平成29年度 第1回 国際情勢研究会 報告/ 「米ロ関係と日ロ関係」 法政大学大学院 政治学研究科 国際政治学専攻 教授 下斗米 伸夫(しもとまい のぶお)【2017/05/31】

講演日時:2017年5月31日

平成29年度 第1回 国際情勢研究会
報告/ 「米ロ関係と日ロ関係」


法政大学大学院 政治学研究科
国際政治学専攻 教授
下斗米 伸夫 (しもとまい のぶお)

1. ロシア革命、米国の第一次大戦への「民主的」関与から100年
 クリミアとウクライナの紛争が生じて以降、ロシアではプーチン大統領自身の立場が変化し、どちらかというと保守主義、あるいは伝統主義とでも言うべき政治潮流が強まっている。同時にロシア史に自己の歴史的立場を位置づけるといったスタンスも強まっている。ウラジーミル大公というキエフ・ルーシの大公が、988年にクリミア半島でキリスト教を受洗して以降、ロシアは正教国家となった。その後、チンギス・ハンの軍団が来たことから、キリスト教の修道院などはロシア北方へ移り、そこからやがてモスクワの権力が強まった。また、ロマノフ王朝ができる直前にポーランドがモスクワを占領し、その際、市民らが彼らを追い出したのが11月4日であるが、昨年11月4日プーチンはウラジーミル大公の像をクレムリンの近くに造った。そして今年はロシア革命100年にもなる。
 ロシア正教、その異端にはウクライナ系でローマ・カトリック法王が人事兼を持つユニエイトという現ウクライナ民族主義に流れる潮流と、これとは対極的な反対側にある正教の原理主義、古儀式派とか、ラスコリニコフ(分裂主義者)がいる。古儀式派は、簡単に言えば正教内のプロテスタント、モスクワをいわば「第3のローマ」であるとして考えている人たちだ。しかし、350年ほど前に宗教紛争で教会が禁止され、この人たちはボルガ辺りに流された。この流れから、ロシア革命の主たるロシア人革命家らも出てきた。ロシア正教会が分裂してから350周年となり、現在はかつての10分の1、約200万人程度しかいない。プーチンは今世界的にも宗教和解を目指し、今年3月16日、このロシア古儀式派の指導者と4世紀ぶりにあった。ロシア正教会の統一を通じてロシア人がアイデンティティを取り戻す過程と考えられる。言うまでもなく、今年はロシア革命100周年であると同時に、アメリカが第一次世界大戦に参加、ヨーロッパに「民主主義」の名で関与してから100周年でもある。
 そのアメリカは移民の国家、ロシア帝国の南部やポーランドからユダヤ系やカトリック系の人たちが移民となり、現代アメリカでも大きなコミュニティを形成している。現在の米ロ関係を見ると、ロシアに対して総じて厳しい見方の人たちがそこから出ている。もう1つ、現在のアメリカはシェール・ガスの成功もあり、全体が保護主義、孤立主義に向かっていて、しかも米ロ間の貿易量はあまり多くない。こういったことがおそらく、ロシアをめぐる現在のアメリカの世論状況にかなり影響していると思う。
 1993年にはサミュエル・ハンチントンが有名な『文明の衝突』という著書を出し、簡単に言うとヨーロッパでも正教圏とカトリック・プロテスタント圏との断層線があり、ある種の対立が不可避であるとみた。私はやや意外に思ったが、今考えるとウクライナが分裂していることが彼の指摘の一番のポイントで、ハンチントンの言っていることにもそれなりの根拠があったという気がする。その後、ユーゴスラビア紛争が激しくなり、様々な議論があったが、簡単に言えば、アメリカがデイトン合意でこれを解決した。その勢いを買って、アメリカのクリントン大統領は北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大を進めた。これは安全保障上の理屈というよりは、私の理解するところ、第2期政権を狙っていたクリントン大統領が、スイング・ボートの中で1000万以上のポーランド移民の票やウクライナ票を得ようとして発言したことだ。当時、ジョージ・ケナンやヘンリー・キッシンジャーら専門家はこれに反対していた。そのつけが今20年後になって回ってきていると思う。
 プーチン大統領のロシアを作ったのは、その意味ではクリントン政権のNATO東方拡大だったのではないか。共和党はどちらかというと、モスクワの保守派との関係は良い。プーチン大統領は9.11での対テロ協調で、チェチェン問題もあり、これに賛成した。しかしアメリカのブッシュ政権は2003年大量破壊兵器があるという理由でイラクを攻撃したが、根拠はなかった。それにもめげず「大中東構想」を進める。このため、アメリカが北アフリカから中央アジアまでを影響圏に組み入れるのではないかと、クレムリンは危機感を募らせる。次に大きな危機となったのが、2008年のグルジア戦争だ。さらに「中東の春」が暗転し、リビアなどでISが出てくる。そのような中、アメリカの民主党と共和党の間で、どれだけ対ロシア、対中東政策に関する対立が出てくるのかということがある。また2008年には、アメリカの民主化促進のアジェンダのなか、メドベージェフを第二期の「本当の大統領」にしようという動きが一部にあったようで、これによってオバマ大統領とプーチン大統領の関係が悪化した。それが、現在の米ロ関係に反映されているのではないかと思う。

2. ロシアゲート事件、ウクライナ紛争の現状
 現在のロシアゲート事件について、私はアメリカの新聞に系統的に目を通しているわけではないが、少し私なりに気づいたことを整理したい。現在の米ロ関係は非対称とも言うべき状態にある。ロシアは世界経済でいえば既に軍事費もサウジアラビアと同じレベルか、それ以下という「3%国家」で、それがますます減っている状態だ。ロシアが持つ外貨準備高などのリソースは特に2014年以降減少している。にもかかわらず、米ロ関係は好転しない、あるいはリアリスト的評価はなかなか通じない。ロシアゲート事件については、報告書なるものを見ても具体的なロシア政府の関与については何も書いておらず、「煙はあるが火は見えない」という印象だ。
 トランプ政権ではエクソンモービルのティラーソンCEOが国務長官に就任したが、この人事はロシア内政にも絡んでいるという説がある。2003年ごろ、プーチンがまだ第一期の「弱い」大統領だった時、次を目指して実力首相を狙おうとしたのがオイル・ビジネス、ユコス社のホドルコフスキーだった。この会社は中国に民間パイプラインで石油ビジネスを使用としたが、彼はユコス社の株式を海外に売却しようとした。そしてエクソンモービルが「50%+1を欲しい」と言ったことがクレムリンに知れ、このままだとロシアの戦略資源である石油がコントロールされてしまうということになった。その際、プーチンは戦略資源であるエネルギーはやはり国家が根幹を握るという形になり、国家企業ロスネフチを作ったが、この経緯とからんだのが同社のサハリン担当だったティラーソンだ。アメリカのシェールやロシアのエネルギー利害、サウジアラビア、クウェート、カタールなどのパラメーターを調整する能力があるのは、今米国ではティラーソンを置いていない。
 ウクライナ問題に関しては、ハーバード大学のロシア研究者、ティム・コルトン教授が最近の著書『皆が失った』の中でも述べている。つまり、西側のアメリカや欧州連合(EU)、ロシアも含め、これによって利益を得たものはなかったということだ。約5万人のウクライナやロシアの若者が亡くなった。西側はこれを何とか止めようとしたが、実はあまり熱心でない、あるいはコントロールできない状態で、ロシア側も同様だった。そのような中で昨年9月ごろから、興味深いシナリオも出てきた。米国政府は駐ロ大使にも擬せられたキッシンジャー・アソシエート系の専門家トーマス・グラハムが今年1月初めに書いた米ロ関係改善のシナリオは、5年から10年かけてクリミア半島の合法化をはかるというものだった。つまり、帰属の国民投票をやり直し、ロシアは賠償金を払う形でグランド・バーゲンを行い、その代わりに制裁解除と核軍縮をするというものだった。現在は元ユタ州知事のハンツマンがロシア大使となり、必ずしもこのシナリオに沿って動いているわけではないが、西側にはまだこのシナリオがあると思う。
 ロシアにとってクリミア半島がなぜ重要かというと、かつてエカチェリーナというドイツ系の女帝がここに軍港を造った理由は、イスタンブールをいつかキリスト教徒の聖地として取り戻したいということだった。ロシアとトルコの間ではそれ以降、十数回の戦争があり、これはロシアからすれば宗教戦争だった。モスクワとイスタンブールはいわば、フレンドにしてエネミーという「フレネミー」の関係だ。シリア問題ではトルコとイラン、ロシアが組み、アメリカのトランプ大統領は先日、サウジアラビアとイスラエルを訪問している。その辺をうまく、米ロがコーディネートできるかという危うさがある。ロシアからすれば、2015年にヤルタⅡという構想の下で米ロが協調し、シリアで反テロ、反IS統一戦線を作り、ウクライナ紛争を緩和させるつもりだった。しかしそうはならず米ロ関係は漂流している。他方で、オバマ政権が中東で失敗、パクス・アメリカーナの終焉となるなか、ロシアは中東のどの国とも良い関係になっているという、やや不思議な状況がある。

3. プーチン大統領の外交、日ロ「共同経済活動」の射程
 ロシアのプーチン大統領については第4選に当たる2024年まで、特に来年3月の大統領選挙での勝利はもうほとんど決まっている状況だ。問題は得票率で、50%の支持をどのように大統領選で確保できるかどうかだ。プーチン大統領の外交については、私は「脱欧入亜」と言っており、特にクリミア紛争以降、アジアにシフトせざるを得ない状況だ。他方で極東は人口が圧倒的に少なく、日本の17倍の広さがあるところに約630万人しかいないので、なかなか難しい。また、米ロ関係がうまく行かない状況では、ロシアは中国にシフトせざるを得ない。昨年、日本との関係では貿易が相当落ち込んだが、中国との関係は落ちていない。ロシアからしても中国は準同盟なのか、そういったところで動いている。しかし基本的に「一帯一路」とロシアの東方シフトとはベクトルが相反する。ロシアはアジアに出たいと思っているが、一帯一路の中国は中東、中近東を経てヨーロッパとつながりたいからだ。
 ロシア人にとってクリミアはアイデンティティにかかわる土地で、クリミアが動いた時に日ロが動くというのが私のテーゼだ。1855年の日本とロシアとの最初の大きな国境画定は、クリミア戦争の最中に結ばれた。しかし、90年後には米ソ間でヤルタの密約が結ばれ、千島をロシアに引き渡すことになり、マッカーサー・ラインが国境線のような扱いになった。2014年のクリミア併合以降、日中、日韓間では領土問題で展望があまり見出せない中、日ロだけが正規の条約交渉を継続中だ。同時にロシアの極東におけるプレゼンスが小さくなっており、ロシアにとっても、それをカバーするためには日本の協力も必要だ。
 現在両国政府は共同経済活動を目指した視察団派遣が行われたが、これは安倍総理のいう『特別の枠』といった、共同経済活動は一種の共同管理・主権といった「新しいアプローチ」とかコンセプトの中で、変えていこうという新たな思想に基づくものだ。私はこれしかないのではないかと思っている。ロシアではこの考え方は90年代半ばごろからあり、まずは互いの法的立場を害さない枠組み、一種の国際条約的なものを作る。共同経済活動のモデルとしては、ノルウェーとのスヴァールバル条約や南極条約があり、そういったものを援用できるかどうかだ。漁業、養殖は比較的、今までも経験があることから、話が動いているようだ。自由往来については今後、定期船、またチャーター便が来るものの、それをどのように制度として定着させていくかが問題で、サクセスストーリーをどう日ロ間で作るかだと思う。
 最後に、米ロ関係と日ロ関係には考え方が2つある。米ロ関係がうまく行かない時こそ、日ロ関係のありがたみが出るというコンセプトもあるかと思う。他方で、日ロ関係が処理しようとしているのは、連合国とのいわば平和条約交渉、領土問題であり、米ロが緊張している時に話が進むわけはない。問題はトランプ政権のアメリカが安定しているのか、そうではないのかだが、これは誰にもわからない。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)


IISTサポーターズ(無料)にご登録いただきますと、講演会、シンポジウム開催のご案内、2010年度以前の各会及びシンポジウムページ下部に掲載されている詳細PDFとエッセイアジアをご覧いただける、パスワードをお送りいたします。

担当:総務・企画調査広報部