第152回 中央ユーラシア調査会 報告/ 「最近のカザフスタン事情」前駐カザフスタン大使、元駐ジョージア大使 蒲原 正義(かもはら まさよし)【2016/05/12】

日時:2016年05月12日

第152回 中央ユーラシア調査会
報告 「最近のカザフスタン事情」


前駐カザフスタン大使、元駐ジョージア大使
蒲原 正義 (かもはら まさよし)

1. 近年の経済状況に見られる変化
 2013年10月から今年3月まで、カザフスタンで勤務し、その間、カザフスタンの雰囲気は大きく変化したと感じた。赴任した2013年は、日本国内はリーマン・ショックが若干、落ち着いてきた時期で、赴任前に日・カザフスタン経済委員会の関係企業の方々とお話しすると、「カザフスタンは、これから重要だ」と言われた。このため、日本企業もまた外に目を向ける余裕が出てきたという印象を持った。
 一方、カザフスタンは1991年12月に独立宣言を出し、ソ連崩壊に伴う大混乱の中、5、6年は必死にあがいて経済を安定させた。それ以降は一貫して右肩上がりの経済成長を遂げた。唯一の例外はリーマン・ショック後の2009年だったが、1年後にはまた成長軌道に戻った。このように、当時は経済が非常に好調で、改革志向の強い経済運営をしていた。私が着任した当時、カザフスタン政府の関係者は鼻息が荒く、「資金の心配はしないでくれ。我々が欲しいのは技術やノウハウだ」、「費用はすべて我々が持つので、カザフスタンの能力ある人たちを受け入れて研修させてほしい」との要望をいただいた。このような話は、民間企業から政府部門まで、広範な要望として出されており、何度も私のところへ要請が来た。しかし、残念ながら日本企業は合理化を重ねており、それらの人たちを受け入れる余裕がないという状況だった。経済政策の担当者や企業経営の方々からすれば、無駄をどんどん省いた効率的な経営が必要ということであろうが、逆に余裕がない分、何か危機があると、それを乗り切る余裕もないという危うさを感じた。
 他方で、2014年2月になると、カザフスタンの通貨であるテンゲが20%切り下がるという予期しなかった事態が起きた。これについては、ルーブル・レートが弱体化したため、テンゲ切り下げにつながったということが一応、共通理解となった。そして、同年秋には、ルーブルが一層、暴落した。このときは、テンゲは頑張っていたが、昨年3月の大統領選挙後は値下がりに転じ、昨年秋には変動相場制に移行するという名目で、相当下がった。現在は、カザフスタンの人と新たに何か商売を始めようとしても、当分、向こうから新たな出資を期待することはできないような状況だと思う。このように、私が勤務した2年半足らずの間に、随分状況が変化したと強く感じて戻ってきた。
 実は、2014年秋のルーブル大暴落、石油価格暴落の際に、カザフスタンではソ連時代も含めて初めて、国民の一部が非常に良い目を見た。ある日、ルーブルがテンゲに対して半分に切り下がったため、才覚のある人たちはロシアへ行き、価格表示が変わる前に高級車や不動産を買いあさった。その後はカザフスタンで、カザフ人がロシアで購入した車が大量に売り出されたため、カザフスタンの自動車市場が大変な状態になった。そのような状況があったため、それ以降は、変動相場制への移行、実質的な切り下げとなっていったのだろう。

2. 外国からの投資を阻害する様々な要因
 カザフスタンの経済構造はロシアと非常に近く、基本的にまだ資源輸出国だ。2014年の石油価格大暴落は、カザフスタン経済にも大変なマイナス影響を与え、これが現在の弱気の背景にある。ナゼルバエフ大統領は早くから、「資源に依存する経済運営はもうだめで、製造業を育成しなければならない」と言い続けているが、実態はほとんど変わっていない。
 この点に関しては、経済的理由もさることながら、政治制度上の理由から生じる制約も多いようだ。体制が変わり、新しい憲法秩序が取り入れられたからと言って、ただちに、その下にあるすべての法律を見直す訳には行かない。特に日常の細かい規制を定めた実務的な法体系については、特にソ連時代は中小企業の育成という発想などなかったことから、様々な障害を生み出す要因となっている。この問題を解決しようと作られたのがNational Chamber of Entrepreneursで、一昨年末ごろに発足した。この機関にかなり強い権限を持たせ、経済活動に関する法律を新たに作る場合は、そこの企業家たちの同意を取り付けなければ議会で審議できないということになった。
 このような点では、非常に企業家サイドに立ったシステムを導入しようとしているが、世の中を変えるのは容易なことではない。例えば、外国からの投資の障害になっている外国人労働者の受け入れ方式なども、4、5年にわたって西側の大使が連名で改善を申し入れているが、なかなか動かない。時と場合によっては、ロシアやカザフスタンのような国の大統領は、全知全能で、ほとんど神に近い存在という見方もなされるが、腐敗対策にも見られるように、大統領が10年以上、「何とかしなければならない」と言い続けても、何も変わらない分野もある。
 実は昨日、非常に喜ばしいニュースを聞いた。近いうちに、カザフスタンがようやく、国際民間航空機関(ICAO)のブラックリストから落ちるという。そうなれば、日本からの直行便運航が可能になる。中央アジアで日本が重視する国はどこかと考えると、国力や政策の方向性等を考慮すれば、やはりカザフスタンだと思う。しかし、これまでは、日本との関係を拡大していく上で非常に重要となる、飛行機の直行便がなかった。このため、日本からカザフスタンへ行くには、他の国を回り、非常に時間をかけて行く必要があったが、直行便ができれば7時間半か8時間程度で行くことができる。今後の経済関係を考える際、日本から大きな投資案件が行く可能性は低く、やはり中小企業が中心になると考えられる。現在はほとんど手つかずの状態にあるカザフスタンの製造業や運送業などにおいて、日本の中小企業がパートナーを作れる可能性は大きく、短時間で行くことができる直行便の開通が重要となるだろう。カザフスタンと潜在的な経済関係を築いていけば、将来的にはカザフスタンから日本への投資も望めると思う。
 ただ、日本側のカザフスタン人に対するビザの免除は非常にハードルが高い。なぜ旧ソ連圏の国々に対して国ごとの基準を設けず、一律に厳しい基準を維持しているのかが、私には理解できない。特に、カザフスタンのように人口が希薄で、広大な領土や資源もあり、裕福な人も多い国には、不法就労目的で日本へ来るような人はいない。このため、査証免除をしても構わないと思う。それがなければ、韓国止まりになる可能性がある。あるいは、現地大使館が覚悟を決め、非常に簡便な手続きでビザをどんどん発行する努力をするしかないという気がする。

3. 大統領の権力基盤継承は最大のリスクファクター
 政治面では、カザフスタンでは独立から25年間、ナザルバエフ政権が続いてきた。また、経済情勢が落ち着き、成長路線に乗ってから20年が経過する。最近は、若い人たちの間で、大統領がいかに苦心して国を作ったかということを、全く皮膚感覚として持っていない人たちも増えているようだ。昨年秋ごろに耳にした話では、地方へ行くと、公然と大統領の悪口を言う若者も少なくないという。大統領の権威は、依然として大きいと思うが、このように若い人たちの感覚の変化も見られる。
 また、あまりにも長期にわたって大統領を務めていることから、良い情報や悪い情報が、しっかりナザルバエフ大統領のところに上がらなくなってきているのではないかという懸念もある。特に、最後の年次教書演説では、「物価が上がっていると言うが、自分の知っている店で視察したときには、こういう品目が値下がりしていた」と大統領が述べ、これを聞いた人たちは驚いた。テンゲが50%も切り下がり、日用雑貨、特に輸入品の値上がりが非常に顕著な中で、大統領がこのような発言をするのは、現実から遊離し始めているということではないかという印象を与えた。
 その後、3月に行われた下院選挙の結果を受け、閣僚全員がカザフ人になってしまい、カザフ化が着々と進んでいる。カザフスタンには120から130程度の民族があると言われ、現在進められているカザフ化政策には、急ぎ過ぎと思われる面もある。最近は、公務員の一定レベル以上は皆、カザフ語の試験を受けなければならないとされている。今後も多民族国家であり続けるであろうカザフスタンの政治を、どのように舵取りしていくかという問題がある。ナザルバエフ大統領はその辺で非常にバランス感覚があり、大変な社会的混乱の中でも、民族対立や宗教対立は一切、起きなかった。中央政府のトップが全員、カザフ人になるのが本当に良いことなのかどうかについては、今後、見極めていく必要があるだろう。
 昨年はユーラシア経済同盟が発足したが、実業界の評判は極めて悪い。条約の精神に反するような国境における検査や検問、そして入域の不許可、送り返しが、ベラルーシとロシアやカザフスタンとロシアの国境で頻発している。そもそも、これを言い出したのはナザルバエフ大統ということだが、これはソ連が崩壊し、新しい産業連関表ができていないような時代に出されたアイディアだ。外国からの投資がある程度、入って販路もでき、近隣諸国間の経済関係も徐々に発展している現在における必要性は、全く異なる。今後、制度を細部まで決めるには相当な時間が必要で、当初、期待されたような運用がなされる保証もない。現に、ロシアの国境当局が、期待とは逆の行動をとる場合が、かなり生じているようだ。
 最後に、ナザルバエフ大統領の在任中には、カザフスタンが大変な状況になることは、おそらくないとみている。しかし、その後はしっかり後継者を指名し、それをバックアップして円滑に権力基盤の継承を行い、カザフスタンが問題なく発展していくということには、必ずしもならないだろう。現在の雰囲気を見ると、内部の対立が激化し、混沌とした状況が長く続くようなことは、あまり想定されない。ナザルバエフ大統領がいなくなった場合、どのような状況になるかはわからないが、それが潜在的に最大の不安定要因、リスクファクターであることは間違いない。いずれにしても、現在の大統領任期中または任期の最後にそれが来る可能性は極めて高い。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部