平成27年度 第1回 国際情勢研究会 報告「習近平の反腐敗キャンペーン ― その実態と効果」 東京大学大学院 法学政治学研究科 教授 高原 明生 (たかはら あきお) 【2015/05/21】

日時:2015年5月21日

平成27年度 第1回 国際情勢研究会
報告「習近平の反腐敗キャンペーン ― その実態と効果」


東京大学大学院 法学政治学研究科 教授
高原 明生 (たかはら あきお)

1. 綱紀粛正と汚職腐敗の摘発
 綱紀粛正は、習近平国家主席の重要なポリシーとなっている。これが最初に出てきたのは2012年12月で、このとき「八項規定」が定められた。この規定は、調査研究が形式主義に陥ったり、飲み食い接待の場になったりすることを禁じたほか、会議や文書を簡素化する、幹部の住宅や車両利用等、仕事や生活の待遇に関する規定を厳格に順守するという内容だった。そして、もう1つ、汚職腐敗の摘発がある。立件審査した中央管理幹部は、2013年には31人だったが、2014年には68人に増加し、このうち30人は司法機関に移送された。また、海外に逃げた人を追及する「キツネ狩り」というプロジェクトがあり、2014年7月から12月には、69ヵ国に逃げていた680人の経済犯罪被疑者を逮捕した。これらの人たちは、合わせて87億元を海外に持ち出していたという。1億元は20億円程度だが、1990年から2011年の間には、1万8000人の腐敗幹部が8000億元を持ち出していたと言われ、さすがに中国は規模が違うと感じる。
 汚職、反腐敗キャンペーンで注目されることの1つは、中央巡視組の多用だ。これは、中央から派遣された幹部らが、地方や企業に行って長期滞在し、摘発を行うものだ。ただし、浙江省や上海、北京のような習近平国家主席が過去にトップを務めたところや、中央規律検査委員会トップの王岐山がかつて書記や市長を務めた地方では、あまり摘発がない。

2. 相次ぐ軍人の摘発
 習近平、王岐山の本気度が表れたのが、この後、何人かの案件だ。1つは、元中央軍事委員会副主席の徐才厚、その他軍人の摘発で、隠然たる政治力を誇る集団である軍に、思い切って手を入れた。どのような悪いことをしたのかというと、徐才厚は、「職務の権限を利用し、人のために昇級を幇助し、直接に、また家人を通して賄賂を受け取った」とされる。要するに、ポストをお金で売ったということだ。さらに、「職務上の影響力を発揮して他者に利益をもたらし、家人が財物を受け取るなど、党の規律に大きく違反し収賄の罪を犯した疑い」があるとされている。この人は摘発前から、癌だと噂され、調査決定から1年後の全人代の閉幕日に亡くなったという。
 軍の腐敗取締りの始まりは、2011年末に開かれた中央軍委拡大会議で、劉少奇元国家主席の息子である劉源という総後勤部政治委員が、谷俊山という総後勤部副部長の腐敗を、声を上げて追及した。2014年の1年間で、軍級以上の軍幹部16人が、つぎつぎにやられている。結果として、軍の人事は大きく動き、最も激しかった海軍では、副政治委員が自殺したという。
 これは習近平が、暗殺を恐れていることとも関係する。逮捕、起訴されれば、自殺に追い込まれることもあり、ネットで流れている習近平暗殺計画説も、全くあり得ない話ではないと思う。もう1人は周永康で、四川省トップを務めたこともあり、元は石油部門出身だ。公安のトップも、務めたことがある。その罪の内容は、「職務上の便宜を用いて多くの者のために不法な利益を取らせ、直接あるいは家人を通して巨額の賄賂を得たほか、職権を乱用して親族や愛人、友人が経営活動に従事し巨額の利益を得るのを幇助し、国有資産の重大な損失をもたらした。また、党と国家の機密を漏洩した」とされるが、その詳細はまだわかっていない。さらに、「他者より大量の財物を本人および家族が受け取り、多数の女性と姦通し、『権色交易、銭色交易』(権限行使および金銭と性的行為との交換取引)を行った」という。今年4月に、ついに起訴され、今後は裁判の行方が注目される。
 もう1人は、令計画で、胡錦濤前国家主席の側近だった人物であり、中央弁公庁の主任を長く務めた。2012年3月に、息子がフェラーリに乗って事故を起こし、死亡したが、これを妻と共にもみ消そうとしたという噂だ。また、このフェラーリは、太原市のトップである陳川平が贈った物であり、金を支払ったのは山西省の別の会社だとされる。

3. 懸念される経済への悪影響
 これらを通じ、習近平や王岐山は何をしようとしているのか。また、これらによって、政治や経済に及ぶ影響はどのようなものであるかが気になる。軍については、やはり腐敗した軍隊では戦争に勝てず、軍紀粛正を図らなければならないというのが狙いであろう。中国宣伝部系の本によれば、習近平が言うような、中華民族の偉大な復興を実現するという「中国の夢」に向けては、軍を強化しなければならない。そして、軍を強化するには、腐敗を一掃する必要があるということだ。また、習近平や王岐山、劉源のような人たちは、現状に対する危機感を持ち、ここで大掃除をしなければ国家が滅びる、あるいは共産党の支配体制が崩れるという強い思いや、覚悟を持って臨んでいると感じる。
 一方、このような反腐敗キャンペーンは国民に人気があると言われるが、必ずしもそうではないと思う。また共産党幹部や党員の間で人気があるかというと、富士山に例えれば、3合目辺りまでの低いランクの党員は歓迎しているかもしれないが、それより上の幹部らは、多くが不満を持っている。反腐敗キャンペーンのもう1つの狙いとしては、権力基盤固めが挙げられる。習近平からすると、最初の危機は、やはり薄熙来事件だったと思う。太子党については、これまで薄煕来を除いて誰も逮捕されていない。
 綱紀粛正や汚職腐敗取締り強化の効果として、確かに幹部は皆、批判や処罰を受けないよう気を付けている様子がある。他方で、経済の状況悪化の影響だと思うが、社会矛盾は拡大し、農地収用や都市管理部局の法執行などをめぐる大規模な集団騒乱事件が増えている。昨秋の四中全会のテーマは「法治」で、どのような素晴らしい決定が行われるのかと思ったら、相変わらず「党の領導」の下の法治という前提であり、その点は何も変わっていない。一時は皆が怖がって、身を正すふりをするが、制度化が十分でないため、長続きしないだろうというのが、多くの幹部による評価となっている。一方、庶民の多くはこれを、「自分には関係がない」と思っている。党幹部の権力闘争によって、庶民の生活が良くなる訳ではないからだ。
 確かに、党内の権力基盤固めは進展した感があるが、党内では末端や中堅の幹部が、働く意欲を失っている。また、公務員の賄賂等で入るお金が激減したことから、辞める人も増えている。若くて優秀な人ほど、辞めて国有企業に転職した方が良いということだ。
 経済にかなりの悪影響が出ているというのが、総合的に評価した場合の現状ではないか。もちろん、汚職腐敗を解消した方が、経済にとってプラスの面もあるだろう。しかし、多くの中国人は、現在の中国では、マイナス面の方が大きいと感じているようだ。習近平は、今年3月の全人代で、「反腐敗は経済に影響しない」と述べたが、これを聞いて私は驚いた。これについては、2つの有力な説があり、1つは彼が、反腐敗が経済に及ぼしている悪影響について知らされていないという説だ。もう1つは、本当は知っているのだが、景気が悪化する中、それを「自分の責任ではない」とし、経済担当の李克強に責任転嫁しているという可能性だ。

4. 経済の減速と「社会矛盾現象」
 最後に、経済についてだが、中国は昨年から「新常態」、ニューノーマルという言い方を始めている。かつてのような高度成長は望めないので、皆が気を引き締め、イノベーションをしっかり行い、生産性を向上させなければならないというメッセージを出すようになった。従来のような「建設経済」から、「メンテナンス経済」へと移行する必要がある。しかし、これについては、うまくいくとはなかなか想像し難い。
 経済成長の減速については、2015年1-3月の数字を見ると、前年同期比では7.0%増だが、前期比では1.3%増に過ぎない。既に昨年から、中国人が言うところの「社会矛盾現象」が増加し、特に労使紛争が大変になっている。今年は、さらに増えることが予測される。集団騒擾事件については、1つ1つ抑え込めば良いのだが、共産党が恐れているのは、それらが横に連なっていくことだ。昨年はそのような大事件が、400件ほどもあった。
 では、中国は崩壊するのかというと、もちろん、そのようなことが明日や来年に起きる可能性は非常に低い。これはなぜかというと、中央にはまだ、お金があるからだ。しかし、ソ連の例を考えても、今後の中国の社会の安定、政党、あるいは政治の安定性等を見る上で、財政はやはり非常に重要になるだろう。財政収入の伸びについては、1-3月期は前年同期比で3.9%と発表されたが、新たに加えられた収入の費目を除けば、2.4%しか伸びていない。
 また、いわゆる「中所得国の罠」にはまるかどうかといった議論が、日本国内でも喧しくなされている。改革がしっかり行われ、生産性が向上すれば「罠」にははまらないというのが、大方の人たちの考え方だ。しかし、そのようにうまく行くかどうかは、現時点では判断できない。これについて私は、かなり難しいのではないかという悲観的な立場だ。今年8月の安倍談話を受けて何が起きるかを考える上でも、経済の状況は大きな要素になると思うので、引き続き、注意が必要だろう。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部