第73回-1 中央ユーラシア調査会 「内戦状態のイラクと日本」NHK解説委員 出川 展恒【2007/04/23】

日時:2007年4月23日

第73回-1 中央ユーラシア調査会
「内戦状態のイラクと日本」


NHK解説委員
出川 展恒

1. 深刻化する宗派間対立
出川 展恒 イラク戦争開戦以来のイラク駐留米軍兵士の死者数は、すでに3300人を超えた。イラクの民間人の死者については正確なことがわからないが、おびただしい数の人が亡くなっていることは確かだ。とくにこの1年間、イスラム教の異なる宗派間の抗争を原因とするイラク人同士の殺し合いが激増している。宗派が違うというだけで、理不尽に殺される。
 イラクの警察は治安を守れないばかりか、一部では治安悪化の原因もつくっている。シーア派の民兵組織が警察組織の内部に深く入り込み、スンニ派住民の殺害や拉致に直接かかわっているためだ。他方、スンニ派の武装勢力は、外国から侵入した国際テロ組織と連携して、市場やモスク、結婚式など、人々が多く集まる場所で爆弾テロを繰り返している。
宗派間対立は、イラクのメディアにも反映されている。イラク国民は、フセイン政権時代、3つの国営放送しか見ることができなかった。しかし今では、30を超える地上波のテレビ局が国内に発足した。衛星テレビも含めると、およそ300の電波を見ることができる。治安悪化のため、国民の多くは自宅にこもらざるをえない状況で、テレビの影響力は大きい。そのテレビが、宗派間対立の最前線となっており、「公正中立」からは程遠い、プロパガンダの道具となっている。
 NHKが、米ABCテレビ、英BBCテレビと共同で、今年3月、イラクで実施した世論調査によると、「現在の生活状況は良い」と答えた人は39%。「今後、生活状況が改善するだろう」と答えた人は35%。いずれも、2005年11月に行われた前回の調査の半分近くに低下した。そして、「家族がテロの犠牲になることを心配している」と答えた人は86%にも上っている。また、「米軍の駐留に反対する」と答えた人は、前回より13ポイント増えて78%、「武装勢力が米軍を攻撃することを容認する」と答えた人も51%となり、米軍への反発、不信感が強まっていることを裏づけた。イラク国民の間には、絶望感、あきらめの空気が広がっている。

2. 治安回復への試み
 イラク戦争に踏み切ったときのアメリカの見通しは極めて甘く、復興計画をしっかり立てていなかった。フセイン政権を打倒した後、軍・警察、そして支配政党であったバース党をすべて解体し、有能なテクノクラートも公職から追放した。そのため治安も行政も担い手を失い、旧政権で優遇されていたスンニ派の人たちが不満を募らせる結果になった。イラク政府は、旧バース党員の公職復帰を認める方針を打ち出したが、遅きに失した感は否めない。
アメリカのブッシュ政権は、イラク駐留米軍を増派し、イラクの軍・警察と合同で「法の執行作戦」と呼ばれる軍事作戦を行っている。すでに2ヵ月が経過し、アメリカ軍やイラク政府は、「テロが減った」と強調するが、実際、治安は一向に改善していない。
 治安回復には、軍事作戦だけではだめだ。宗派対立を政治的に解決することこそが、最も重要だ。軍事作戦は、対症療法であり、一時的な効果しかない。その意味で、新しい動きもある。3月10日、バグダッドで、イラクの安定化を目指す多国間会議が開かれた。会議にはイランとシリアも参加し、アメリカの代表と同席した。5月3~4日には、エジプトで、閣僚級の国際会議も開かれる予定だ。
 一方、イランの核開発問題が、イラク情勢を一層複雑にしている。アメリカは、イランが国連安保理決議を無視してウランの濃縮を続け、ひそかに核兵器を開発しようとしていると非難を強めている。3月下旬、国連安全保障理事会で、イランに対する制裁を強化する新しい決議が、全会一致で採択された。制裁には、イランによる武器輸出を全面的に禁止することが盛り込まれている。これは、イランがイラクのシーア派民兵組織に武器を与えるのを阻止したい、というアメリカの意図が強く働いたものだ。これに対し、イランは、「安保理決議は核の平和利用の権利を奪う違法なものだ」として、「あくまでもウラン濃縮を続ける」と宣言した。ウラン濃縮を中止する姿勢は一切見せていない。ただ、イランも、強気一辺倒と言うわけではない。国連安保理決議が全会一致で採択されたことについては、ショックを受けたようだ。
 今のイラク政府には、独力で治安を守る力も、国民融和を実現する力もない。もし、米軍が一気に撤退すれば、本格的な内戦に陥ってしまうだろう。これまでは、アメリカ主導の国づくりだったが、これからは、周辺国や国連など、多国間の枠組みで支えていく国づくりに移行させてゆくことが重要だ。

3. イラク安定化に向けた国際社会と日本の役割
 今月、イラクのマリキ首相が、先月は、ハシミ副大統領が来日した。マリキ首相はシーア派の、ハシミ副大統領はスンニ派の有力な政治家だ。2人の発言内容はかなり異なる。ともに、自分の宗派の利益や立場を擁護する傾向が見られる。イラク全体の代表というより、宗派色や民族色が出てきてしまうのが、今のイラクの問題だ。
 また先日、エジプトで、アブルゲイト外相と会見した。エジプトで、5月3~4日に開かれる「イラク安定化国際会議」の目標について、アブルゲイト外相は、イラクの異なる宗派、民族間の融和を実現できるよう、国際社会が後押しする強い意思を示すことが最も重要だと述べた。また、エジプトにとって最大の課題はイラク難民の問題だと述べた。治安悪化により、イラク内外に避難した人は、すでに400万人を超え、難民・避難民の生命や生活を守る責任は、国際社会全体で負うべきであり、経済支援や難民の受け入れを、会議の場で各国に訴えたいと述べた。また、日本については、安倍首相による中東諸国訪問や、麻生外相によるイラク安定化国際会議への出席も予定され、経済分野だけでなく、政治分野でも日本への期待が強くなっているという印象を受けた。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部