平成28年度 第1回 アジア研究会 テーマ『アジア新興国経済の動向』 報告1 「アジアにおけるインド経済の構図」独立行政法人日本貿易振興機構 海外調査部 国際経済課長 椎野 幸平(しいの こうへい)【2016/7/26】

日時:2016年7月26日

テーマ『アジア新興国経済の動向』

平成28年度 第1回 アジア研究会 報告1
「アジアにおけるインド経済の構図」


独立行政法人日本貿易振興機構 海外調査部 国際経済課長
椎野 幸平 (しいの こうへい)

1. インドの経済動向と直接投資動向
 マクロ環境から見ると、近年、インド経済は7%台の成長に回帰し、改めて関心を高めている。但し、インド自身が経済改革を実現し、変化したというより、アジア地域における相対的な環境の中で重要性が高まっていると指摘できる。要因の1つは中国とASEANの成長率の鈍化があり、7%台の成長はアジア主要国の中でも最も高い成長率にある。もう1つは原油価格が下落し、以前は10%前後で推移していた消費者物価が5%前後で安定化したことで、金融緩和を行うことができる環境となり、景気が少し持ち直してきたことである。
 日本の対外直接投資を、ASEAN、中国、インド向けで比べると、ASEANへの直接投資は増加する一方、インド向けは大きく伸びている状況にはない。日本企業の動向を、主要国における商工会議所会員数で見てみると、東アジアの日本の商工会議所会員数はアメリカやヨーロッパに比べて圧倒的に多い一方、インドではアメリカの商工会議所の会員数が圧倒的に多く、欧米等の企業に比べると、プレゼンスがまだ小さい。インドは、直接投資からは、西に開けた経済と言える。

2. モディノミクス
 歴史を振り返ると、経済改革は91年から始まり、98年に成立したインド人民党(BJP)のバジパイ政権で外資規制の緩和や貿易の自由化が加速したが、その後、経済改革のペースは落ちている。2004年以降、BJPは農村票を中心に選挙で負けた事もあり、農村開発を重視して動いた。しかし、草の根国民会議派など改革に対して足を引っ張る勢力がおり、シン首相でも、経済改革が大きく進められなかった。
 モディ政権は、30年ぶりに下院の単独過半数で政権を取ったことで、思い切った経済改革できるのではないかと期待されている。就任して以降、外交面ではかなり大きな成果を挙げているが、経済改革になると「Make in India」というビジョンのもと製造業の育成を進める方針を示しているが、これまでに実現できた政策は、法人税の引き下げや保険業の外資出資比率規制の緩和が挙げられる程度にとどまっている、物品・サービス税(GST)や土地収用法、労働法等では改革は進展していない。
 なお、アジア主要国の法人税を低い順に並べると、インドは新興国の中で最も高い法人税の水準にある。また、配当に対する課税は、租税条約に基づいて10%の源泉課税が課されることが一般的だが、インドでは34%程度の法人税を取られた上に、約20%の配当支払税が課税されている。相対的な重い税負担はインドへの対内直接投資を抑制する要因となっていると考えられる。

3. インドの産業集積とFTAにおける位置付け
 次に、インドではどの産業にどれだけの競争力があるのかを、RTA(顕示貿易統合比較優位指数)を用いてお話しする。2000年以降、乗用車や二輪車等の輸送機器のRTAは上昇し、鉄鋼や化学品などの素材産業はプラス圏を維持している。RTAが低い産業はIT製品、電気機器、一般機器類等で、伸びてこない状況にある。
 アジア全体では中国から分散した投資が、近年はベトナムやフィリピンに向かっており、新たな産業集積が生まれている。携帯電話などIT最終財ではベトナムが、IT部品ではフィリピンが伸びていて、IT関係は東北アジアで集積の厚みを増している。アジアの賃金構造を2005年と2013年で比較すると、2005年の中国とASEANの賃金はほぼ一緒だった。しかし、近年は3倍程度に拡大している上に、ベトナムでは物流インフラが改善しつつある点も大きい。また、縫製品ではインドは一定の競争力を維持しているが、ベトナムが急速に伸びてきている。日本、米国、EUにおける縫製品の輸入シェアでは、中国のシェアが人件費上昇を受けて断続的に低下する一方、ベトナムがシェアを伸ばしている。
 一方、鉄鋼や化学品など素材分野は、インドがASEANに対して相対的に高い競争力を付けている。ASEANは素材産業が弱くマイナス圏にあるため、長期的にはFTA等を使い、インドからASEANへの輸出も生まれていくと考えられる。
 サービス業については、インドはASEANに比べると、比較的強い競争力を持っている。一部のサービス業を自由化し、卸売業や物流業は100%、自由に進出が可能である。実際にインドのサービス業の自由化が、製造業の生産性向上につながっているとの研究成果も出ている。
 貿易・直接投資政策から見ると、インドではバジパイ政権時代の2000年代前半に、40%程度だった関税が断続的に10%に下げられたが、これ以降は大幅な関税の引き下げは実現していない。外資規制も、2000年前後に自由化が加速したが、その後、小売業など一部のサービス業で外資規制緩和は実現したものの、自由化のペースは落ちている状況だ。FTAもバジパイ政権の2000年代初め、積極的に展開されたが、その後、ペースダウンした。その1つの要因が、2004年に発効したタイ・インドFTAでは、部品に対する関税は残したまま、一部の完成品に対する関税を撤廃したことなどから、タイから大量の輸入品が増加した。このことで、国内からの批判も高まり、インドのFTA交渉の姿勢を保守化させたと考えられる。2010年には、ASEAN・インドFTA が発効したが、自由化率は80%で、他のFTAに比べても低い。また、原産地規則などでも他のFTAと比べて厳しいルールを採用している。
 また、インドで国内の税制が複雑であることや、国内の物流コストが高い中、FTAによって域外からインドへの輸出もしやすくなったことから、ASEANなどからインドへ最終製品を輸出する選択を行う企業は多い。インドにとっては、FTAを進めるとともに、国内の流通コストを下げていく努力が求められる。
 なお、TPPについては、インドの米国への輸出品で最も多くの関税を支払っているのは縫製品である。米国では縫製品に高関税が課されていることが要因だ。一方、TPPによってベトナムから米国に輸出する場合には、段階的に関税が撤廃されていくため、インドの縫製品の対米輸出にはマイナスの影響が大きくでると考えられる。

4. インドの人口ボーナス
 最後に、長期的な視点でみると、インドの最大の魅力は「人口ボーナス」である。中国に続いて、タイ、ベトナムも高齢化が進展しつつあるが、インドの人口ボーナスを計算すると、ピークが2040年ぐらいまで続くと見込まれる。これはインドの魅力になるだろう。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部