平成28年度 第4回 アジア研究会 テーマ『アジア新興国経済の動向』 報告 新興アジア経済と中国の新対外戦略:「一帯一路」に注目して 東京大学社会科学研究所 伊藤 亜聖(いとう あせい)【2017/01/18】

日時:2017年01月18日

テーマ『アジア新興国経済の動向』

平成28年度 第4回 アジア研究会
報告 / 新興アジア経済と中国の新対外戦略:「一帯一路」に注目して


東京大学社会科学研究所 講師
伊藤 亜聖 (いとう あせい)

1. 中国経済の変化の方向性
 中国経済の変化について、中長期的観点から3つの方向性が重要だと考えている。1つ目は中国産業(製造業、IT産業)の高度化で、これは研究開発支出額や特許、最近では宇宙開発やAIの論文数などをご覧いただければ分かると思う。また、深センを中心として、中国のハイテク・イノベーティブベンチャー企業が出てきている。例えばドローンメーカーのDJIは、コンシューマー向けドローン市場で世界シェア7~8割を占める。このような企業が出てきた事も、高度化の一番分かりやすい例である。
 2つ目は国有企業を始めとする構造改革や調整で、特に中央政府よりも地方政府の政策が効果を出している。ただ、構造調整の悪いニュースといえば、鉄の過剰生産能力が一向に解決する気配がない。例えば、供給側改革という政策には「遅れた生産能力を削減する」、「優れた生産能力を増やす」と併記してある。その結果、グロスで見た生産能力が拡大するという矛盾した状況が生じている。他方でサービス業の成長が非常に強くなってきているという良い面も見られる。
 3つ目は「拡張」で、中国国内に投資の余地がなくなってきたため、新興国に投資するという「一帯一路」である。2015年には中国からヨーロッパに繋がる物流網を作ろうという記事が新華社から出たり、国家発展改革委員会からは「一帯一路の展望と行動」という文書も発表されたりしている。これを我々は、経済面でインフラを整備してコネクティビティを上げ、政治面でオバマのリバランス政策に反応していると解釈していたが、その後、一帯一路は何でもありという状況になった。あらゆるセクター、地方、国のプロジェクトは、取り纏め役がいない状況でどんどん進み、中国国内では一帯一路バブルに近い状況が生じた。良くも悪くも一帯一路は加速してきたといえる。
 これらの変化を総合すると、これから10年ぐらい、中国は構造的な問題を抱えながら、高度化し、拡張していくと思われる。はっきり言えば、「ハイテクで、グローバルで、しかし構造問題を抱えた中国経済」の登場だ。

2. 貿易面から見た中国と新興国の関係
 過去の15~20年を見ると、中国の輸出先は先進国が8割の時代から徐々に下がり、中所得国の比率が上がってきた。特に2000年代以降、非OECD諸国との貿易ネットワークは急激に進化している。例えば2010年のOECD諸国との取引関係は、日本と中国でそれほど差はないが、新興国との取引数で比較すると大きな差が出る。取引数の差が一番大きい国は北朝鮮で、その次にキルギスタン、ウズベキスタン、カザフスタンなどの中央アジアである。それからベラルーシ、アルバニア、ジンバブエなど、日本とはあまり取引のない国々が目立つ。恐らく、OECD諸国があまり取引関係を持っていない国々が一帯一路の主要なターゲットで、新興国全般との経済関係、ひいては政治的関係を強化しようとするイニシアチブだと考えられる。
 2012年に白石隆先生が中公新書から出した本に「東アジアで中国の存在感は高まっているが、影響は限定的」という仮説が載っている。なぜ限定的なのかというと、東南アジアの国々は一国に依存しないようにリスクヘッジしている上に、華僑は西洋的な価値観を持つアングロチャイニーズである。また、東南アジア諸国は既に国際貿易に組み込まれているため、中国がいくらGDPとして大きくなっても、東アジアを変えられないという事だった。他方でASEANの地域と中央アジアの地域を、貿易額などで比較すると随分異なる。つまり中央アジアは部品貿易や部品ネットワークに組み込まれておらず、東南アジアのロジックでは解けないのだ。
 ここでカザフスタンの事例をご紹介する。カザフスタンはソ連が崩壊して独立した後、マイナス成長の時期を経て、2000年代にエネルギー輸出で急成長する。しかし原油価格が下落して、経済危機に陥った。この危機を脱するために、ナザルバエフ大統領が「ヌルル・ジョル(光明の道)」という経済政策を打ち出した。この政策は、習近平国家主席がカザフスタンを訪問した1年後に出たものだ。光明の道政策の大きな柱はインフラ建設で、中国と国境を接する地域の整備も含まれる。中国も一帯一路とカザフ側の光明の道政策をリンケージさせようとアピールして、昨年の10月には両国首脳のサインが付いた文書が発表されている。
 カザフスタン有識者は「一帯一路はless formalizedだからこそ、well-foundedでfunctional。ユーラシア経済同盟は協定等の縛りが非常に厳しい」という見方を示している。その一方でカザフスタン国内にも中国脅威論は存在する。例えば中国通のDr. Syroezhkinは、一帯一路の最終的なゴールが不明だとして、非常に懐疑的である。今後も先進国や先進国企業を介さない関係、「中国・新興国ネクサス」は深まっていくと考えられ、実際にカザフスタンの事例を見ていても、あり得る事だと思う。機会があれば、今年開催されるアスタナ万博に行って、確認したい。

3. 多面化する「一帯一路」とその変貌
 さらに一帯一路には新しい側面が出てきている。例えばFormalでInternationalなところにはAIIBがあったり、FormalでDomesticなところにはシルクロードファンドが見られたりする。その他にも様々なプロジェクトが存在し、民間企業が入っているものや、中国企業が国際的な事を行っているものがある。そして2015年9月には「The Belt and Road Initiative(BRI)」という宣言もあった。これは既存のプロジェクトの地域以外にも、拡張する余地がある事を含意している。最近ではUNDPやヨーロッパ復興銀行などを含む、40の国や国際組織が一帯一路に関する協力協定、または備忘録を調印したと発表された。そして現在、米大統領がトランプ氏に変わり、反グローバリゼーションがヨーロッパでもアメリカでもあり得るという状況下で、一帯一路が何を意味することになるのか考えるべきである。
 昨日、1月17日、習近平国家主席がダボスで45分間に及ぶ長い演説をした。彼は「グローバライゼーションは悪者ではない」、「中国は苦労して世界の経済の中で活動をしている」と言及した。そして国際政策について「中国は力を入れて、対外開放構造を作る」、「アジア太平洋自由貿易協定(FTAAP)を推進する」、「全面的に協力関係の協議を進める」、「グローバルFTAネットワークの建設に向かう」などと言い、その文脈で一帯一路が登場した。また、「今年の5月に中国・北京で一帯一路の国際協力ハイレベルフォーラムを開催する。ここで世界経済が直面している問題の解決策を見いだそう」と話しており、恐らく、中国はそのフォーラムで、グローバライゼーションの中で何をするのか提案するのだろう。
 そして目に見える次元ではなく、デジタルな次元での一帯一路、「Digital Belt and Road」が登場している事についても考える必要がある。見えやすいのはパキスタンなどのインフラ建設で、シルクロード基金のホームページに、どこの国有企業が何億円受注したと書いてある。それに対して、昨年の後半に東南アジア、南アジア、西アジア、北アフリカなどに空間衛星気象情報の共有をするという空間情報経済回廊建設の話が出た。これについては中国の衛星網・北斗を利用したり貸与したりしてデータを与えると、私は理解している。
 この他にも中国科学院主導で「Digital Belt and Road Initiative」が始まり、中国企業もアクティブに動いている。例えばEコマースのアリババも一帯一路を意識して、タイCP(チャロン・ポカポン)グループと共同で、ASEANに通用するEコマース会社を設立するそうだ。その他には一帯一路、アリババ、カザフスタンという繋がりもある。昨年のアスタナ経済フォーラムにはジャック・マーが参加し、通信大手郵政公社とEコマースの決済機能に関するMOUを締結した。今年もアスタナで万博があるため、また新しい動きが出るだろう。
 ここまでの結論としては、中国は中央アジアが国際生産ネットワークに入っていないからこそ、別のロジックで発展の機会を提供していると言える。それはインフラでグローバル・バリュー・チェーンに入ろうという生産ネットワークベースの議論ではなく、インフラを作ったら豊かになるという、別の経済発展論である。特にカザフスタンにはそれが効きやすく、一帯一路を奇貨として成長するプロジェクトを立案している。
 日本への示唆に関しては、一帯一路が提起している本質的な問題を見極める必要がある。つまり、中国が中国発の、そして中国式のグローバライゼーションを提案してきた場合、日本はどう対応するか、どう適応するのか考えなければならない。一帯一路はゼロサムとプラスサムの両方があると感じている。例えば新幹線の受注競争はイチかゼロで、どこかの国しか受注できない。インドネシアの高速鉄道の場合には日本はゼロで、中国はイチ、実際は足すとプラスになるのだが、日本国内の受けとめとしてはゼロサム的な把握だったと思う。ところがプラスサムの一帯一路には、中国の政策投資で建設された工業団地に日本企業が入居するという事例がある。中国が建設した道路の上を日本車が走るということも当然生じる。つまり、一概に中国企業の対外経済活動が、日本にとって失注、マイナスに繋がるというわけでもない。また、デジタルな一帯一路は分からない事も多く、今までのインフラや鉄という発想以外の視点からも、一帯一路を見なければならないだろう。
 昨年の秋、中国の国務院発展研究センターのチョウ・シンペイ主任がいらっしゃった時、私は「『一帯一路』といったとき、日中関係の代名詞である『一衣帯水』という言葉もある。2つの四字熟語があるわけだが、4つの漢字のうち2つの漢字は一緒だから、日本は半分ぐらい協力できるのではないか」と発言したら、笑っていた。日中関係の基本的な文書には戦略的互恵関係と書かれてあり、その立場から検討してみてもいいと思う。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部