平成27年度 第2回 国際情勢研究会 報告「イスラーム国の来歴と今後の展望」 東京大学 先端科学技術研究センター 准教授 池内 恵 (いけうち さとし) 【2015/06/19】

日時:2015年6月19日

平成27年度 第2回 国際情勢研究会
報告「イスラーム国の来歴と今後の展望」


東京大学 先端科学技術研究センター 准教授
池内 恵 (いけうち さとし)

1. グローバル・ジハードの思想と「イスラーム国」
 イスラーム国について、特に主体側の思想から見る際には、より大きなグローバル・ジハードという規範や思想、そして、それに基づいた特有の組織論を持つ運動の展開を見ていく必要がある。イスラーム教を含む一神教は、人間の意思とは関係なく、神が法として規範を下すという構図を持っている。人間には選ぶ権利はなく、命令に従う義務があるという議論だ。このためジハードのような、個々の人間から見れば危険でやりたくないことも神が命じる。イスラーム教はイスラーム教徒の意思とは別に、ジハードを基本原理とする国際関係を、コーランのレベルでもハディースのレベルでも提示している。そして、イスラーム国は基本的に、マーワルディーという中世の有力なイスラーム法学者が体系化した統治機構論やジハードのルールを実践していると主張しており、根拠はある。
 ジハードについては従来、近代の主権国家の枠内で役割を担ってきた宗教者たちは、できるだけコントロールしようとしてきた。ウンマ(宗教共同体)というアラビア語があり、ウンマ間の関係として世界秩序を規定しているとする。これについては、イスラーム法学の権威的なテキストでも明らかだ。つまり、人間は、宗教によって帰属する共同体が異なるという議論であり、それぞれの宗教、特に一神教では、神から預言者を通じて預言、啓示が下される。その啓示は法であり、そして最後の完璧な啓示がムハンマドを通じてイスラーム教徒に下されたという考え方だ。
 最後の啓示という観念は非常に重大で、人類に2度と啓示は下らない。まず、先行する様々な宗教の共同体があり、その上で、最後の啓示がイスラーム教の共同体に下された。すると、世界は複数の宗教共同体によって成り立つと同時に、イスラーム教徒の共同体は特別な地位を持つ。イスラーム教徒の共同体に最も完全な啓示が下され、それ以後はもう下されない訳なので、イスラーム教徒の共同体はそれを守り、広めていくという特別な義務を負っている。その義務を遂行する手段、過程がジハードだ。ジハードの規範的なモデルは預言者ムハンマド伝などに詳細に記録されており,教義の体系から取り除くことはできない。信仰の観点からはジハードによる異教徒の討伐は「好戦的」とは認識されず、それによって世界平和が達成される崇高な営為と考えられている。このためイスラーム教徒は、イスラーム教を「平和の宗教」だと言う。神の完全な啓示であるイスラーム教を負わされているイスラーム教徒のウンマが最終的に世界を支配すれば、完全な平和が訪れると考えるからだ。
 ただし、これは当然、近代の国際法、国際秩序に沿うものではない。近代の主権国家を構成要素とする世界、国際秩序では、各主権国家は国民や民族から成り立ち、それを構成する個々人は基本的人権を持つ。このため、近代には摩擦の可能性が生じ、近代の初期においては、この摩擦を回避する試みがなされてきた。ジハードは棚上げせざるを得なかったが、人間の事情でジハードをやめる、あるいは、その規範をなくすことはできない。したがって、同時代に合う再解釈がなされ、「ジハード回避説」が出てきた。その要素としては例えば、ジハードは純粋に内面に限定された、宗教的努力や営みであるという主張がある。また、過去には明らかにジハードを名乗った戦争もあったが、それらのジハードはすべて「自衛であった」と解釈された。このような形で近代国際法、国際法秩序とすり合わせる議論を、特に近代の主権国家の政治指導者や、政治指導者と共にある宗教指導者がしていた。
 しかし、これには早い時期から批判もあった。例えば、1920年代に結成されたムスリム同胞団の指導者であるハサン・バンナーはイスラーム法学の規範的な典拠を示して「ジハードは本来やるべき」だとし、近代のジハードを回避しようとする説を批判した。つまり、一方で近代的な秩序に合わせてイスラーム教の規範が再解釈され、他方で、それは「本来の解釈ではない」という議論が行われた。その背景には、近代教育を受けた人たちが、印刷メディアの発達によってアクセス可能になった宗教テキストを読み、いわば専業の宗教者に反論するようになったという構図がある。
 ジハードを掲げる側の思想の変遷を簡単にまとめると、まず1920~1930年代の時期にジハード回避説への反論が提起された。さらに、ジハードはイスラーム法学では「異教徒との戦い」と規定されているが、ある時期から、むしろ「義務を果たさないイスラーム教徒の指導者こそ、ジハードの対象になる」という議論が出てくる。理論的には「遠い敵」論から「近い敵」論ということで、「当面は近い敵こそが目標」となった。最も有名なのは、1981年にエジプトのサーダート大統領を暗殺したジハード団の主張だ。ジハード団はエジプト政府と正面衝突し、弾圧されていった。しかし、80年代には、そのように国内で不利な立場にあった組織や活動家が国外に出て、活動の場を見出した。それがグローバル・ジハードの近代における起源で、1980年代のアフガニスタンであった。この時期にはメディアや交通手段が発達し、遠方でのジハードの場をメディアを通じて視覚的に認知して、容易に移動することも可能になった。
 80年代末になると、アフガニスタンでは一応、戦争が終わった。しかし、その後も内戦があり、1996年にはタリバンが設立された。アフガニスタン以外でも、冷戦終結後に生じた民族紛争や地域紛争はイスラーム教徒にとってジハードの場であった。さらに湾岸戦争をきっかけとしたアメリカの一極支配が、特に中東において明確になり、あるべきイスラーム的な秩序とは異なるアメリカの支配による世界秩序が生じた。このような状況において、「敵は唯一アメリカである」とし、いわば究極の遠い敵を想定して戦いに挑むタイプのグローバル・ジハードの考え方と組織が定まっていった。特に1996年以降、タリバン政権に庇護され、アフガニスタンで聖域を与えられたのがアル=カーイダだ。

2. グローバル・ジハードの拡大の政治・国際的条件
 イスラーム国は、このような歴史の中で生まれた。2001年の9.11事件を境に、アメリカが外交安全保障政策の最優先課題として、グローバル・ジハード勢力との戦い、つまり対テロ戦争を掲げた。その強烈な圧力を受けたアル=カーイダや、他のグローバル・ジハード的な考え方を持つ人、組織が、適応しようとした。そして、実態上、指導者はない中、宗教的信念に基づき、人々が各地で勝手に組織を作っていった。アブー・ムスアブ・アッ=スーリーは2004年に、著書『グローバルなイスラーム抵抗への呼びかけ』において、今後のグローバル・ジハードの方向性を示している。その1つの極は、分散型の組織、組織の小規模化、あるいは自発的な参加という動員の在り方を極限まで突き詰めるというものだ。インターネットで指針を示せば、あとは各地で個人や小組織が勝手にやってしまい、それが続くと、巨大な組織があるかのように見える。スーリーはこれを「現象としてのジハード」とし、いわば「組織なき組織」の原理を示した。ただし、ジハードをやっていることを示すだけでは、最終的にイスラーム法が支配する世界は訪れない。やがては、かつてのアフガニスタンをモデルにした領域支配をしたいというのが、スーリーが示した方向性だ。それを彼は、「開放された戦線」と呼んだ。つまり、内戦によって中央政府が弱体化し、そこに聖域を見出せる。「開放された戦線」が出現すれば、大規模に移住し、組織化、武装化する。そして、分散型とは異なる集権型の組織を作っていく。
 この時期、イラク戦争によって、イラクにはジハード戦士たちがこのような活動をできる範囲が生じていた。しかし、彼らが本当の意味で「開放された戦線」を見出したのは、10年後の2014年であった。それが可能になったのは、2011年に始まる「アラブの春」以降、客観情勢が大きく変化したためであった。「アラブの春」による民主化の試みの多くは、挫折、停滞し、中央政府が揺らいで「統治されない空間」が現れた。また、一時的に民主化を試みた結果、民主化を含んだ内政メカニズムとして、イスラーム主義の穏健派と過激派のバランスが崩れた。ムスリム同胞団のような穏健派は、選挙に勝ったら統治し、改革を行って「イスラーム的な世界を創る」としていたが、ジハードを主張する過激派は「既存の制度の中での政治参加はしてはならない」と主張していた。これは原則論で、神がイスラーム法を下しているため、議会や選挙を通じて「人間が法を作るのは違法」という考えだ。
 この路線対立の結論は長い間、出なかったが、皮肉にも「アラブの春」による急激な民主化の試みによって穏健派が急激に台頭し、失墜するという展開が各地で起きた。それによって、過激派が結果的に残った。さらに、内政メカニズム上も過激派が強くなる中で、各地の紛争は地域化した。つまり、各国の辺境地帯の治安の弛緩が国境を越えてつながり、それによって紛争が地域化する。そして、中央政府は一層、辺境の統治を取り戻すことが困難になり、各地の紛争は宗派主義化した。さらに宗派だけでなく、部族主義、地域主義などの帰属意識を持つ集団間で紛争が生じた。しかも、地域大国が介入し、代理戦争を行うことで、紛争が一層、長期化した。そして、主権国家が各国で喪失、弱体化することによって、結果的に「解放された戦線」が、イラクやシリアではまとまって生まれ、イエメンやリビアではまだら状に生まれた。

3. 将来の2つの方向性: 拡大と拡散
 今後の展開としては、2つの方向性がある。1つは拡大で、地理的、面的な拡大だ。もう1つは拡散で、まだら状の広がりだ。拡大についてはイラクやシリアのように、中央政府と特定の地域、あるいはその地域に居住する特定の宗派などの関係が極めて悪くなると、面的支配が可能になることがある。それに対しては、ある程度、軍事的に対処できるが、誰がやるかが問題だ。政府が国際的には正統な支配を取り戻そうとしても、現地では単なる宗派紛争だと見なされたり、正統性を認められないこともある。他方で、イスラーム主義のグローバル・ジハード思想が広がり、あちこちで組織が生まれる。治安の悪化によって、まだら状に勢力範囲が広がれば、やがて面的支配になる可能性もある。思想の広がりを軍事力で止めるのは難しく、メディア上の感化させる力を削ぐような手法も考える必要があるだろう。拡大と拡散という異なるメカニズムがあり、これらは相互に影響も及ぼす。双方のメカニズムで対処する、そして2つのメカニズムの相互的な関係を断ち切るといった対処策も必要だろう。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部