第67回-1 中央ユーラシア調査会 「現代中央アジアの変容と人々の記憶」筑波大学大学院 人文社会科学研究科 助教授 ティムール・ダダバエフ【2006/10/23】

日時:2006年10月23日

第67回-1 中央ユーラシア調査会
「現代中央アジアの変容と人々の記憶」


筑波大学大学院 人文社会科学研究科 助教授
ティムール・ダダバエフ

ティムール・ダダバエフ この「中央アジアにおける記憶」に関する研究は、東京大学を拠点とする「イスラム地域研究プロジェクト」の1つとして進められている。中央アジア全体の発展過程を見ていると、新たな状況が現れ、人々は新たな経験をしている。しかしながら彼らは、自分たちの過去や現在、将来を整理して考えるには至っていないのが現状だ。

1. 記憶を整理することの重要性
 中央アジアは19世紀後半にロシア帝国の植民地になった後、1917年のロシア革命や、その後70年間に及ぶソ連時代を経て独立した。20世紀の歴史を見ると、さまざまな変容を経験している。ソ連崩壊後には、中央アジア諸国は新しい独立国家として国際社会にも参加するようになった。その過程で中央アジアに住む人々も、相次いで大きな変容を経験した。しかし、人々は自らが生きてきた時代を分析し、整理するような機会を十分持たなかったのではないか、というのがわれわれの考え方だ。

2.現地調査の目的とポイント
 ウズベキスタンの人々が、中央アジアの変容、そしてソ連時代をどう記憶しているか、というのがわれわれの出発点だ。調査を行い、人々の記憶と歴史的事象の関連性を指摘し、個人的な歴史観の多様性を明らかにする。さらに人々がソ連時代のどの部分をよかった、または悪かったと考えているのかも明らかにしたい。それらを基に、人々がソ連解体と独立を望んでいたのかも探り、望んでいたとすれば、生活のどの部分を変えるためだったのか分析したい。独立から約15年経った今、彼らはソ連という国や時代をどう見つめ、ウズベキスタンがどう発展してほしいと考えているのかという点も、われわれの疑問点だ。
 プロジェクトのポイントの1つは、人々の記憶に残った日常生活のエピソードや生活のさまざまな記録を集めることだ。そしてもう1つは、社会主義時代の出来事について、生の声を記録することだ。歴史上の出来事と人々の日常生活、そして当時、彼らが経験したことをすり合わせ、政治以外のところで人々の生活がどのようなものだったのかを検討したい。政治的な出来事と人々の生活は、同じものではないというのがわれわれの見解だ。さらにソ連崩壊に至った70年間の歴史を、人々の生活を通して分析し、ソ連崩壊を引き起こした原因は何だったのかも分析したい。

3. 現地調査の手法と人々の声
 われわれのプロジェクトは最初、ウズベキスタンの大学をパートナーに始まったが、キルギスタンの大学やタジキスタンの研究所からも協力を得る予定だ。調査対象は、50から70歳代の人々で、難しいのはどうインタビューを行う。本音を聞くことは、中央アジアではとくに難しい。理由は必ずしも政治的圧力ではなく、メンタリティが挙げられる。自分たちの恥になることは、外に出したくないという考えがあり、過去や自己の人生を美化してしまう。従って普通のインタビューではなく、家庭内の会話を記録することにし、具体的には大学生50人を選び、おじいさんやおばあさんに話を聞いてもらった。
 研究のテーマとして、インタビューを進める中で現れたのは、人々は何を大事に思うのかだ。例えばソ連時代の前には、人々は伝統を大事にしていた。しかしソ連時代には「昔が悪く、ソ連時代がよい」という考え方が、プロパガンダとして広まった。またソ連時代にもいくつかの時代があり、指導者が変わると前の指導者を悪く言うのが一般的なメンタリティとなった。さらに独立後は、ソ連は全て誤りであり、独立構想が人々を解放した、というのが一般的な歴史観、政府関係者の言い分になった。このような中で、出来事そのものを重視する歴史を構築しうるかというと、非常に難しい。
 インタビューを通して表れたもう1つのテーマは、人々はどのような価値観を持っているのか、ということだ。これに関しても重要な要素がいくつかあり、時代が変わっても人々の政治観や意識は変わらないこと、日常生活の出来事から時代を記録してみると、政治的な出来事と人々の姿勢は必ずしも一致しないこと、エリートの間ではソ連時代の宗教政策や民族政策を批判する人たちが多い一方、多民族共存の政策を支持する人々が多く、自分たちだけの国を望んでいるという人々はいなかったこと、そして、各地域にあった地域社会はあくまでも拡大家族のような仕組みで、それが現代になってコミュニティになったことが挙げられる。

4.現地調査における課題
 本音を聞きだすには、課題も多い。「記憶」は本当に記憶なのかという問題もある。また各国の政権によっては、研究が行いにくい。さらにインタビューでは、他者の介入も困ったことである。例えば孫によるおじいさんへのインタビューで、お父さんが脇にいる場合、おじいさんの答えは、お父さんによる発言の影響を受けてしまう。しかし横に誰かがいるということは、質問をわかりやすく説明してくれることでもあり、プラスマイナスの両面がある。またインタビューに応じてくれない人たちの数も、予想以上に多かった。
 最後に、意外な回答を2つ挙げる。1つは、ソ連時代に関するものだ。ロシア系住民には「ソ連時代はまあまあよかった」といった回答が多いが、ウズベク人や中央アジア系住民には「非常によかった」という回答が目立つ。双方のメンタリティ、立場の違いなどが現れているのではないか。またウズベキスタンが陥った状況の責任については、ソ連幹部やロシア人ではなく、「彼らの言いなりになった、われわれウズベク人にある」と言う人がいた。これまでこのような話では、ロシア人やソ連幹部の責任とする回答が多かったが、考え方が変化してきたことを物語っているのではないか。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部