平成28年度 第3回 アジア研究会 テーマ『アジア新興国経済の動向』 報告 ジョコ・ウィドド政権下のインドネシア 独立行政法人日本貿易振興機構 アジア経済研究所 地域研究センター東南アジアⅠ研究グループ グループ長 代理 川村 晃一(かわむら こういち)【2016/11/08】

日時:2016年11月8日

テーマ『アジア新興国経済の動向』

平成28年度 第3回 アジア研究会
報告 / ジョコ・ウィドド政権下のインドネシア


独立行政法人日本貿易振興機構 アジア経済研究所
地域研究センター東南アジアⅠ研究グループ グループ長 代理
川村 晃一 (かわむら こういち)

1. ジョコ・ウィドド政権をどう見るか
 今回は10年間続いたユドヨノ政権を引き継ぎ、2014年から大統領になったジョコ・ウィドド(以下、ジョコウィ)の政権をどう見るか、そして今後、ジョコウィ政権を考える上で何を見ていったらいいのか、特に政治制度の面から解説する。
 ジョコウィはインドネシア史上初めての庶民出身の大統領で、政治スタイルも独特だ。彼は地方首長時代、インドネシア語で「ブルスカン」と呼ばれるアポなし現場視察を頻繁におこなった。自ら現場に行って、問題がないか自分で確認し、現場の人から問題点を聞く。住民からも直接意見を聞き、問題があれば自ら直接指示を出すという方法で政治を進めていったのである。エリートとして上から下に指示をするのではなく、市民の目線に立って市民とともに政治を進めていくという、新しい時代の政治家としてジョコウィは登場した。
 彼が政権を発足させた時、「Nawa Cita」という9つの優先アジェンダを掲げた。その中でも柱となる政策は、第1に、ガバナンスや汚職排除、法制度改革といった「国家の信頼を回復する」ことである。第2の柱は、「周辺からの開発」である。国土の意味でも社会階層という意味でも、これまで中央政府の政策からは無視・軽視されてきた地域、社会階層に対する開発を進めていきたいとジョコウィは考えている。さらに第3に、「メンタル革命」とジョコウィは言っているが、「一生懸命働く」といった労働倫理の向上も目指そうとしている。
 具体的な経済政策としては、インフラを整備して物流網を改善し、投資を呼び込みやすいビジネス環境を作ることを目指している。外島やインドネシア東部といった周辺地域にもインフラを整備して、ジャワ島以外の地域にも投資を呼び込むことで、地域間や階層間の格差を是正していく。成長を伸ばしていくことについても、資源の切り売りをすることはやめ、外資にインドネシアで作った製品を輸出してもらおうと考えている。
 ジョコウィ政権のもう1つの主要な政策として、グローバルな海洋のハブを目指すことを掲げた「海洋国家構想」がある。その内容はアイデンティティの確立から海洋安全保障まで多岐にわたるが、中心となるのは「水産資源の保護・管理」と「海洋インフラの開発」だ。海洋インフラの開発については、ジャワ島と外島の間の交通インフラを整備し、物流コストを下げることが目指されている。この海洋国家構想は、諸外国からの協力を得ることが必須であるため、外交交渉においても頻繁に使われている。これまでインドネシアの外交は、多国間交渉を前提とした国際協調重視だった。しかし、彼はそのような外交を弱腰だと批判し、起業家らしく、スピードや実利を非常に大事する外交を展開している。つまり、ジョコウィ政権になって、インドネシア外交は親善外交重視から実利外交を志向するものに変化したと言える。
 2016年10月で、ジョコウィ大統領が政権を発足させてから2年が経過した。この間、1年目には、ユドヨノ前政権が実現しようとしても実現できなかった石油燃料の補助金廃止を断行し、その予算をインフラ投資と社会政策部門に回す決定をしたことが大きな成果だった。しかし、政権発足直後には政局が混乱したことや、省庁再編の準備が整わなかったことなどから、予算の執行率は低かった。2年目になり政局が安定し始めたことで、政策課題に取り組む体制はできてきた。しかし、インフラ開発を進めるにしても、やはり土地収用の問題は依然として存在しているし、ファイナンスの問題もクリアされているわけではない。実際に今進んでいるインフラ開発を見ても、前のユドヨノ政権時代から取り組まれていたものが完成したというものにとどまっている。
 今、政府が懸命に取り組んでいるのが、「Tax Amnesty」という政策である。国内資産の海外逃避や低い納税率といった状況を改善し、納税基盤を拡大してそれをインフラ資金に回していこうというのである。また、人材の開発・育成は、社会福祉や貧困削減という観点からも重要であると考え、特に貧困層向けの教育の無償化や、国民皆保険制度の構築を積極的に進めている。投資環境の整備については、2015年から2016年にかけて14次にわたって発表された経済政策パッケージのなかに多くの規制緩和策が盛り込まれた。ただ、いずれも小物ばかりで、実際に効果があるのかどうかは現段階ではよく分からない。また、就任直後にジョコウィが取り組んだ投資手続きの簡素化は、ワンストップサービスの導入という形で実現した。これは、徐々に実効性が出てきているようだが、許認可が絡むところには根深い汚職の問題が存在しており、簡単に克服されるものではない。また、周辺地域の開発では、村落や国境地域でのインフラ開発、パプアの開発などが積極的に進められているが、公的資金の絡むところには必ず汚職が発生するので、適切な資金運用ができるかどうかが問われている。海洋開発については、新規の航路開発によって運輸コストを下げる努力がなされているほか、港湾の開発や港での滞留時間の短縮といった努力も積極的に取り組まれている。違法漁業の取締りについては、日本メディアでは外国の違法操業船を捕まえて爆破するニュースや中国警備艇による中国漁船奪取などのニュースがセンセーショナルに取り上げられているが、そこに主眼があるわけではない。国内、国外問わず、違法漁業を取締り、健全な漁業の発展と、持続可能な漁業資源の開発を進めるため、政府は国内漁業者にも痛みを伴う改革を進めようとしている。そのため、国内でも賛否両論がある政策である。
 この2年間でジョコウィ政権が最も成果を挙げたのは国内政治の分野で、政権基盤を安定させたことだ。大統領選では個人的な人気を背景に当選し、大統領就任時には国民の期待も高かった。しかし、ジョコウィが政権を発足させた時、連立与党は議会で少数派だった。このような状態を、政治学では「分割政府」と言う。分割政府の下では、大統領は議会対策に苦労して、思うように政策を前に進めることができない。大統領が議会対策で苦しんでいれば、与党は大統領を支えて、議会でうまく法案が通るように奔走するのが期待される役割である。しかし、ジョコウィの出身政党である闘争民主党(PDIP)は、与党であるにもかかわらず大統領と対立して、「大統領を弾劾する」という話まで党内から出てくる有様だった。そこで、ジョコウィは「連立与党の議席を増やして、議会で過半数を取らなければならない」と考え、野党の取り崩しを進めていった。その結果、2015年9月にイスラーム系の1政党(国民信託党PAN)が与党に加わり、さらに2016年の5月に野党第一党だったゴルカル党が政権への協力を表明したことで、今や連立与党は国会の議席の約70%を占めるようになった。これによって政権基盤が安定して、議会対策が非常に容易になってきた。さらに、2015年の8月と2016年の7月に行われた内閣改造では、連立与党に人事面で配慮すると同時に、主要閣僚に側近や実務能力に長けた人物を配置して、内閣の実行力を高める努力がなされた。さらに、大統領府を新たに設置し、そこに側近を配置することで、大統領自らのリーダーシップを強化することも図られている。
 政権基盤が安定するとともに、政権発足初年度に低下したジョコウィの支持率は回復してきた。政局が混乱した2015年の前半に50%を切った支持率も、今は60%台で安定している。分野別で見ても、政治や社会福祉のような分野では、国民の満足度が高いという数字も出ている。一方で、経済や汚職対策・法の確立の分野では満足度が低い。これは、インフラ整備がなかなか進まない、経済の状況がなかなか上向かない、汚職撲滅に対する取り組みが弱い、と国民が見ていることの反映だろう。しかし、政局の安定と国民の高い支持を背景に、いまやジョコウィ大統領がリーダーシップを発揮できる政治的な環境が整いつつあると言える。

2. ジョコウィ大統領はリーダーシップを発揮できるか?
 一方で、政治制度の観点から見ると、インドネシアの大統領はリーダーシップを取りにくい環境に置かれている。その要因は、大統領の権限が弱いこと、政党の数が多過ぎること、大統領と与党の関係が安定していないこと、議会の権限が強いこと、司法が非常に強い権限を持っていること、といった政治制度に由来するものである。
 理論的に言うと、実は議院内閣制の首相のほうが、大統領制における大統領よりも強いリーダーシップを発揮できる。大統領制の場合は、大統領も議会も任期が決まっていて、大統領と議会が対立した場合は解決する手段がないうえに、議会の過半数勢力が大統領の支持勢力と重なっていない場合も多々ある。また、インドネシアでは多党制が常態化していて、選挙に参加する政党や議席を獲得する政党の数が常に多い。泡沫政党を除いた主要な政党の数(有効政党数)は、大体8から9ぐらいである。このように多くの政党が乱立している状況が常態化している理由の1つは社会構造にある。広大な国家に多様な宗教、多様な民族、多様な地域が共存しているうえ、政治的には世俗主義とイスラームという対立軸が交差している。このような多様な社会の利害を政治の場に反映させるために、選挙制度は比例代表制を採用している。そのため、比較的小規模な政党でも議席を取れるような仕組みになっているのである。さらに、インドネシアの有権者には特定の支持政党を持つ人が少なく、その時の人気や雰囲気、前の政権での大統領の業績を見て、選挙での投票先を決めている。そのため、新しい政党でも、有力な指導者がいたり、有効な選挙戦略を持っていたりすれば、一定の有権者の支持を得ることができる。このような理由から、インドネシアの政党は数が減らないのである。
 さらに、2003年の憲法改正で新しく憲法裁判所が設置されたことも大統領のリーダーシップをとりづらくさせている要因のひとつである。憲法裁判所には、違憲審査権、国家機関の間で権限の争いがあった時の訴訟、選挙結果の有効性を判断する権限、政党の解散を決定する権限、大統領弾劾の法的妥当性を審査する権限といった極めて政治的な権限が付与されている。特に政治的に重要なのは、憲法裁判所による違憲審査である。インドネシアの憲法裁判所は積極的に違憲判決を出す傾向にあり、12年間で202件の違憲判決を下している。日本の最高裁判所が、戦後70年間で10件の違憲判決しか出していないのと対照的である。憲法裁判所は、過去に制定された人権侵害にあたる法文を是正するよう国会に勧告するなど、民主主義の擁護者として重要な役割を果たしている。一方、憲法裁判所は、政治システムにおける「拒否権プレーヤー」としての役割も果たしている。つまり、政府が政策を遂行するために法案を作成し、苦労して議会の同意を取り付け、ようやく法律を作ったとしても、憲法裁判所がそれを簡単にひっくり返してしまうということが起きている。特に自由主義的な経済政策については、「国の土地や重要資源については国家が管理する」ことを規定した憲法の民族主義的条項に反するとして、違憲判決が出されやすい傾向がある。
 このように政治のスピード、政策実行のスピードが遅く、いわば「決められない政治」が制度的な要因からデファクト・スタンダードとなっているのがインドネシアの政治の特徴である。一方で、よりマクロな政治体制のレベルでは、インドネシアは非常に安定している。国際的にも、インドネシアの民主主義が高いレベルで維持されていると評価されている。また、今後も安定的な民主主義が容易に崩壊することは考えにくい。例えば、タイのように軍が介入することは、近い将来のインドネシアにおいては想定しにくい。もちろん軍は力を持っているが、軍が政治に介入してもメリットは全くない。国民が軍の政治介入を歓迎することは考えにくい。むしろ、軍は民主政治の中でいかに国防費を取るとか、組織的な利益を守るかを考えており、スハルト時代のように政治に再び介入しようとはほとんど考えていないと思われる。
 次の選挙(議会選挙と大統領選挙)は2019年なので、2017年の後半ぐらいから選挙に向けた動きが徐々に活発化してくる。そう考えると、この1~2年がジョコウィ政権にとっては勝負だろう。しかし、憲法で決まっている政治制度の構造自体を変えることはできない。大統領がリーダーシップ発揮しにくい構造、決められない政治制度の枠組みは既定のものであって変えようがないので、ジョコウィがこの制度の特徴を理解し、制度的な制約をうまくすり抜けていけるかどうかが重要である。

3. おわりに
 2015年に高速鉄道導入の問題が日本のメディアを賑わした時、日本が中国に敗北したということで日本国内には衝撃が走った。しかし、私が見た限りでは、日本の敗北は当然であった。インドネシアの立場から両国の提案内容を見れば、日本のオファーは中国のオファーより明らかに劣っていた。日本側はインドネシアの状況を踏まえて、インドネシアの国益やジョコウィ大統領の意向、やり方にいかにマッチするオファーができるか考えるべきだ。ジョコウィは実利があるかどうか、スピードがあるかどうかを非常に大事にしている。高速鉄道も起工式だけやり、その後は工事がまったく進んでいないと日本では笑い話になっているが、とにかく始めることが大事で、その後は問題が発生すればそれに合わせて解決を図っていくというのがジョコウィのやり方だ。このあたりでも、日本とインドネシアの間にはパーセプションのギャップがあると感じる。日本は相対化されているということを踏まえたうえで、インドネシアの状況や意向を十分に理解しながら、対等な関係を構築していくことを目指さなければならないと思う。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

IISTサポーターズ(無料)にご登録いただきますと、講演会、シンポジウム開催のご案内、2010年度以前の各会及びシンポジウムページ下部に掲載されている詳細PDFとエッセイアジアをご覧いただける、パスワードをお送りいたします。


担当:総務・企画調査広報部