第61回 中央ユーラシア調査会 「ウクライナの議会選挙の現地報告」日本大学総合科学研究所教授 石郷岡 建(いしごおか けん)【2006/04/24】

日時:2006年4月24日

第61回 中央ユーラシア調査会
「ウクライナの議会選挙の現地報告」


日本大学総合科学研究所教授
石郷岡 建(いしごおか けん)

石郷岡 建 一昨年末、ウクライナでオレンジ革命という革命騒ぎがあった。親西欧派と親露派の対立で、親西欧派が勝った民主主義革命だったといわれるが、実はそうでなかったことをきょうは説明したい。その前に、今年3月に行われたウクライナ最高会議の選挙は、オレンジ革命後、初めての議会選挙であり、これに関する話から始めたい。

議会選挙でのユーシェンコ派の敗北
 今回の議会選挙では、「地域党」が勝利し、「ティモシェンコ連合」、「わがウクライナ」、「社会党」、「共産党」がそれに続いた。第一党の「地域党」は親露派といわれるヤヌコーヴィッチが率いており、32%を獲得した。第二党はティモシェンコ前首相が率いている。ユーシェンコ大統領率いる「わがウクライナ」は第3位にとどまった。「ティモシェンコ連合」、「わがウクライナ」、「社会党」の3つがいわゆるオレンジ革命派で、「地域党」、「共産党」は革命に加わらなかったグループだ。簡単にいえば、大統領率いる「わがウクライナ」は歴史的敗北を喫したことになる。
 ウクライナは東西に分裂しており、「オレンジ革命」もロシアに近い地域の人たちとヨーロッパに近い地域の人たちによる対立だったといわれる。ユーシェンコはいわゆる親西欧派で、西側地域を地盤としている。今回の選挙結果を見ると、西部の3州でのみ、「わがウクライナ」が第一党になった。東側では親露派の「地域党」が第一党になり、両者にはさまれる形で、「ティモシェンコ連合」がある。結局「わがウクライナ」はウクライナ西部のカルパチア3州で勝利したにすぎず、ヤヌコーヴィッチの「地域党」は東部工業地帯の10州をとった。真ん中の14州をティモシェンコがとっている。面積的にはティモシェンコが勝利したようだが、東部工業地帯はとくに人口が多く、結果的に「地域党」が第一党になった。
 今回の選挙では、オレンジ革命派は「わがウクライナ」、「ティモシェンコ連合」、「社会党」を合わせて41.88%を獲得し、反オレンジ革命派の「地域党」、「共産党」、「ヴィトレンコ連合」は38.7%を獲得した。これは2004年の大統領選とほぼ同じ比率で、そう見るとヤヌコーヴィッチの「地域党」が32%しか獲得しなかったことは、必ずしも勝利といえない。
 ウクライナ経済が回復を始めたのは2000年であり、ロシアより3、4年遅れて、ソ連崩壊に伴うマイナス効果から抜け出した。世論調査によれば、革命騒ぎのあと、ウクライナ国民の多くが「ウクライナは正しい方向に向かっている」と感じていたが、2005年夏ごろからは、期待が幻滅に変わっていった。ユーシェンコ大統領の活動に対する評価は、地域ごとに異なるが、今回の選挙における敗北の裏には、このような状況があった。

EU、NATO、ロシアに対する国民の意識
 オレンジ革命から1年後に与党で分裂騒ぎがあり、ティモシェンコは首相職を退いた。このいわゆるオレンジ革命派内部の対立を、権力闘争ととらえる人は多いが、私が思うにユーシェンコはリベラル経済を志向し、ティモシェンコはそうではなかった、もともと考え方が違っていたのではないか。ウクライナでは、市場経済導入によるリベラル経済は必ずしも国民の支持を得ていない印象を受ける。ウクライナ東部を中心とする2000万人ほどの工業地帯があるが、ここはソ連経済の遺産を引きずる地域で、リベラル経済派からいえばリストラでつぶす、もしくは外資に売ってしまえばよい。これに対しティモシェンコは、外資に売るな、国家の保護が必要と主張し、リストラされる可能性がある人たちの印象をよくしている。
 ではウクライナの人たちは欧州連合(EU)、北大西洋条約機構(NATO)への参加を望み、ロシアから離れたがっている、というのは本当か。一般の人たちがどう思っているかについて、ある専門家は次のように述べている。NATO加盟に反対するウクライナの国民は5-7割で、ロシアとの関係強化に賛成する人は6-8割いる。またEU加盟に賛成する人は4-6割と見られる。つまりウクライナの人々は、欧州のような豊かな生活をしたいが、NATO加盟には反対で、ロシアとの関係を強化すべきと考えている。

ソ連崩壊後の「移行期の政治」
 今回の選挙で親露派と親西欧派の裏にいた新興財閥(オリガルフ)は東部に圧倒的に多く、その中でもドニエプル、ドネツクの2つが大きい。ドニエプルはユーシェンコを支持し、ドネツクはヤヌコーヴィッチを支持しており、必ずしも東部イコール親露というわけではない。財閥同士で権益争いや競争関係があり、相手グループをやっつけるような政治勢力を支持するという複雑な構造がある。
 ソ連崩壊後の「移行期の経済」という概念があり、ポスト社会主義体制の経済構造の類似性や近似性を探ることが盛んである。これに対し、私は「移行期の政治」もあると考える。恐らく国民性、歴史、伝統、メンタリティ、地政学、国際関係など様々な要素が重なり単純ではないかもしれないが、ある種の類似性、近似性があるのではないか。例えば、ロシアの場合はソ連崩壊後、市場経済が導入され、民営化、資本の集中が行われたことで新興財閥ができ、その対立があった。財閥ができて対立するのは、ロシアに限らない。
 91年の革命の際、ウクライナでは旧共産党幹部が政権に居座り、ウクライナ民族主義を生じた。同様のことは中央アジア全体にいえる。つまりソ連崩壊によってソ連共産主義体制は崩れたが、ソ連時代からの特権階級によるノーメンクラトゥーラ体制や、古い権威主義政治はその後も10数年続き、民衆の反発が爆発したのではないか。これをオレンジ革命と読めば、ある意味、民主革命であったと思う。ウクライナ、グルジア、キルギスで起きたことは、民主革命と呼ばれるが、親西欧・反露の民主主義革命と考えるよりも、「移行期の経済」および「移行期の政治」に現れた旧ソ連型社会主義体制、中央指令型経済体制、ノーメンクラトゥーラ支配型の政治経済の温存に対する民衆の不満の爆発と考えた方がわかりやすい。いわゆるノーメンクラトゥーラ体制と市場経済の発展の間には、軋轢が生じる可能性、必然性があるのではないかというのが私の問題提起だ。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部