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アメリカ海兵隊のイランへの「借り」 放送大学 教授 高橋 和夫【配信日:2017/07/31 No.0269-0270-1053】

配信日:2017年7月31日

アメリカ海兵隊のイランへの「借り」

放送大学 教授
高橋 和夫


 トランプ政権のイラン政策の行方が気にかかる。オバマ政権時代と違い、トランプ政権の主要メンバーがイランに対して必ずしも芳しい感情をいだいていないからだ。その心象風景を眺めよう。


 イランとアメリカの関係が気にかかる。というのは、トランプ政権の中枢にいる人々の対イラン認識が必ずしも芳(かんば)しくないからだ。確かに就任前の公聴会ではレックス・ティラソン国務長官もジェームズ・マティス国防長官も2015年にオバマ政権がイランと結んだ包括的な核合意の尊重を主張した。これは、同合意を「史上最悪のディール」であると呼び今にも破り捨てんばかりに批判した大統領選挙候補者のドナルド・トランプとは違う立場であった。そして、確かに同合意を現段階ではアメリカは遵守している。

 だがトランプ政権の中枢にいる軍人たちの対イラン観が気にかかる。トランプ政権では三人の将軍が安全保障上の要職を占めている。まず国家安全保障問題の補佐官のハーバート・マクマスターがいる。陸軍中将である。次に国土安全保障省の長官のジョン・ケリー将軍がいる。最後に既に紹介したようにジェームズ・マティス将軍が国防長官を務めている。

 この三人は、いずれも軍人として部下を率いて2001年に始まったアフガニスタンと2003年に始まったイラクでの戦争で戦っている。そして多くの部下が死傷するのを直に目にした経験を有している。海兵隊員アメリカ兵に最大の犠牲を強いたのは、IEDと呼ばれる兵器である。即席爆発装置との訳が充てられている。爆薬に導火線をつなぎ、その先に通常は携帯電話などがつないである。電話を鳴らすとスイッチが入って爆発する仕組みになっている。これが道端などに仕掛けられて数多くのアメリカの将兵を死傷させた。その中でも爆発力の大きなものは、イランで製造されてイラクに持ち込まれたと信じられている。アメリカ軍の現場の指揮官たちが忘れていない事実である。

 ケリー国土安全保障長官とマティス国防長官に関しては、さらにイランには因縁を感じていよう。というのは二人が海兵隊出身だからだ。良く知られているようにアメリカ軍は陸海空の三軍と海兵隊の四軍からなっている。その海兵隊にとっての第二次世界大戦後の最大の惨事とされる事件がレバノンで起こっている。

 1982年、イスラエル軍がレバノンに侵攻して同国に拠点を構えていたパレスチナ解放機構を攻撃した。世に言うレバノン戦争である。この戦争の戦後処理のために、その首都ベイルートにアメリカ軍とフランス軍が部隊を派遣した。派遣されたアメリカ軍は海兵隊であった。1983年に、その宿舎が同時に爆破されるという事件が発生した。宿舎に火薬を満載したトラックが横付けして自爆した。アメリカ軍宿舎では241名が死亡した。フランス軍宿舎では、53名が死亡している。他に民間人6名が死亡している。これほどの数の海兵隊員が一日で犠牲になったのは第二次世界大戦末期の硫黄島の戦い以来である。しかも一瞬にしてである。

 アメリカでの認識は、自爆したのはレバノンのシーア派組織ヘズボッラーのメンバーであった。このヘズボッラーというのは、「神の党」という意味である。1979年の革命で成立したイランのイスラム政権は、レバノンのシーア派を援助し、このヘズボッラーという組織を育ててきた。したがって、間接的にはイランの革命政権が海兵隊員を多数殺害したという構図になる。

 しかも、その前からイランの革命政権と海兵隊の間の関係は良くなかった。1979年2月にイランで革命政権が成立した。そして同年11月に、テヘランのアメリカ大使館が急進的な若者たちに占拠され大使館員が人質とされる事件が発生した。その後、1981年1月に館員が釈放されるまで444日間も続くテヘランのアメリカ大使館人質事件であった。この事件がアメリカ・イラン関係を決定的に悪くしてしまった。テヘランで拘束されたのは同国の外交官ばかりではなかった。海外の大使館の警備は海兵隊の責任である。したがってテヘランの同大使館を警備していた海兵隊員も人質となってしまった。海兵隊とイラン革命政府は、不幸な因縁の始まりだった。

 その海兵隊出身のマティス国防長官は、2010年から2013年にかけてアメリカ中央軍の司令官を務めている。この中央軍は中東を責任範囲としている。オバマ政権がイランとの核問題での交渉を加速していた時期である。当時マティスは、このイランとの交渉に批判的であった。

 こうしたトランプ政権の将軍たちのイラン認識は、オバマ時代とは違っている。たとえばイランとの核合意の交渉に当たったのは、ジョン・ケリー前国務長官であった。この前国務長官にヴァネッサという娘がいる。医者である。2009年に、このヴァネッサが結婚した相手が、やはり医師のブライアン・バラ・ナーヘッドである。イラン系である。ブライアンはアメリカ生まれであるが、その両親はイラン出身である。なお当時のケリーはマサチューセッツ選出の上院議員で、上院外交委員会の委員長という要職を占めていた。つまりイランとの交渉を担当した国務長官の娘婿は「イラン人」だった。

 またオバマ大統領の周辺にもイランと深い関係の人物がいた。ヴァレリー・ジャレットである。2期8年間にわたってジャレットは大統領を支えた。最もオバマに近い補佐官として知られていた。このジャレットとオバマの関係はシカゴ時代まで遡(さかのぼ)る。ジャレットがシカゴ市の要職にあった1991年にミッシェル・ロビンソンという弁護士を採用した。オバマの婚約者であった。以降ジャレットはオバマ夫妻の後見人的な役割を果たし、無名の青年をシカゴの政財界に紹介した。政治家オバマの経歴の始まりであった。このジャレットが実はイラン生まれである。子供の頃はペルシア語を話していた。父親がイラン南部の都市シーラーズで病院を経営していたからだ。アメリカの対イラン経済援助の一環として運営されていた病院だった。つまりオバマに一番近い人物がイラン生まれだった。イラン系のケリーの娘婿とイラン生まれのオバマの補佐官という偶然がオバマ政権の対イラン政策の心理的な遠景であった。こうした風景とトランプ政権の将軍たちの厳しいイラン認識が、鮮やか過ぎるほどのコントラストをなしている。


執筆者プロフィール
放送大学 教授 高橋和夫

放送大学 教授 高橋和夫
福岡県北九州市生まれ。大阪外国語大学外国語学部ペルシア語科卒、アメリカ合衆国コロンビア大学国際関係論修士。クウェート大学客員研究員などを経て、1985年から放送大学の教員。放送大学では『現代の国際政治』、『パレスチナ問題』他の科目を担当、2017年秋からは『イランとアメリカ』をインターネット配信開始の予定。著書に『イランとアメリカ』(朝日新聞出版2013年)、『パレスチナ問題』(放送大学教育振興会、2016年)、『中東から世界が崩れる』(NHK出版、2016年)などがある。その他、新聞、雑誌、テレビ、ラジオ等、多くのメディアで活躍。独自の視点で分析した分かりやすい解説に定評がある。



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