。
 指紋認証については、新規導入に伴う人材育成の遅れが指摘された。健著なのは「ダブルクリック問題」である。有権者は投票所の指紋認証システムに指をかざし、それを機器が読み取って有権者情報をデータベースから拾ってくるわけだが、その際、認証した情報をモニターに表示させるためにはオペレーターが手元のコンピューター上でその情報を選択し、マウスでクリックしなければならない。その際、シングルクリックでよいのにその訓練が徹底していなかったため、オペレーターがダブルクリックをしてしまうということが全国的にかなりの頻度で起こっていた。ダブルクリックをすると、その有権者情報は2度選択されたと機器は判断する。そうなると、まだ投票していないにもかかわらず「すでに投票した(のにまた投票にきた)」という表示がモニターに表示されることになり、その結果、投票ができなくなった人が多数生じたとのことである。ひどいところでは30%もの人がそのために投票できなかったという。
 選挙の票が500~2000ソムで買収されていたという噂もあり、その意味では、まだ健全な選挙だったとは言い難い。先に申し上げたように、指紋データを政府にとられることに不安を感じる人が多かったということも問題である。登録された有権者の数は前回の議会選挙のときに比べて20万人ほど減少している。前回までの登録の中に二重登録があった可能性も排除できないし、人口動態から検証したわけではないので確実なことはいえないが、それでも約1割もの有権者の現象が見られたということは注視せざるをえない。さらに、指紋を登録したはずなのに登録されていなかったという人や、ビシュケクに住んでいるのに南部のバトケンで登録されていたといったような人もいた。機器がうまく作動するかどうかということに加え、有権者登録のプロセスの透明化も課題であると言えよう。

3. 投票所で起きた騒動
 今申し上げた、「指紋を登録したはずなのに登録されていなかった」という点について、興味深い事例を目の当たりにしたのでお話したい。
 我々が監視したビシュケク北部の地域にアク・ジャルという新興住宅地がある。ここの1372投票所で騒動が起きた。有権者約1300人のうち130人が登録不備によって投票できなかったというのである。
 この投票所で我々が監視業務を行っている最中、何人もの有権者が受付に来ては帰らされていた。気になりつつも投票所の中でひととおりの監視業務を行っていたが、そのうち外が騒がしくなってきたので外に出てみたところ、投票できなかった人たちが集まって抗議の声を上げていた。しだいにその声は険しさを増し、一触即発とも感じられる雰囲気になってきたため、我々は一時、車の中に避難した。しばらく待って少し事態が沈静化に向かったところで、集まっていた人々に話を聞いてみた。すると、そのうちの数名が有権者登録の証明書を見せてくれて、オペレーターにその登録証を見せたにもかかわらず投票所のデータベースに登録がないので、投票できないと言われたと話してくれた。話を聞いているうちに集まっていた人々も三々五々帰っていったので、その投票所での監視業務はいったんそこで終わりとし、しばらくしてからまた立ち寄ってみることにした。
 実は同じアク・ジャル地区内ではこの1372投票所の隣の1373投票所でも、有権者登録をしたのにデータベースに載らないという事件が発覚して9月中旬にニュースとなっていた。アク・ジャル地区は、キルギスの各地から新たに流入してきた人が定着しつつある地区である。9月のニュース記事にも「振興開発地アク・ジャル」と、地区名の頭に枕詞がついていた。行政官の派遣が遅れているなど、まだ行政区としても完全に整備が終わっていないという話も聞いた。首都の周辺に新たに開拓されつつある土地ということで、いまだ特定の政党が基盤を持っておらず、そのため選挙前には各党による票の奪い合いが激しく展開されたということだ。特定の政党の勢力下にあるわけではない新たな土地ということで、各党が票の買収などを強く持ちかけてくるなか、与党である社会民主党関係者の多い選挙管理委員会が担当する有権者登録で不備があれば、野党支持者の頭の中ではそれが容易に与党による陰謀論に結び付いてしまう。事実、1372投票所投票所の外で騒いでいた人やその後の聞き取りに応じてくれた住民の中には、与党がわざと野党支持者に投票されないように細工をしているのだと言っている人がかなりいた。一方で、野党支持者によるプロパガンダだと見る人や、地区ではなく中央にデータが送られたあとで政府が勝手に登録を消したのだろうという人もいた。
 我々は選挙翌日に時間を作り、選挙日に起こったことやその後の顛末について、現地に再度入って住民にインタビューした。投票できなかった人々をとりまとめて意見を集約したのは中年の女性で、選挙日の午後早い時間に裁判所に案件を持ち込んで投票できるよう措置を求めたが、即日棄却されたという。次に検察に原因を明らかにするよう訴えたそうだ。直接その女性に話を聞いて状況を確認したところ、検察に委ねたので彼らの捜査を待つしかないし、もしかしたら何も明らかにされない可能性もあるとの回答であった。
 ビシュケク市が発展・拡大してゆく中、今回見たアク・ジャル地区のように、新たに流入した人々からなるモザイク状のコミュニティが市の外側にできることになる。今回の一件は、モザイクが溶け合って地域の連帯ができる前の段階で、もともと何かあれば亀裂が入りやすい状態であったところに、議会選挙での(おそらく意図的ではなく)テクニカルな問題が生じた結果、野党支持者も与党支持者も多くの者がそれぞれの陰謀論に支配されてしまうという結果となった。誰の目から見ても公正なかたちで原因が特定され、改善策が打ち出されなければ、不透明感が残り、コミュニティ形成が困難になるだろう。
 地方から新たに首都に流入してきた人々が首都(あるいはその外郭)の社会や政治にどう統合されてゆくのか、流入民のコミュニティ形成において選挙がどのような役割を果たすのかといったことは、キルギスの政治的発展を見てゆく上で重要な視角となると思われる。来年の地方選挙、再来年の大統領選挙というメルクマールもあるので、中長期的に観察を続けてゆきたいと考えている。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部