平成19年度 第1回 アジア研究会 ●「アジアでのR&D展開戦略-エレクトロニクス産業を例に-」立命館大学教授 中谷 吉彦、●「日本企業のアジア戦略と具体的対応-企業経営の視点から-」元松下電器産業アジア・大洋州地域統括会社副社長 甲南大学教授 安積 敏政【2007/07/05】

日時:2007年7月5日

テーマ「グローバル企業のアジア戦略」

平成19年度 第1回 アジア研究会
「アジアでのR&D展開戦略-エレクトロニクス産業を例に-」


立命館大学教授
中谷 吉彦

中谷 吉彦 エレクトロニクス業界をグローバルな視点、あるいはマネージメントの視点から見た考察を例に、アジアでのR&D展開戦略について話題提供と課題提起をさせていただく。
 エレクトロニクス業界においては、1990年代の半ばにR&Dマネージメントにおいて大きな変革があったと言える。研究と開発、あるいは開発と設計などを一部並列的に進めていく「コンカレント開発方式」の導入、世界最適地開発をどのようにやっていくかという海外R&D(R&Dのグローバル化)マネージメントの展開、そして他社とのアライアンスや産学連携の推進に見られる、いわゆる「自前主義」からの脱却、といった点が変革の推進要素であった。
 このようなマネージメントの変革を受けて、アジアへの戦略的R&D展開というものが急速にクローズアップされるようになり、現在に至るまでその意義と重要性は増加してきている。その背景や考え方はおおきく分けて次に3点に整理できる。
 まずは標準化(規格化)活動のグローバル化とローカル化への対応である。携帯電話(第3世代)やDVDがそのいい例である。中国のように研究開発力をつけた大国は、他国の知財が埋まった世界標準を避け(知財支払いのリスクを避け)、ローカルな標準(規格)、すなわち自国の標準(規格)を作り、その製品で自らの巨大な市場を席巻しようとする。政府の技術政策動向も含め、日本のメーカとしてはこのような動きは決して無視できない。情報収集などのリエゾン的な機能も併せた現地でのR&D活動により、インサイダー化を図っていく必要があった。
 次はエレクトロニクス業界におけるソフトウェア開発技術者の絶対的なパワーの不足である。その不足を補完する意味で、アジア諸国の優秀な技術者への期待が今なお益々高まってきている。多くの機能のデジタル処理化が進み、研究開発の非常に多くの部分がソフトウェア開発となっていることに拠るものである。
 3つ目は、日本の大学の「研究構造」がここ20年から10年の間に大きく変わったことに関係している点である。例えば昔は冶金学や資源工学、燃焼工学などの専攻は日本の大学のどの工学部にもあり、これらの旧来の分野の研究者や技術者が日本のモノづくりを支えてきた。しかし最近は、これらの専攻分野そのものが非常に少なくなり、研究者、技術者の数も構造的に低下していった。一方で、アジア諸国ではこれらはまさに「旬」の分野であり、研究している学生も多い。90年代の後半あたりから、日本の企業はやっと、これらの技術が日本のモノづくりには欠かせない、ということに気づきはじめた。しかし、日本にはすでにそのような人材が不足気味になっており、結果、R&D資源の豊富なアジアに熱い視線を送るようになった。
 日本企業のアジアでのR&Dの取組みは、欧米に対するそれとは異なる戦略をとるのが一般的である。欧米はどちらかと言えば、先端、基礎分野が中心となり、研究開発パワーの「質」をより追求する。一方、アジアでの活動はアプリケーション分野を中心として研究開発パワーの「量」による成果を問う傾向にある。そのため、アジア地域においては少人数拠点分散型の構造よりも、ある一定のCritical mass(研究開発の成果が顕著に輩出されるようになるR&Dパワーの臨界人数)を確保した、拠点の選別・重点化戦略が重要な意味をもつ。この点アジアでのR&D活動には、欧米とは異なるR&D戦略が求められる。

「日本企業のアジア戦略と具体的対応-企業経営の視点から-」


元松下電器産業アジア・大洋州地域統括会社副社長
甲南大学教授
安積 敏政

安積 敏政 経営戦略でアジアをどう見るかだが、アジアを成長市場として見たときと生産拠点として見たとき、研究開発拠点として見たときでは意味が異なる。市場として見れば成長性、企業の売上高を意味し、生産拠点として見ればプロフィット・センターのシフトを意味する。研究開発拠点として見た場合には、コスト・センターのシフトを意味する。
 アジアの経営環境を見ると、まず日本の空洞化の発展という問題があり、さらにFTA/EPA、ASEANと中国との相互依存度の増大、商品・技術・流通機構の世界同期化、避けて通れない韓国企業・中国企業との熾烈な競争がある。21世紀に入って上海、台湾、香港、タイ、マレーシア、シンガポールのようなところに産業集積してくると、自社の販売拠点、生産拠点、研究開発拠点の組ませ方も変わる。また世界では、カルフールやテスコのようなパワーリテーラーが出てきて生産方式も変わり、結局スピードとコストが国際競争で勝ち抜く源泉だ。
 日本企業の地域別経常利益の推移を見ると、通貨危機の年を除きアジアで高く、2003年度にはアジアで1兆1100億円の利益を出した。上位企業の大部分は自動車とエレクトロニクス産業、商社だ。そしてアジア全体の利益は毎年3割増えている。これは生産がシフトしたためで、もちろん国際競争力がついたこともある。
 アジアの構造変化は、1つは中国の急激な台頭で、ASEANの生産拠点、輸出拠点としての成長鈍化があり、そして日本が輸出国から輸入国へ反転したことが挙げられる。そうすると日本の研究開発拠点、生産拠点はこのままでよいのかという問題が、企業に突きつけられる。
 90年代のアジア戦略はASEAN戦略を意味し、途中から中国が出現した。そして日本から投資や貿易をして、ASEANから北米、欧州へ輸出していた。今は中国とASEANで同じくらいの拠点を持ち、どちらの生産がオーバーするかという段階にきている。中国とASEANは、競争関係より相互補完の関係が強い。またインドはもともと孤立しているが、ルックイースト政策でASEANとの貿易は毎年2割以上増え、中国-インド間の貿易も4割増えている。このように中国、ASEANにインドも加えた更なる拡大アジア戦略が必要になる。
 アジアにおける新たな経営戦略としては、第1にASEAN・中国を一元化した拡大アジア戦略、第2にインドをASEAN・中国にビルトインする戦略、そして第3にマネージメント、リスクマネージメントをどうするかがある。第4に生産、研究開発のシフトに対する回収メカニズムがあり、要は配当とロイヤルティをいかに日本へ持ってくるかだ。そして5番目に知的財産権の問題が挙げられ、6番目に国際税務戦略の推進、7番目に経営の現地化がある。この7つをしっかりやれば、アジアで収益性と成長性を持続的にとれるだろう。

【コメント】
丸屋 豊二郎・日本貿易振興機構アジア経済研究所研究企画部長:

丸屋 豊二郎 単なる生産流通ネットワークでコストを下げる、スピード化という時代から価値の創造のような方向へ移行している。つまり開発から生産、販売まで一貫して管理する、イノベーション・システムまでを組み入れた最適な事業展開へとシフトしつつある。今後は高付加価値の製品、コア技術を日本に残すことを、日本の産業政策として考えなければならない。また、グローバル化の進展で市場の重要が浮き彫りになった。今後、中国やインドなど新興市場経済国に日本は如何に向き合うか、という点で具体的な示唆が与えられたと思う。

開催風景
(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部