第154回 中央ユーラシア調査会 報告/ 「自動車市場から見たロシア経済」双日株式会社 自動車本部 担当部長 前ロシア社長 兼 モスクワ駐在員事務所長 兼 サンクトペテルブルク駐在員事務所長 金子 雅昭(かねこ まさあき)【2016/07/22】

日時:2016年07月22日

第154回 中央ユーラシア調査会
報告 「自動車市場から見たロシア経済」


双日株式会社 自動車本部 担当部長
前ロシア社長 兼 モスクワ駐在員事務所長
兼 サンクトペテルブルク駐在員事務所長
金子 雅昭 (かねこ まさあき)

1. 近年のロシアの自動車市場
 過去10年のロシア経済については、国内総生産(GDP)は2007年が+8.5%で最も良く、2009年は
-7.8%で最悪だった。他の様々な指標も加えて見ると、2005年と2009年、2015年が特に悪かった。
一方、自動車販売市場については、2011年から昨年まで、世界市場での販売台数は年8000万から9000万台で推移している。最も多いのが中国で、米国がこれに続く。そして、かなり水をあけられているが、3番目に多いのが日本で、約500万台で推移している。さらに、ロシアを含む11ヵ国で年6000万台から7000万台の販売台数がある。2011年から2013年には、ロシアは欧州ではドイツに次いで2位になり、2015年には3位で、今年上半期は5位だった。2015年の世界ランクは11位で、トップ10からはずれている。
 2002年から昨年までの、ロシア国内の新車の販売台数と生産台数を見ると、販売台数は2008年が最高で300万台に若干、届かなかった。その後はリーマン・ショックで大きく落ちたが、再びゆっくり上昇し、2012年には280万台となった。しかし、翌年からは減少し、昨年の販売台数は前年比-35.7%で160万台となった。内訳を見ると、欧米ブランドが3割で、韓国車と日本車が2割、中国車が2.4%、ロシア車は2割となっている。前年比では韓国車が4.3%増加、ロシア車が2.7%増加したが、他は軒並みマイナスだ。販売台数がこのような状況なので、生産台数もおのずから減っている。2015年の生産台数は120万台で、前年比-27.7%だった。
 ロシアの新車販売は通常1月が低く、その後に上昇して年末に向けて上げる傾向。2012年と2013年は同じ様な線形だが、2013年は販売が落ちてきている。2014年は4月から下降し9月に反転。2015年はここ10年でマクロ経済が悪い状態で前年の勢いはなかった。
 続いて、新車販売台数とブレント油価を見ていきたい。2012年と2013年は、自動車市場の季節的要因が一部出ているが、両者ともほぼ安定した動きだった。2014年は4月以降に下降線をたどり、自動車販売の反転に際してブレント油価が急落した。2015年も1月から7月までは同様の動きで、その後、油価が1バレル=50ドルを割ったが、販売は何とか持ちこたえた。現在は、両者とも再び同様の動きだ。
一方、新車販売台数と1ドル当たりの対米ドルのルーブル為替の動きを見ると、2014年11月まではルーブル自体がいわゆる管理変動相場制だったため、流動性は見出せない。しかしながら、変動相場になってからルーブルが急落し、2014年末は自動車の販売台数が増加したが、2015年に入ると月15万台を超えないレベルでずっと推移した。その間の販売台数とルーブル為替の動きは、ほぼ似た動きとなっている。

2. 2015年は政府の支援策が支えに
 2013年後半頃からは、現場にいてよく自動車市場がおかしくなっていると感じた。2013年末に向けて、各社とも2013年モデルの在庫を一掃するため、ローンの頭金軽減や特別金利の適用、オプションの値引きなど、様々な特別キャンペーンを打ち出したが、予想外に販売が伸びなかった。これに引きずられ、2014年初めには値引き合戦が激化した。背景には欧州の景気悪化があり、ロシアでも購買意欲が減退したと感じた。それを示すものとして、実質可処分所得の伸びが前年度比で低下している。
 そして、2014年はロシア経済にとって非常に厳しい年となった。表題を付けるとすれば、「対ロシア金融制裁と三重苦『油価下落、インフレ率高騰、ルーブルの急落』」となるかと思う。ウクライナ問題の発生で欧米による対露制裁が始まり、特に金融制裁によってロシアの銀行の国外における調達力が低下した。油価は9月以降に下落し、ルーブルは11月の変動相場制導入後に急落、インフレも同時に急騰した。自動車市場を見ると、3月以降が下降線になっている。9月からは、ロシア政府の買換支援策がある程度、功を奏したようで反転し、12月単月では2012年や2013年の同時期を抜く販売台数である約27万台を記録した。しかし、対露制裁や金融制裁の発動に加え、年末の急激な政策金利の引き上げによって銀行の個人貸し出し、そして自動車ローンが厳格化し、その結果、翌年の販売に響いていく流れとなった。
 2015年春先には一瞬、潮目が変わるかと思ったが、経済は回復しなかった。2014年12月にはルーブル急騰による駆込み需要があったおかげで、小売売上げは+5.3%となったが、反動で年初は低迷した。また、景気停滞で国内投資も手控えの状況になり、1月単月でもインフレ率が+3.9%を記録した。その後は4月から7月には油価が1バレル=55~65ドルとなって、ある程度安定し、為替も1ドル=50~60ルーブルに戻った。インフレ率は低下して0.5~0.8%という状況だったが、またもや年末に油価とルーブルが下落し、二重苦が響いた。自動車の販売台数を見ると、残念ながら、月平均15万台を超えない状況が続いた。為替については、2014年平均で1ドル=約40ルーブルだったのに対し、2015年には約60ルーブルとなった。このため、日本や欧米からの輸入完成車や、ノックダウン部品で現地組み立てをする車のルーブル建て販売価格が異常な高値となった。新車のルーブル価格は、乗用車では前年比で2割強上昇し、購買力はさらに削がれた。
 自動車は発注から生産完了までに、約3ヵ月の期間を要する。日本製の場合、そこから海上輸送で輸出するため、ロシアのディーラーによる店頭販売までに、さらに3ヵ月を要し、全体で6ヵ月程度の期間が必要となる。2014年末から2015年第1四半期の状況を見ると、景気の戻りが不透明で全く読めない状況だった。発注から店頭に並ぶまでの6ヵ月間、先の見通しも全く不確実ということになるため、各自動車メーカーは発注を手控えた。なお、欧州車の場合、生産完了までは、ほぼ同様の期間を要するが、その後の輸送に必要となる期間が短い。1ヵ月から1.5ヵ月程度かかるが、この期間が短い分、日本勢より先の市場リスクが小さいということになる。このように重苦しい状況だったが、2015年の自動車市場の落ち込みを何とか支えてくれたのはロシア政府の支援策だった。自動車ローンの金利補助や自動車リース料金の値引き補助、そして買換支援の「スクラップ・インセンティヴ」が実施された。合計430億ルーブルの予算が割り当てられ、これらの支援策が同年4月から導入された結果、約56万台が販売されたといわれる。

3. 来年以降の販売台数は微増が続く見通し
 2016年上期についても、既に結果が出ている。年初から油価、ルーブル共に上昇し、昨今の油価は1バレル=45~50ドル、為替は1ドル=63~65ルーブルになっている。インフレ率については昨年4月から、さらに落ち着きを見せている。一方、対露制裁は6月に半年延長という結果が出されているが、シリアや難民問題への対応、英国の欧州連合(EU)離脱、ガス供給等、諸々を見ると、EUとて一枚岩になっておらず、綻びが窺えるようだ。
 国際通貨基金(IMF)によるロシアのGDP成長率見通しは最近、上方修正された。2016年については従来、-1.5%とされていたのが-1.2%となり、インフレ率は2016年末で6.6%と発表された。このように、ロシア経済には戻りの兆しも感じられる。昨年の自動車販売を支えたロシア政府の購入促進支援も継続され、政府はこれを梃子に62万台の販売を見込んでいる。今年6月の新車販売台数は約12万3000台で、2016年上期では前年同期比で-14%程度の約67万2000台となっている。欧州ビジネス協会(AEB)が発表した予想では、下期の販売台数は前年同期比で-6~7%となり、通年では前年比約10%減の144万台となる見込みで、年初の予想が5%引き下げられた状況だ。
 来年以降については、ロシア経済が緩やかに回復するとみており、自動車の販売台数は微増の積み重ねとなりそうだ。ブレント油価は、米国エネルギー情報局の予想によれば、2016年がバレル平均43.03ドルで、2017年には51.82ドルとなる。これを前提に予想すると、為替はおそらく1ドル=60~65ルーブルとなりそうだ。一方、インフレ率はロシア中央銀行の予測によれば、2017年、2018年とも4.0%となっている。対露制裁は2016年末に、解除は無理でも緩和されれば、ロシア経済は緩やかな回復時期に入ると予想している。ロシア中央銀行のGDP予測は、2017年が+1.1~1.4%、2018年が+1.6~2.0%で、IMFの予測は2017年が+1%、2018年が+1.2%、インフレ率は2017年が5.2%、2018年4.0%となっている。
 今後の自動車市場に関してロシア産業貿易省は、NegativeからOptimisticまで4つのシナリオを出している。これによると、自動車の販売台数は、Optimisticシナリオで、2025年に290万台まで増加するとされ、私は非常に慎重な予測だと思っている。その背景には、ルーブル為替、そして政策金利の水準という2つの要因があるかと思う。1つ目について言うと、2012年には280万台が販売されたが、当時の平均レートは1ドル=約30ルーブルだった。しかし、2015年には平均1ドル=60ルーブルとなっており、これが将来的に30ルーブルに戻ることはあり得ない。このため、販売も苦戦が続くとみられる。政策金利に関して言うと、引き下げてきてはいるが、まだ10.5%で今後の引き下げのシナリオは見えていない。これが下がれば自動車ローンの金利も下がり、顧客、個人が購入しやすい環境が整うと思う。
 2018年には、ロシアでFIFAワールドカップが開催される予定で、ロシア経済は回復基調に入ると思う。しかしながら、自動車は発注から現地販売までのタイムラグが非常に長く、半年ほどある。このため、傾向を読んで発注をどのようにするかという点で、非常に神経質にならなければいけない。ロシアの産業貿易省が出しているシナリオが当たる可能性は高いと読んでいるが、政策金利が下がり、自動車ローンの金利も低下して、活用者数が増えれば、2025年を待たずに300万台の市場化も加速していくのではないかと思う。政府の支援策継続も、販売復活には欠かせない梃子だと考えている。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部