第147回 中央ユーラシア調査会 報告2 「インド洋・南アジアを巡る新情勢の展開」(有)ユーラシア・コンサルタント 代表取締役 清水 学(しみずまなぶ)【2015/11/19】

日時:2015年11月19日

第147回 中央ユーラシア調査会
報告2 「インド洋・南アジアを巡る新情勢の展開」


(有)ユーラシア・コンサルタント 代表取締役
清水 学(しみずまなぶ)

1. インド洋・南アジアで存在感増す中国とインド
 インド洋・南アジアを巡る新情勢の特徴は何か。第1に、中国の存在感が急速に強まっていることである。第2に、南アジア最大の地域大国であるインドが昨年5月、経済成長を掲げるモディ新首相が就任したこともあり、今年は経済的にBRICsの中で最も元気が良いことである。インドの成長率は昨年暮れごろから、おそらく中国を超えたと見られる。第3に、インド新政府は南アジアを越えた地域に対しても影響力を拡大しようとしており、特にインド洋・南アジア地域を巡り、中国に対抗しようとしていることである。第4に、南アジア各国では、かなり大きな内政上の政治変動が進んでおり、それが中印間の政治的な力関係に直接影響する形となっていることである。あるいは、内政の変化が中印間のバランスに影響する構造になっている。第5に、宗派間の対立抗争が次第に激しくなっていることである。その現れ方は地域の特性によって異なるが、インドにおけるヒンドゥー主義台頭や、それによって神経を尖らせているインド・ムスリムの反応も注目される。また、スリランカ、ミャンマーなどでは、仏教徒の中でムスリムに対するラディカルな排斥運動が起きている。
 インド洋を巡る問題は安全保障から始まり、不法・無届・無規制漁業や海賊、海洋資源の持続可能性の問題、人身売買、海洋汚染など様々なものがある。中には、モルディブのように海面上昇によって次第に島が埋没するという環境問題の表れ方もある。他方で、インド洋では人々が古い時代からモンスーンを利用しつつ航海してきたが、今はここが中国の提起する「海のシルクロード」の舞台となっている。

2. モディ政権の方針と様々な問題
 以下では、南アジア地域協力機構(SAARC)加盟国のインド、パキスタン、バングラデシュ、ネパール、ブータン、スリランカ、モルディブ、アフガニスタンについて、さらにそしてセーシェル、モーリシャス、ディエゴガルシアなどインド洋諸地域についても言及する。ディエゴガルシアには、インド洋最大の米軍基地がある。ディエゴガルシアは元々、モーリシャスと共にイギリスが植民地支配していたが、1965年にまずモーリシャスから切り離され、住民の大部分がモーリシャスへ強制移住させられた。現在も英国領であるが島全体が、米国に貸与されている。
 南アジア地域最大の地域大国であるインドでは昨年5月、モディ政権というナショナリスティックな政権が登場した。より厳密に言えば、「ヒンドゥー主義的ナショナリズム」で、従来よりも他宗派集団に対してはるかにアグレッシブな性格を持つ。新政権の中長期的な狙いは、南アジア地域大国としてのインドから、グローバル大国のインドになるための道筋をつけることだ。インドでは2014年第4四半期の経済成長率が約8%で、中国より高かった。今年の見通しはまだ流動的だが、7.2~7.5%となり、確実に中国を超えそうだ。このような経済的台頭を背景に、海軍力も強化しようとしている。インドの国防力体制は従来、陸軍中心だったが、海軍も重視する方向性が強化されている。そこでは、米国や日本、オーストラリアとの関係重視が重要な新たな柱となっている。他方で、ロシアとの信頼関係維持も依然としてインド外交の大きな柱となっていることも見逃せない。さらに経済面ではアジアインフラ投資銀行(AIIB)やBRICs新開発銀行など多国籍機構を通じて中国との経済協力関係は維持促進しようとしている。上海協力機構(SCO)では、来年以降インドとパキスタンを正式メンバーとして受け入れることが決められた。これまでは深刻な対立を抱える国々を正式メンバーにすると内部で面倒な問題が起きる可能性があるため、できるだけ避けたいという方向も見られたが、現在はむしろダイナミックに取り込んでいこうとする傾向を見せている。その一方で、加盟国間のセンシティブな問題には、SCOは関与しないということが暗黙の前提になっていると見られる。SCOについては、南アジアの国としてはアフガニスタンがオブザーバー、対話パートナーにスリランカが受け入れられている。
 経済政策についてみると、モディ政権は明確に中国の発展モデルを意識している。インドは独立以来、ソ連型を参考にした五ヵ年計画を策定し、計画委員会がその原案を作った。計画委員会の議長には首相が就任し、長期大規模プロジェクトを策定し、州レベルの計画に下ろしていた。財源措置もこの委員会で大枠が決められていたが、モディ首相は昨年、計画委員会の廃止を決めた。そして新たな組織として、中国の国家発展改革委員会をモデルにしたとされる「インド変革国家機構」が設置された。インドの経済改革における主な問題としては、以下の点が挙げられる。第1に、中国と比べ、インフラ整備が非常に遅れている。このためインフラ整備が必要だが、これに伴う土地の収用は、インドでは私有権が強いこともあり、中国のように国がかなり強引に接収できる訳ではない。現在、手続きを簡素化し、ある程度、強制力を行使できるようにする法律を作ろうとして原案が出されているが、大きな抵抗があり、国会を通過する見通しが立っていない。
 第2に、インドでは州の権限がかなり強く、州によって間接税関係も含めた税制が異なるが、これでは取引コストがかかり、経済発展にもマイナスの面も無視できない。このため間接税、中でも販売税は国全体で統一しようと提案しているが、州が独自性を主張しており、まだ難しい。第3は金融市場の近代化であり、インドではまだ主要大手銀行は国有銀行だ。そのなかで、銀行間の合併を進め、不良債権比率を相対的に引下げ、金融市場をより活発化させることが課題となっている。第4は、労働市場改革だ。現在、100人以上を雇用しているところは、その企業の判断だけで従業員を解雇することはできず、労働行政当局の許可を得なければならない。このため労働市場が硬直化しているということで、より柔軟にしようとしているが、これも難しい。
 さらに最近は、モディ首相の人気が翳り気味になっている。これは、宗派主義の問題とも関係する。今年10月にインド北部のビハール州で行われた選挙では、モディ首相を支える与党のインド人民党が大敗し、議席がほぼ5分の1になった。他方で、「モディ政権のヒンドゥー主義的な政策に反対する」として各政党が作った一種の連合勢力が、3分の2近くを獲得した。これはモディ政権への打撃となり、与党の長老たちが首相に対処を求めている。このきっかけは、牛に関する問題である。モディ首相を政治的に支えてきたのは国家奉仕隊(RSS)というヒンドゥー主義的な社会団体で、インド人である以上、ヒンドゥー的価値を尊重しなければならないと主張する極右勢力である。RSSを基礎とする政党が現与党の中核のインド人民党(BJP)である。問題は、インドは多宗教国家でイスラム教徒も多く、その絶対数は世界でトップクラスである。そこで牛の問題が生じた。実は今年7月、ムンバイを州都とする西部インドのマハーラシュトラ州で、「牛屠殺・牛肉食禁止法」が成立し、牛を屠殺したり、牛肉を取引したり、牛肉を食べることが犯罪行為となった。これに伴い、全国で「牛肉を食べている」、「牛を殺した」といううわさを根拠に、ヒンドゥー教徒のテロリストたちによるイスラム教徒虐殺事件が頻発している。ニューデリー近郊でイスラム教徒男性が殺害された事件では、モディ首相が「遺憾なこと」とする意見表明を行うまでに2週間も要したことから、首相への不信感が全国的に拡大した。
 さらに、これまでなかった形のカースト問題も生じている。従来は、不可触民のカーストに属する人たちは大学の入学や公務員の就職などで一定の枠が与えられ、優遇されていた。これは社会的に不利な立場の階層の社会進出を支えるのが目的である。しかし、これに対し、上層カーストに属する若い学生たちが怒り出し、「首相が経済成長第一主義というなら、(能力に問題があるかも知れない)不可触民を優遇せずに能力のある人間をどんどん採用すべきだ」と主張するようになった。先日もグジャラート州で暴動があり、軍が出動して若者が6人ほど死亡している。これは下層カーストの地位向上というインドの憲法理念に関わる問題でもある。

3. 各国への中印関係の影響
 インド洋・南アジア地域の諸国では、大きな変動が起きている。1つはネパールで、今年9月ようやく数年かかった憲法ができ、公布されたが、大問題が起きた。ネパール南部の平野地域には、元々インドから来た人たちが多い。ネパールの新憲法は初めて連邦制を導入するものだが、連邦を決める際に平野地域を縦に切り、平野の人たちの声が分断されることになった。南の平野の人たちはこれに怒り、暴動が起きた。南はインドとの関係が深く、またネパールのガソリンや石油製品はすべてインドから入っていたが、インド側のサボタージュもあり、これが滞るようになった。そこで、ネパール政府は中国にガソリンの供給を要請し、中国側はそれに合意した。ネパールの石油製品は従来、インドが独占状態だったが、そこへ中国が参入する形になり、ネパールを巡る中印関係に微妙な影響を及ぼすことになった。
 スリランカについては長期間にわたる内戦があり、2009年に中央政府軍は強引なやり方で北部のタミル勢力を抑え込んだ。これを行ったのがラジャパクサ大統領で、それ故に人気が高くなった人物だが、以下の2つの点でも知られていた。第1に、宗派的に仏教徒に依存した政治的行動である。それはイスラム教徒とタミル人に対して厳しい姿勢をとるという宗派主義の色彩が強いことである。確かにスリランカでは仏教徒が多数派であるが宗派主義的傾向は危険である。第2に、中国と緊密な関係で知られていたことである。2009年のタミル人の反政府勢力(タミルの虎)に対する政府軍の勝利は、中国が大々的な武器を政府側に援助したことも大きく依存したとみられている。大統領は今年1月、自分の人気が高いことから、任期前に再び選挙を行えば、今後長期にわたって大統領の座にとどまれると考え、早期の大統領選に踏み切った。しかし、立候補締め切りの最後の段階で、同僚の閣僚であるシリセーナ保健相が対抗馬として立候補し、現職大統領を僅差で打ち破った。シリセーナ新大統領は、全方位外交を唱え、中国が関与するプロジェクトは再検討されることになり、現在、中国が慌てて復活のために働きかけを行っている。一方、モルディブでは2、3日前、非常事態体制が敷かれ、現大統領の暗殺を計画したとして副大統領が逮捕された。前大統領も現在、テロリスト容疑で牢獄にいる。問題の背景には中国やインドの存在もあり、複雑である。また、ミャンマーでは南部のアラカン州の民族主義政党の指導者を、中国が選挙前に呼び、あらゆる形で支援したことで注目を集めた。
 アフガニスタンでは9月末、タリバンが北部のクンドゥスを襲撃し、一時的に制圧した。これは、米同時多発テロ(9.11)以降のタリバンによる作戦としては最大のもので、州都のような大きな都市を狙い、数日間ではあるものの、制圧したのは初めてのことである。アフガニスタン東部で、部分的にISも「解放区」拠点をつくった。注目されるのは、中国が昨年以降本格的にアフガニスタン政府とタリバンの間で調停に入ろうとしていることである。1つの理由は、新疆、ウィグル自治区の問題と、外部のイスラム勢力の問題が連関性を持って動きやすいということである。中国が国内の安定を維持するためにも、特にアフガニスタンの政治的安定は重要となる。その一方で中国とパキスタンは戦略的な特殊関係にあり、中国はパキスタンを通じてアフガン・タリバンへ影響力を行使し得る可能性である。
 核兵器の問題では、パキスタンはあと10年ほどで、米露に次ぐ規模の核弾頭保有国となりそうである。しかも、小型の戦術核兵器への関心も高く、これはパキスタン国内のテロと絡み、注意が必要な問題と見られている。一方中国がインド洋の島、セーシェルなどに接近していることに対して、インド側は神経質になり、今年、モディ首相自身がセーシェル、モーリシャスなどを訪問している。インドはアフリカの約50ヵ国の代表を集め、第3回インド・アフリカ・フォーラムも開いており、明らかに中国を意識してアフリカとの関係を強化しようとしている。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部