第78回-2 中央ユーラシア調査会 「『マナス』(抄訳)を読んで-マナスの魅力-」ユーラシア・コンサルタント代表取締役社長 清水 学【2007/08/24】

日時:2007年8月24日

第78回-2 中央ユーラシア調査会
「『マナス』(抄訳)を読んで-マナスの魅力-」


ユーラシア・コンサルタント代表取締役社長
清水 学

清水 学     私自身は『マナス』の専門家ではないが、抄訳が出たため部分的に読むことが可能になった。きょうは1人の読者として、それを読んでどう感じたかお話したい。『マナス』はキルギスでは、非常にシンボリックな意味を持つ。一言でいえば国民統合のシンボルとして、『マナス』を使っており、政治的な意味においてもそれなりに興味深いものだと思う。

1. 7代にわたるマナス家を描いた世界最長の叙事詩
 チベット族の『ケサル』、モンゴル族の『ジャンガル』、キルギス族の『マナス』は、中国少数民族の三大叙事詩といわれるが、『マナス』は比較的、荒唐無稽性が少なく、非常にリアルに描かれたものだと思う。そして心理描写が非常に面白く、文学作品として優れている。
 『マナス』は現存している叙事詩としては世界最長で、8部で構成され、第1部の『マナス』が最も知られている。マナス家の7代に渡る壮大な叙事詩で、第1部以外は後を継いだ息子たちの話だ。マナスはキルギスの民族を統一し、戦って外敵の侵略からこれを守る。いわゆる敵対国は、クィタイ人、カルマク人とされる。クィタイというのは中国人のようだが、定説はない。むしろ中国人を含む東に住んでいる人たちを意味するようだ。カルマク人はオイラート族だ。この民族は今も中国の新疆省のウィグル地区や、カスピ海の北にあるカルムイキア共和国にいる。 彼らはキルギス人にとって、10世紀末から7、8世紀にわたって最大の敵だった。したがってこのカルマク人との戦いが『マナス』のメインだ。
 『マナス』については1995年に、キルギスで1000年祭が行われた。1000年前にマナスがいたというのはおそらく作り話で、『マナス』は1000年にわたるキルギス民族の民族興亡史を1人の英雄とその家族、系列に託して描いたものだと思う。マナスとは英雄の名前だが、それなりの意味を持つ。マナスのマはマホメッドのマで、ナはアラビア語のナビー、つまり預言者だ。そしてスはどうも、ライオンのようだ。マナスは形のうえでは、イスラムを異教徒の間に広めるミッションを持った英雄となっている。ただしキルギス人の間にイスラムが入ったのは17世紀ごろと、非常に遅い。したがって、これはおそらく後付されたのだろう。
 『マナス』の魅力と感じたのは、1つはこの話が、キルギス民族が敵対的勢力、民族との戦いを通じて民族の生存と誇りを維持してきたことに関する民族的な知恵の結集となっている点だ。そしてマナスの周辺人物も面白い。義兄弟になるアルマムベトは、キルギス人でなくクィタイ人、またはカルマク人で、ベージン進撃の際、総司令官になる。要するにクィタイ人の総司令官が、キルギス民族を引き連れクィタイ、中国を攻める。ところがアルマンベトはものすごい強行軍を指令し、キルギスの兵士たちが不満を持ち始め、「実はわれわれキルギス民族を疲弊させ、やっつけようとしているのではないか」という疑惑が生まれる。ついにマナスでさえアルマムベトに不平をいうが、アルマムベトに一喝され謝る。異民族が総司令官になり、出身地に攻め込む中で、キルギス人が持っていた心の揺れを非常にリアルに描いている。アルマムベト個人も非常に魅力的で、彼は元々クィタイ人で王族などに属し、かなり偉かったのだろうが、何かの際に追い出され放浪する。そしてカルマク人やカザフ人のところでも受け入れられず、最後にキルギスへ来てマナスという友人に出会う。

2. 『マナス』に見るキルギス人
 ソ連時代だった1945年9月にはキルギス共産党中央委員会が「キルギスの英雄叙事詩『マナス』記念祭」の1947年開催を決定した。そしてソ連崩壊後の1995年8月には、キルギス共和国で「英雄叙事詩『マナス』千年記念祭」が開催され、文化的英雄マナスの「民主主義精神」が称揚された。これについては民主主義の中でマナスが出てきており、興味深い。
 『マナス』には、キルギス人の行動様式を理解する鍵があるだろうか。ここではつまらないことですぐに激怒し、喧嘩をして敵とは断固として戦うキルギス人が描かれている。また異民族を含め、外部勢力の支援を借りることもいとわない、ある意味、非常にプラクティカルな側面を持つ。これはおそらく、キルギス人というよりも遊牧民族のメンタリティーではないか。また相手が圧倒的に強いと判断し、これ以上戦えば民族の生存が脅かされると判断すれば、必要な妥協を決断することも英雄的行為とみなされる。
 アルマムベトが総司令官に任命されベージンを攻撃する話で、キルギス人が不平をいうが、アルマムベトは最後まで強攻策をとる。この話を読んで私は、ソ連崩壊後にキルギスが行った急進的市場化と似ていると感じた。独立後のキルギスではGDP(国内総生産)が毎年縮小し、1995年には半分程度になってしまったが、当時、経済官僚と話をすると「今は市場経済化をしており大変だが、必ずその中から成長産業が選ばれる」というように、経済学の教科書に書いてあるようなことをいい続け、おかしいのではないかと感じた。このような状況と、総司令官が強引に引っ張っていく話が重なった。

3. 第8部までの構成と登場人物
 マナスは晩年、死期が近づき巡礼のためメッカに向かう。しかし間隙を縫って、クィタイ人が復讐するため、キルギスへ攻め込む。マナスはキルギスへ帰り戦うが、裏切りに遭い殺される。斧か何かを頭に打ち込まれ、これを頭に挟んだままタラスへ帰り、これを抜いたところで倒れて死ぬ。このように非常に悲劇的な死に方をする。 第2部は『セメテイ』といい、これは息子の名前だ。マナスの死後の内乱と遺児セメテイの物語、セメテイと仙女アイチュリョクとの愛情の物語に関する。第3部は『セイテク』といい、遺児セイテクが父を謀殺した犯人一味を討ち、国を再建する物語だ。そして第4部は『カイニニム』といい、セイテクの遺児が妖怪・巨人退治を行う。そして第5部『セイイト』では巨人カラドを破り、大衆を解散する。第6部は『アスルバチャとベクバチャ』で、セイイトの息子である双子の話だ。第7部は『ソムビリョク』といい、バグベチャの遺児で、若くして戦死する。そして第8部の『チクタイ』では、ソムビリョクの遺児がカザフ人と共同で、侵入するマングト人、クィタイ人を撃退するが、戦場で重傷を負って死去する。マナス家はこれで断絶する。このような形で戦いが続くが必ずしもハッピーエンドではない。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

詳細PDF


詳細PDFをご覧いただくにはIISTサポーターズ(無料)へ登録後に発行されるユーザ名、パスワードが必要です。またご登録後は講演会・シンポジウム開催のご案内をお送りさせていただきます。
ユーザ名、パスワードを忘れてしまった会員の方はこちらからご請求下さい。

Keirinこの事業は、競輪の補助金を受けて実施したものです。



担当:総務・企画調査広報部