平成29年度 第1回 アジア研究会 テーマ『アジア新興国経済の動向』 報告 フィリピン:急成長する若き大国 日本銀行 金融機構局 金融第1課 元国際通貨基金(IMF)アジア太平洋局フィリピン担当エコノミスト 井出 穣治(いで じょうじ)【2017/06/15】

日時:2017年06月15日

テーマ『アジア新興国経済の動向』

平成29年度 第1回 アジア研究会
報告 / フィリピン:急成長する若き大国


日本銀行 金融機構局 金融第1課
元国際通貨基金(IMF)アジア太平洋局フィリピン担当エコノミスト
井出 穣治 (いで じょうじ)

1. 急成長を遂げるフィリピン
 一般的にフィリピンは、「アジアの病人」、「製造業が弱い」、「貧富の格差が大きく、治安が悪い」、「政情不安が頻発する」、「日本から近くて遠い国」というイメージが強かった。しかし、ここ数年は、「アジアの希望の星」、「サービス業主導の独自の経済のビジネスモデル」、「中間所得層の拡大」、「アキノ前政権以降の政治の安定」とイメージが変わりつつある中で、日本企業の視線もかなり変化した。特に2010年~2015年の成長率は6%を超えて、ASEAN主要5カ国の中で一番成長している。
 今の経済規模をASEAN10カ国と比較すると、2位集団に位置しており、マレーシアやシンガポール、タイと同程度である。また、人口は1億を超え、人口大国になりつつある。平均年齢もかなり若く、ポテンシャルが非常に高い。1人当たりの名目GDPの水準は、約3000ドルと東南アジアでは真ん中辺りだ。この3000ドルというのは、自動車などの耐久消費財がたくさん売れ始めるときで、フィリピンでもそのような動きが出てきている。地理的条件としては、フィリピンは日本から飛行機でわずか4時間半と非常に近く、距離的な近接性は日本とフィリピンの関係を考える上で、大事な視点だと思う。
 フィリピンは「消費だけで、投資がほとんどない国」とよく言われていたが、2016年頃から耐久財の投資や建設業の投資が活発になり、資本蓄積も進んでいる。特に自動車などの車両機器が猛烈に伸びてきた。さらに中間所得層も2020年~2030年にかけて、かなり増えていくと予想される。このようなことを踏まえて、JBICの海外進出先の有望度ランキング調査で、2016年度は8位に入り、企業の注目度が高まっている。
 成長の源泉の1つは、出稼ぎ労働者の送金だ。およそ1000万人が海外で働き、送金額はGDP比の10%ほどと、日本ではあり得ないような特異なビジネスモデルで成長した。特にアメリカには非常に多くの労働者がいる。しかし、トランプ政権の下、移民政策が変われば、今後アメリカからの送金が続くのだろうかという懸念もある。ただ、最近フィリピンの労働者は医者や弁護士、看護師など、かなり付加価値の高い産業に就いているほか、中東など、いろいろな国に行っているというかたちで地域分散を図っている。そのため、トランプ政権になっても大丈夫だという声がフィリピンには多い。
 産業面ではIT-BPO産業、いわゆるサービス業が成長を牽引している。その半分はコールセンターで、最近は企業の人事、会計、財務などのバックオフィス事務も増えている。そして、少しずつ裾野が広がっているのは、ソフトウェアの開発や、ゲーム・アニメーションの開発だ。この産業の売上高は右肩上がりで、現在はGDP比の10%ぐらいを占める。フィリピンにとって、出稼ぎの送金とサービス産業は外貨を獲得する非常に重要なツールになっており、他のアジアの国とは一線を画している。
 成長の源泉の3つ目は、人口ボーナスだ。フィリピンの人口ボーナス期は2050年ぐらいまで続くと言われ、東南アジアの主要国の中で一番長い。人口ボーナス期では生産年齢人口が増え、貯蓄率も増加し、結果として投資が促進される。そして、大人と子供の比率が変わり、教育にお金を使い、長い目では生産性も上がっていくと言われている。
 また、成長の源泉で大事な論点は、マクロの経済環境と政治の安定だ。昔のフィリピンは債務危機が頻繁に起きて、財政が悪かった。インフレも起きやすかったが、公的な債務残高は過去10年間減り続けている。これはアロヨ政権のときから、財政を緊縮することで、市場の信用を得ようという努力がされてきた。同時にインフレ率は3%ぐらいと、かなり安定している。常に政情不安も起きていたが、アキノ政権とドゥテルテ政権で政治的に安定し、海外の投資家から評価されつつある。
 このようにポジティブな面もある一方で、克服すべき課題もある。まず1つ目は所得格差で、貧困率も非常に高い。マニラ首都圏の1人当たりGDPは8000ドルから1万ドルと成長しているが、他の地域の成長スピードは遅い。また、ミンダナオはその豊富な天然資源や、ドゥテルテ大統領の出身地として今話題となっているが、マニラと比べると1人当たりGDPが100分の1ほどの地域もあり、開発が非常に遅れている。雇用についても、失業率は4%~5%と高くないが、準失業率が労働力の2割を占めており、なかなか改善していない。
 さらに、克服すべき課題としてはインフラ不足も挙げられ、これはフィリピンの製造業が成長しなかった大きな理由の1つでもある。例えば道路事情をみると弱く、大雨が降ると途端に水が溢れて動けなくなる。また、頻繁に停電し、電気料金も非常に高い。その上、大きな台風が来る度に死傷者が出ており、これはインフラが弱いことが大きく関係している。このようなインフラ不足により、製造業の企業はなかなか進出したがらない。
 結局のところ、フィリピンの強みはサービス業であり、この国に製造業は必要なのだろうかという議論になる。しかし、教科書的には製造業を育成し、雇用を生み出すことが重要だと考えられる。製造業は裾野産業が広く、サービス業一本足打法はいつか限界がくるかもしれない。現在、政府は補助金を与え、包括的な自動車産業の再生戦略を進めている。これにはトヨタと三菱自動車が手を挙げている。
 東南アジアではタイが自動車を作り、輸出するというモデルを作ったが、フィリピンでは国内で作っても、インフラが不足していてコストがかかるため、自動車は完全に輸入物だと考えられている。したがって、フィリピンが自動車を作り、世界に輸出する国になる可能性は低いが、1億人という人口と、中間所得層の増加には着目すべきだ。実際に、自動車は今よく売れていて、新車販売は毎年5万台~10万台ぐらい増え、2020年には50万台の市場になると言われている。このようなポテンシャルを評価し、日本企業が出ていく可能性は十分あると思う。

2. ドゥテルテ政権
 過去6年間のアキノ政権は、一番安定したバラ色のフィリピンだと言われていた。それにもかかわらず、なぜアキノの後継者が負けてドゥテルテが出てきたのだろうか。まず考えられるのはアキノ政権では貧富の差が全く解消されず、数としては一番多い貧困層が恩恵を受けなかったと言える。中間所得層はリッチになったが、交通渋滞などの日々の生活が大変になった。さらに、エリートの人たちには、汚職や犯罪が少ない規律ある国にするべきだという思いがあった。つまり、フィリピンが昔から抱えている構造的な問題を解決してほしいと、階層が異なる人たちが連帯してサポートしたと私は分析している。
 ドゥテルテは、歴代政権が放置した汚職や犯罪が貧困問題の根幹にあると考え、今は麻薬犯罪対策に力を入れている。このような姿勢は国民に評価されており、支持率も高い。それから経済政策に関しては、非常に現実路線だと思う。去年出した10項目の基本方針を見ると、アキノの6年間をかなり踏襲し、特に税制の改革とインフラに力を入れている。
 他方で、ドゥテルテの反米主義は極めて強く、アメリカとの関係で難しい問題がある。元々、フィリピンはアメリカとの同盟関係が非常に強いため、軍事予算が突出して低く、兵力も少ない。そうした中で、中国が南シナ海に進出し、アキノ前大統領がアメリカとの協定を強化した。恐らく、ドゥテルテは同盟の破棄はしないが、駐留なき安保を目指すと思われる。

3. フィリピンと日本の関係
 我々が認識するべきことは、やはり戦中のフィリピンに対して与えた被害だ。日米の戦闘に巻き込まれて、フィリピンでは100万人の犠牲者が出たとも言われている。この数字が正しいのか諸説あるが、この事実は我々の世代、そして下の世代にも共有されていくことが大事だ。
 経済的には、企業が進出する直接投資、ODAを中心とする開発面、そして貿易の3つのアドバンテージがある。日本企業は今、直接投資で1400社以上も行っていて、コネクションとしては非常に強い。国内の内需を狙う投資も少しずつ増えて、ユニクロやサービス業が入り、百貨店なども進出を考えている。しかし、フィリピンは財閥の国であり、財閥との関係を築いて、現地の小売産業に入るのかが難しいところだ。開発はJICAを中心に広げられていて、貿易についてもフィリピンと日本の関係は非常に深い。
 最近、新しい動きも出ている。1つは経済の連携協定で、日本が労働市場を開放し、フィリピン人の看護師や介護士を受け入れている。それからビザの規制を緩和することにより、フィリピン人の観光客が増えている。また、日本の小中学校にフィリピン人が英語の教師として行くことが、去年から認められた。そして、国家戦略特区におけるフィリピン人の家事代行サービスもいずれ広がっていくだろう。
 従来、フィリピンと日本の関係は、日本が先進国でフィリピンが発展途上国という偏った関係だった。今の新しい動きでは、相互に恩恵を受けられる関係に少しずつ変化している。特に日本が高齢化する中で、フィリピンは人口動態に恵まれており、距離的も近い。さらに、東南アジアの安全保障上でも要所となるフィリピンとの関係を、日本は大事にすべきである。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部