第155回 中央ユーラシア調査会 報告/ 「混迷するトルコ情勢」独立行政法人日本貿易振興機構 アジア経済研究所 地域研究センター 中東研究グループ 研究員 今井 宏平(いまい こうへい)【2016/09/13】

日時:2016年09月13日

第155回 中央ユーラシア調査会
報告 「混迷するトルコ情勢」


独立行政法人日本貿易振興機構
アジア経済研究所 地域研究センター
中東研究グループ 研究員
今井 宏平 (いまい こうへい)

1. 増加するテロ
 トルコではここ1年で、イスラーム国(IS)とクルディスタン自由の鷹(TAK)と呼ばれるグループによるテロが、計9回勃発した。昨年6月の総選挙では、2002年11月から約12年半にわたり、単独与党だった公正発展党(AKP)が、初めて単独与党になれなかった。そして昨年7月以降、治安が悪化し、クルディスタン労働者党(PKK)との停戦が破棄され、6、7月にはISのテロが起きた。連立交渉がうまくいかなかったため、11月に再選挙を行うこととなり、AKPは治安対策を徹底的に行うことを国民にアピールした。そして、PKKとISに対する対策を強化した。
 トルコで起きているISのテロは、トルコ人のISメンバーが行っているものがほとんどだといわれる。トルコのISのリーダーはシリア国境のハタイ県出身の、イルハミ・バルだ。元はアルカイダに属し、その後はヌスラ戦線からISに移り、トルコ政府に敵対心を持っているという。そして、リクルーターのムスタファ・ドクマジュが、トルコ南東部のアドゥヤマン県の若者を中心に自爆テロ犯をリクルートしており、これまで200~400人程度がリクルートされたといわれる。このグループはドクマジュラル・グループ、アドゥヤマン・グループと呼ばれ、今のところ大規模テロは、このグループによる自爆テロだという。
 もう1つ、トルコのISの重要な担い手はクルド人だ。1984年からテロを起こし、武力でトルコからの分離独立を達成しようとしてきたのがPKKだが、クルド人は多様でPKKに敵意を持つ人も多い。1990年代には、トルコ・ヒズブッラーのようなPKKに対抗する組織とPKKの抗争が激しかったが、トルコ・ヒズブッラーは2000年代に入り、解体された。しかし、それらからISに加わった人たちもいるという。PKKのクルド人は世俗主義者が多いが、ISに加担する若者にはイスラームの教えに熱心なクルド人が多いという。
 一連のテロの中でも、6月28日にイスタンブルのアタテュルク国際空港で起きたテロは毛色が異なり、トルコのISではなく、旧ソ連系のISメンバーが実行したといわれる。なぜ、このタイミングで旧ソ連系のISメンバーがテロを起こしたのか。1つ考えられるのは、その直前にトルコとロシアが関係を修復したので、それに対する警告だったということだ。あるいは、その命令はIS本部から出ており、トルコのISだけでなく、IS本体からも全面的に攻撃をするというメッセージだったのかもしれない。

2. 7月15日のクーデタ未
 トルコのクーデタ未遂は7月15日、エルドアン大統領とAKPに不満を抱く軍部の一部が試みた。一時はイスタンブルとアンカラの一部の重要施設を占拠し、軍のトップを拘束したが、結果として失敗した。トルコでは7月末から8月初旬に人事を決定する高等軍事評議会(YAŞ)が行われる予定であり、その際、AKPに不満を持つ軍人たちが大量に排除されるという噂があった。このため、それに先んじて実行に移されたといわれる。さらに、エルドアン大統領やユルドゥルム首相らが、高等軍事評議会より早い段階で反対勢力を排除する予定だと反乱グループが気づき、7月15日に決行したともいわれる。ただ、かなり前倒しで実行したので計画どおりには行かなかった。また、クーデタには統合参謀総長や陸軍、海軍、空軍、国内治安維持軍の総司令官は参加しておらず、正統性という意味で軽さが残ったほか、36年前の1980年クーデタとほぼ同じ手法で行われていたこともあり、成功の余地はあまりなかった。過去に成功したクーデタは有力な野党の政治家や国際社会との関係を構築し、国民の支持が得られるような状況で実行されたが、今回のクーデタにはそのような根回しもなく、300人近い死者も出たことから、国民から支持されなかった。
 クーデタ未遂の話で必ず出るのが、フェトフッラー・ギュレン率いるギュレン運動だ。ギュレンは1938年生まれで、宗務庁の説教師として1960年代後半から働いていた。そして、宗教の宣伝や結社の設立を試みたということで、1971年に一度、逮捕されている。1999年には病気療養ということで渡米し、その後は米国にいる。ギュレン運動は1970年代ごろから本格的に布教活動を始め、2000年代にはパラレル国家構造といわれるほど政治的な影響力を持った。いわゆる新興宗教で、特にイスラームの中でもスーフィズムと呼ばれる、イスラームの礼拝や断食などの行為よりも、その真理、内面を探求する一派の流れを汲む。また、トルコ・ナショナリズムを組み合わせ、トルコ人に人気があった。トルコ共和国建国の理念の中心である、政教分離、世俗主義を重視している。政治への関与には積極的だが、独自の政党は持たない。他方で、教育活動や国際的なネットワークも重視している。1990年代はとりわけ、ウズベキスタン以外の中央アジアに広がり、アフリカにも支持者が多かった。様々なメディアを持っているほか、寛容、宗教的対話や奉仕など、西側世界が好むような言説をうまく使っている。いわゆる穏健なイスラームで、欧米でも人気があり、米国では有力な議員への献金もしているそうだ。
 トルコの公正発展党が2002年11月に選挙で勝利して以降、穏健イスラームというくくりで共通点もあり、ギュレン運動と仲が良かった。しかし、2012年ごろから仲違いし始めた。様々な事件があるが、決定的だったのは2013年秋に公正発展党が、ギュレン運動の人たちが運営している学生寮を閉鎖したことだ。これに対抗し、ギュレン運動は公正発展党幹部の汚職疑惑をリークし、両者は完全に仲が悪くなった。トルコ外務省が昨年10月ごろに出したテロリストのリストには、最も有力なテロリストとして、PKK幹部らやIS幹部らと並び、ギュレンが載っている。また、今回のクーデタ未遂ではギュレン運動がどこまで絡んでいたのかはわからないが、1つ明らかになったのは軍部の凋落だ。元々、軍部はトルコ共和国の首謀者といわれたが、今回のクーデタは国民からの支持も低く、政軍関係では圧倒的に政府の力が強かった。

3. ロシアとの関係
 トルコとロシアの関係は、ロシアのシリア空爆前までは良好だった。ロシアは昨年9月30日からシリアを空爆しているが、その後もトルコとロシアは何とかうまくやっていた。ただ、ロシアのロジックは、ISと本格的に戦うためには反体制派の中にいてISに共感しているヌスラ戦線も攻撃しなければいけないというもので、反体制派にも空爆を行っていた。反体制派にはとりわけ、トルコ系のトルクメン人も含まれるため、トルコはこれに、かなり反対していたといわれる。
 ロシアが空爆を始めてから、ロシア機、もしくはシリア機がトルコの領空を侵犯しており、トルコでは10月前半、ダーヴトオール首相が「ロシア機やシリア機がトルコ領空を侵犯した場合には、撃ち落してもよい」と決定したようだ。そして、何度か警告したが、決定に基づいて11月24日に、実際に撃ち落としたといわれる。これにより、トルコはロシアによる経済制裁を受け、ビザなし渡航も禁止になった。これによって、ただでさえISやPKKのテロなどによって観光客が減る中で、ロシア人観光客がほとんど来なくなり、トルコの観光産業は大きな打撃を受けた。また、ロシアはトルコにとって主要な石油や天然ガスの輸入国で、特に天然ガスは55%をロシアに依存している。このため、供給を停止されれば非常に困るという事態に陥った。さらに、ロシアがトルコで進めていた原発事業が一時停止になったほか、トルコ経由でロシアの天然ガスをヨーロッパに輸出するパイプラインである「トルコ・ストリーム」の計画も凍結された。
 トルコのシリアにおけるスタンスには2つの柱があり、1つの柱はアサド政権を退陣させることだ。そして、もう1つの柱は、民主統一党(PYD)や、その軍事組織である人民防衛隊(YPG)など、クルド人勢力がシリア北部で自治を実現することへの反対だ。トルコはPYDやYPGをPKKの組織の一部とみているので、その自治に反対している。他方で、シリアのクルド人勢力は、シリアにおいて唯一、ISに対抗できる軍事力を持つ人たちとみなされている。2014年秋ごろから米国などに重用されており、ロシアとトルコの関係が悪化すると、ロシアもこのクルド人勢力に加担するようになった。これによって、トルコはシリアにおける目標の達成が危うくなった。トルコとロシアは6月29日に、何とか関係を正常化し、翌日には経済制裁が解除された。8月9日にはエルドアン大統領がロシアを訪問し、プーチン大統領と会談して原発事業の再開確認と、観光客向けのチャーター便再開、「トルコ・ストリーム」の計画推進を決めている。さらに、対テロ/対ISで協力を確認したということで、急激に関係が改善している。

4. おわりに
 現在、公正発展党が基本的な目標として掲げるのは、以下の3つである。第1に、強い大統領制を実現し、エルドアン大統領に絶大な権力を持たせようとしている。第2に治安維持があり、ISとPKKのテロを根絶したい。これができなければ観光客は戻らず、今以上の経済的な伸びも見込めない。第3に、中東でイニシアティブを取り、「中心国」外交を展開したい。また、ロシアとの関係が改善したことから、先に述べたシリア内戦に関するトルコのスタンスの2つの柱では、前者に当たるアサド政権の退陣について妥協する可能性がある。トルコは8月24日からシリアに越境攻撃しており、後者のクルド人自治区については絶対に認めない姿勢だ。今後はどの程度、ロシアとの関係を維持し、アサド政権との関係を正常化していくかが、シリア内戦に関する1つの大きな焦点になる。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部