第150回 中央ユーラシア調査会 コメント 「タジキスタンでのBOPビジネス連携促進事業(JICA事業)の実施」宏輝システムズ株式会社 顧問/開発アドバイザー 元アジア開発銀行 タジキスタン駐在代表 本村 和子(もとむら かずこ)【2016/02/09】

日時:2016年02月09日

第150回 中央ユーラシア調査会
報告 「タジキスタンでのBOPビジネス連携促進事業(JICA事業)の実施」


宏輝システムズ株式会社 顧問/開発アドバイザー
元アジア開発銀行 タジキスタン駐在代表
本村 和子(もとむら かずこ)

1. 貧困状態が深刻なタジキスタン南部地域での事業化
 宏輝システムズは、タジキスタンに生育する甘草の根を一次加工し、その製品を日本に輸入する目的で実施している合弁事業に関連し、国際協力機構(JICA)から支援をいただいた。JICA民間連携事業の1つとして、この合弁事業活動をベースに、農民の生活を改善して貧困削減に貢献するための方策を検討する事業である。この事業は2013年3月から開始、この2016年3月で3年にわたる事業が終了するので、その事業内容と成果をご紹介したい。
 宏輝システムズは2008年11月、タジキスタンで中央アジア最初の合弁企業Avalinを設立した。甘草根加工工場は2011年9月にラフモン大統領の出席のもと盛大に開所式が行われ、稼働開始した。工場が建設されたのは、タジキスタン最南端、アフガニスタンとの国境から12㎞の地点である。
 タジキスタンでは土地が国有で、甘草は国の資源保護の対象になっていることから、政府の許認可がなければ事業が円滑に進められない。そこでビジネス開始にあたり宏輝システムズは、政府と覚書を結び、Avalinの事業実施に必要な政府の協力を得る態勢をとった。原料の甘草根を確保するため、政府から3000ヘクタールの甘草原の土地利用権を入手し、基本的にそこから採集する甘草根を加工することとした。
 工場は生産効率の観点から、甘草が広く生育するコファルニコン川の河川敷近く、原料根を入手しやすい場所に建てられた。甘草根は成分によって用途が異なるが、この川から下流のアムダリア川流域に生育する甘草根は加工価値の高い製薬原料に適した性質のものであるため、宏輝システムズはこの地域での加工製品の安定確保を重視している。
 この合弁事業では、Avalinが農民を雇用して直営地から採集した甘草根原料を工場で加工したのち、生産物は全量、宏輝システムズ向けに輸出され、日本国内での最終製品の生産に利用されている。しかし様々な理由で当面、3000ヘクタールの土地だけでは必要な量の原料根を確保できない事態が生じた。そこで、今回のJICA事業では二つの方法で原料根確保を試みることとなった。
 第一の方法は、工場の近隣に住んでいる農民に甘草根を集めてもらい、それをAvalinが買い取る仕組みを作ることで、そのために2つの農民グループ(計35人が参加)を組織した。Avalinの直営地では、トラクターで一定の深さまで甘草根を掘り起こし、そのあとをAvalinの雇用した農民が根をひろい集めてゆく作業をしている。しかし、トラクターの使えない農地や灌漑用水路の土手などにも良質の原生甘草根がかなり自生しているため、そうした甘草根を環境保全に配慮しながら、農閑期を利用して手掘りで集める仕事をこの農民グループに委託したのである。
 第二の方法は、甘草の資源量を増やすことをめざし、試験栽培を行うことであった。そのため2013年9月にまずAvalinの工場敷地内0.5ヘクタールに苗床を作り、半年後に生育状況を調べた結果、苗の95%が発芽し、根の順調な発育も認められた。さらに、その植え付けから1年半後の2015年3月に行った根の検査では必要な含有成分の増加が確認でき、3年後には収穫が可能となる見通しが得られたため、3年の栽培試験期間終了を待たずに2015年10月から、一般の直営地での植え付け拡大を試みることとなった。栽培地域拡大は十分な潅水の可能な土地を選んで行われており、2016年2月現在、合計40ヘクタールにまでに拡大している。
 このJICA事業開始にあたっては、2013年11月に参加農民を対象にセミナーを開き、宏輝システムズとAvalinを紹介、JICAがどのような目的でこの事業を支援するのかを説明した。技術面では、甘草根がどのように加工され、利用されるかを紹介し、このJICA事業の実施に必要な手堀りによる採掘方法とその注意点、Avalinへの売り渡しの仕組み、さらに試験栽培の手順などについて説明した。
 タジキスタンの貧困度はいまだ30%以上であり、南部の僻地にあるこの事業対象地域では、特に貧困が深刻である。そのため、この甘草根採集・栽培事業は新しい収入を得る機会として関係農家に歓迎され、開始すると同時に調査期間にもかかわらず、すぐにAvalinの通常業務の一環として定着した。

2. 農民の収入向上や意識の変革に効果
 このJICA事業の一環として、甘草根販売による貧困削減効果を調べるため、関係農民の協力によりアンケート調査を行った。この事業対象地域は綿花の大生産地であるが、農家が綿花栽培以外に現金収入を得られる産業はない。そのため特に農閑期の農家の生計は、成年男子のロシア等への出稼ぎによる現金収入で支えられている。
 この甘草根販売がどの程度の経済的効果を生んだかをアンケート結果でみると、まず綿花生産に従事する農民1人当たりの2013年の月収は約50ドル、1家族当たりでは約150ドルであった。それに対し、2013年末から~2015年初めの農閑期(綿花栽培作業のない10月~翌3月)に甘草根の売上収入で農民が得た月収は、1人当たり平均150ドルということであった。この結果から、甘草根販売が関係農家の所得向上に大きく役立っていることが明らかとなった。
 こうして、この事業ででき上がったAvalinと関係農家との甘草根取引の仕組みは、売り手農民側では現金収入に直結し、買い手Avalin側では原料確保に役立つという、両当事者に利益をもたらす持続可能なものとなった。
 2015年11月、このJICA事業の締めくくりとして再度、現地で行った最終報告会には、事業に参加した農民ほぼ全員が集まり、意見交換を行い、関係者と昼食をともにしながら半日ほど一緒に過ごした。その席で聞かれた意見の大勢は、「何よりも農閑期の仕事ができたことはありがたい」、「このような現金収入の機会は他に全くないので、ぜひ続けてほしい」というものであった。同時に、「将来的には、甘草根をより高い価格で買い取ってもらえれば非常にありがたい」という意見も出たので、それに対しては「皆さんはビジネスのパートナーなので、今後はAvalinと交渉し、互いに妥協点を見つけて健全な取引関係を維持して頂きたい」と応じた。また、甘草根採取に関連して農民からは、これまで人の手が加わらなかった原野を掘り返して根を採取する作業で土が柔らかくなり、農作業がしやすくなったという副次効果も聞かれた。
 限られた期間の仕事ではあったが、このJICA調査事業を通じ、当事者双方に確実にメリットのある仕事を定着させることができ、それにより関係農家の生活改善にも貢献できたことが明らかになったことは大きな成果であった。
 また、この最終報告会の雰囲気が、2年前の事業スタート時の会合とは大きく異なったことが感じられた。関係農家メンバーの私たちに対する親しみが増したということもあろうが、何人もが自分たちの意見を皆の前で述べたことは印象的で、私はこれを非常に有意義な変化だと感じた。調査事業としての成功はもちろん重要だが、事業にかかわった農民の間で生まれたこうした積極性、意識の変革こそ、彼らが将来、様々な開発機会をとらえて生活を改善してゆくうえで重要となるのではないかと感じた。
 また、Avalinの人たちもこのJICA事業の意義をよく理解し、その実施に主体的に取り組んだ結果、関係農家との信頼関係が強められたことを、心からありがたく思っている。

3. 安定した事業展開のための課題
 今後とも宏輝システムズがタジキスタンにおいて関連事業を安定して展開してゆくためには、様々な課題に取り組む必要がある。
 まず、甘草根加工品の需要拡大が課題であるが、甘草根の利用については古代から続く用途に加え、多様な研究開発が宏輝システムズを含めて進められており、今後も需要の拡大が期待されている。
 次に絶え間なく変化するビジネス環境の中で、宏輝システムズは甘草根加工事業における国際的な技術優位を保って国際競争力を維持し、必要な収益をあげることが不可欠である。そのため、原料採集から加工、製品販売に至るすべての段階で、技術的・経済的効率を高めるための改善と工夫が各関係者によって重ねられている。
 タジキスタンでの甘草加工事業を安定して展開するには、Avalin工場の円滑な操業が前提となる。2011年に操業を開始したAvalin工場の経営は2015年に黒字となったものの、生産高は設計能力の半分にとどまっており、年間売上高は約2億円程度である。現在はまず、工場の稼働率を高めることが課題であるが、将来は市場の需要に見合った生産が行えるよう、甘草根の採取量や栽培規模などを特定し、製品の質を改善し、必要な資金を調達しながら事業全体を運営する経営手腕を高めることが期待されている。宏輝システムズの海外事業は、現地化が目標であるため、現地との連携を強めつつ経営の自立に必要な人材の育成に力を入れている。
 また、タジキスタンでの事業実施にあたり常に最優先すべきは安全確保である。Avalinの工場はアフガニスタン国境に近いため、近年のアフガニスタン情勢悪化とISの台頭が不安要因となり、2015年春以降、日本人が自由に現地訪問できない状況が続いている。今後も、常に最新の安全情報を収集し、敏感に状況の変化に対応してゆく必要がある。
 最後に、甘草根加工合弁事業を継続するには、タジキスタン政府との円滑な関係を保つ必要がある。そのため、タジキスタンの政治動向も重要な注目点である。2020年には大統領選挙が予定されており、これに向けて、現政権がどのような方針を打ち出すか、注意深く見守る必要がある。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

IISTサポーターズ(無料)にご登録いただきますと、講演会、シンポジウム開催のご案内、2010年度以前の各会及びシンポジウムページ下部に掲載されている詳細PDFとエッセイアジアをご覧いただける、パスワードをお送りいたします。


担当:総務・企画調査広報部