平成28年度 第2回 アジア研究会 テーマ『アジア新興国経済の動向』 報告 「スーチー政権の5カ月 – 「平和」「民主主義」「経済発展」にいかに取り組んだか -」政策研究大学院大学 教授 工藤 年博(くどう としひろ)【2016/09/06】

日時:2016年9月6日

テーマ『アジア新興国経済の動向』

平成28年度 第2回 アジア研究会
報告 / スーチー政権の5カ月
—「平和」「民主主義」「経済発展」にいかに取り組んだか —


政策研究大学院大学 教授
工藤 年博 (くどう としひろ)

1. スーチー政権でも変わらない政治構造
 ミャンマーでスーチー政権が3月30日に発足してから、5ヶ月が経った。スーチー政権は平和(特に少数民族問題)、民主主義、経済発展に取り組んできた。この3つのテーマがどのように進んできているのか、私なりの見方をお話しする。本題に入るまえにテインセイン政権の「改革」について説明するが、なぜこの話をするかというと、国民民主連盟(NLD)と国軍の関係など基本的な政治構造がテインセイン政権の時とあまり変わっていないからである。
 1988年に軍事クーデター以降23年続いた軍政から、2011年3月30日に民政移管してテインセイン政権が発足した。その後に大きな改革があった事は記憶に新しい。なぜそうした改革をテインセイン政権が始めたのかというと、国軍に「自信」と「焦り」があったからである。軍政は国軍をバックボーンとする国家体制を作り上げたという自信があった。2008年憲法で国軍の特権を担保した。今もそれは変わらない。しかし、それと同時に焦りもあった。統治の正当性をいつまで経っても得られなかったのである。いつまでも少数民族武装戦力は反乱し、学生、市民、僧侶にいたるまでデモを起こした。国際社会からは厳しく非難され、欧米からは経済制裁を受け、国連からは毎年のように非難決議を出された。
 一方、90年の選挙で圧勝したスーチー氏は、軍事政権の打倒を掲げて闘った。スーチー氏は軍事政権を倒すための武器を2つ持っていた。1つはノーベル平和賞を受賞した、国際的な名声である。これを使って国際社会に影響力を行使し、軍政への制裁を引き出した。もう1つは国民的人気である。時に解放されると地方に行き、大衆動員を図った。しかし国際社会と言っても、中国・インド・ASEANはミャンマーの軍事政権を支援しており、反軍政という一枚岩ではなかった。また、スーチー氏は長期間にわたり自宅軟禁され、国民に訴える機会もなくなっていった。自身も高齢化し、後継者もいないという中でスーチー氏の打倒・軍政という挑戦は挫折しかけていた。このように、両者ともにジレンマを抱えていた。このジレンマを解くのは、国軍とスーチー氏の協力以外にはなかった。
 なぜ2011年に両者の協力関係ができたのかというと、軍政のトップであるタンシュエ議長が引退したからである。さらにスーチー氏も「国軍は倒せない」、「国軍と協力しなければならない」と考えが変わった。それは彼女の年齢が関係していると思う。そして、国軍とスーチー氏・NLDの協力関係がないとミャンマーが前に進めないという構造は、今のスーチー政権下でも変わっていない。

2. 2015年11月総選挙の結果とスーチー政権の顔ぶれ
 2015年11月総選挙は、議会の4分の1を軍事議席が占めるため、争われる議席全体の7割をNLDが取れるかが焦点になった。それはかなり難しいと思われたが、結果的に8割(380名)取った。選挙で国民は4年半の改革の成果を訴えた連邦団結発展党(USDP)ではなく、NLDのスローガンである「変化のときが来た」、つまり国軍支配の脱却を選んだ。おそらく国軍もかなり早い時点で負けると分かったと思う。ただ、スーチー氏との協力関係があれば軍の利益も守れると判断し、政権を移譲することにしたのだろう。つまり、2015年総選挙の意義は四半世紀にわたって民主化勢力と国軍が対立する中で、国民生活が著しく劣化する悪循環に終止符を打ったことである。「新生ミャンマー」の誕生であり、真の「ポスト軍政」の始まりである。
 スーチー政権の顔ぶれを見ると、民族院の議長には少数民族の大物、Mann Win Khaing Than氏を採用し、副議長にはNLDがヤカイン州で負けたヤカイン民族党(ANP)のナンバー・ツーであるAye Thar Aung氏を採用した。一方、人民院の議長、Win Myint氏はスーチー氏の側近で、現在議会は彼が仕切っている。副議長のT Khun Myat氏は、スーチー氏と連携するシュエマン前下院議長の推薦だと言われている。スーチー氏は子供が外国籍のため大統領になれないが、ティンチョー大統領は忠実な代理人という感じだ。
 そして今までは31省府あって、大統領府には大臣が6人いたが、22省府に再編し、そのうち民族省と国家顧問府が新しくできた。国家顧問府はスーチー氏が国家顧問に就任してできた省である。一方、民族省の大臣は高齢であまり活発な活動は聞こえてこない。少数民族問題についてはスーチー氏が直接やっていると思う。閣僚メンバーは、スーチー氏以外は全員ビルマ族の男性で、50代後半、60代、70代がほとんどを占める。清新さはあまりない。官僚出身者、学識経験者が多く、博士号を持っている人もいて、高学歴である。議会と大統領・副大統領は自分に近い人を選び、閣僚は能力、経験、学歴を重視して選んだという印象である。いずれにしても、党内・政権内でのスーチー氏のリーダーシップは圧倒的で、立法府も行政府も基本的にスーチー氏の意向で動くと考えられる。

3. スーチー政権「改革」のゆくえ
 スーチー氏が目指すのは「国民の誇り」の回復である。ミャンマーを平和で民主的で、経済発展した国にする事によって、ミャンマー国民が世界で胸を張って生きていけるような国にしたいと言っている。具体的にやっているのはいわゆる「民主化」の推進であり、国民の権利の保護の確立である。例えば、裁判を経ずに人を長期間拘束できる「国家防御法」、規制の多い「平和的集会・デモ行進法」、スーチー氏を自宅軟禁に置いた根拠法である「緊急事態法」などを廃止、改正した。政治犯・学生活動家の解放、公務員の贈答品受取禁止なども行っている。
 一方、経済政策、成長戦略については、具体的なものがでてきていない。新政権発足後、100日計画が策定されたが、各省の政策の寄せ集めで、新政権としての方向性が見えなかった。また、ティンチョー大統領は2016年度予算をみなおすと宣言したが、その後、実際にどうなったのか聞こえてこない。そうするうちに、来年度予算の策定時期にはいっている。
 8月31日~9月3日まで開催された「21世紀のピンロン会議」はスーチー氏の目玉政策である。スーチー氏は全国停戦合意(NCA)の未署名・枠外の組織だった武装組織を会議に招き、NCAに署名している8勢力を含めた17の少数民族勢力がこの会議に参加した。ここでスーチー氏はNLDの最重要課題(マニフェストの第1項目)である少数民族問題の解決と国内和平の実現を訴え、「平和なくして発展なし」と平和は全ての発展の基礎だという事を伝えた。
 また、スーチー氏は8月に訪中しているが、その目的の1つはピンロン会議にワ族をはじめ中緬国境の少数民族武装勢力を取り込む事だったと思われる。ワという少数民族は、特に中国が影響力を持つ中緬国境に張り付いており、2万人の兵力と近代的な兵器を持っているとされる。おそらく中国の圧力もあって、彼らは参加すると表明したと思う。実際にワは参加したが、ミャンマーの手続き上の問題でオブザーバーとして招待されてしまい、途中で怒って帰ってしまったそうだ。中緬国境には旧ビルマ共産党系の少数民族武装勢力が展開し、こことマンダレーが援蒋ルートで繋がっている。中国側の雲南省の各市は国境ゲートをすでに建設してあり、ミャンマーと国境貿易をしたい。しかし、ワをはじめとする少数民族武装勢力がいるためにマンダレーまで繋がらないというのが現状だ。国境貿易は援蒋ルートが通る瑞麗が独占している。少数民族問題が解決すると他にもいろいろな所に橋や道路ができて、雲南省の各市も貿易を始めると思う。
 対ミャンマー投資の特徴は他の新興国と同様、輸出志向と内需志向の2つがある。内需志向の方は5100万人の人口が、ほとんど手付かずの市場として残っている。内需を狙い、先行者利益を狙って出ていく企業はミャンマーの地場企業と連携する場合が多い。一方、ミャンマーを生産拠点として使う、輸出志向企業の場合は、ミャンマーのみならず近隣国との比較をする。現時点ではミャンマーがいつも選ばれるような状況ではなく、投資環境整備、インフラ整備、人材育成が必要だ。投資元の国としては、日・中・韓・欧米に加え、ASEAN、特にベトナムもかなり存在感がある。
 憲法改正のゆくえについては長期的な課題になり、その本質は国軍の国政関与のあり方をどうするかという事だ。2008年憲法は軍が作ったが、基本原則で「複数政党制民主主義」を謳っている。同時に「国家が国民政治を探求していく際に、国軍の国民政への参画を可能とする事」とも言明している。これは政党政治が乱れたときには、国軍が国民全体を代表する国民政治を行うために介入しますよ、という意味である。そのために、さまざまな仕組みが盛り込まれている。憲法を改正するためには「NLDと国軍との信頼の醸成」と「国民と国軍の和解」の2つが必要である。さらにNLD政権の安定的な運営が必要で、治安や安全保障も含めてNLDが政権を安定的に運営できることを示すことが必要である。
 スーチー政権の課題はミャンマーを「平和で」「民主的で」「発展した」国にし、国際社会における地位を回復する事である。現時点ではいずれも欠如しており、一朝一夕に解決するものではない。しかし、スーチー政権の発足はそのような課題克服へ向けた一歩ではある。5ヶ月経ったところだが、「半世紀ぶりの政権交代」を混乱なく乗り切った点は評価すべきである。それにしても、そろそろ経済政策を打ち出していく必要がある。これが示されないと、とくに外国投資家は不安だろう。それでも経済は成長している。グローバル生産ネットワークへの参入が成長の大きな原動力だ。そのような意味で、ミャンマーは過去最大の成長機会に直面していると思う。
 政治面では安定した国家運営をするために、国軍との協力がやはり欠かせない。一方で徐々に国軍に対して民主化の圧力が強まっている。今回の21世紀のパンロン会議でも、少数民族問題の解決には憲法改正が必要であることが明確になった。国軍が国政から引くには、やはり「国民和解」がなければ駄目で、これをスーチー政権の5年でできるかどうかというのが、政治的には大きな課題である。引き続き国際社会は、スーチー政権を全面的に支援していくと思う。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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