第79回-1 中央ユーラシア調査会 「アラル海流域に於ける水資源管理問題-国際社会の関与を中心に-」慶應義塾大学SFC 研究所上席所員(訪問) 稲垣 文昭【2007/09/20】

日時:2007年9月20日

第79回-1 中央ユーラシア調査会
「アラル海流域に於ける水資源管理問題-国際社会の関与を中心に-」


慶應義塾大学SFC 研究所上席所員(訪問)
稲垣 文昭

1. Frozen Conflictと化すアラル海流域問題
稲垣 文昭     アラル海問題とは、1960年代以降、シル川の水を灌漑に使うことで、徐々にアラル海に流れ込む水が出てきたことに始まる。これにより、塩害で農業がだめになる環境問題が生じた。また今日では地球温暖化にも影響しているといわれ、この問題は単に中央アジアの問題でなく、グローバル・イシューとして捉えなくてはならないのではないか。一方、アラル海問題は、そこに流れ込む水、アム川、シル川流域を含めたアラル海流域として、トータルで捉えなければいけない。このような発想はおそらくEUにもあるため、地域間機構を機能させようとしているのだろう。しかしこの問題は、顕著なFrozen Conflictに陥っていると感じる。上流域国と下流域国間でコミュニケーションや妥協が成り立たず、状況を変える必要がある。この問題に関係する国々にはカザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、キルギスタン、トルクメニスタンの中央アジア5カ国のほか、アフガニスタンやパキスタン、中国もある。これだけの広域でどう問題を解決し、さらにどのように共生可能な開発を行うかだ。

2. 多様なドナーと機能不全に陥る枠組
 今回の調査では、EUのTACISプログラムにのっとったアラル海流域に対するプロジェクト、WARMAPで、2000-02年の間プロジェクトのまとめ役だったアンドリィ・デミデンコ(Andriy Demydenko)博士を訪問するためキエフを訪れたが、問う博士との意見交換などでEUの政策における問題点が浮かび上がった。WAMAPには「ウォーター・コンフリクトさえ解決すれば、中央アジアに民族紛争などない」という発想がある。民族紛争が水問題の解決を困難にするのではなく、水問題があるから他の対立が生じる、だから水問題を解決すればこれは解決すると捉え、ハード面、技術供与に集中し、対話の推進には向いていない。
 またガバナンスで大切なのは、地方分権を進めるコミュニティ・デベロップメントで、EUはこれを中央アジアでプロモートしていこうとしている。そのバックボーンには環境安全保障という概念がある。Jessica Tuchman Mathewsによると環境安全保障は、人間の生命と福祉、その基盤となる環境や資源を対象とする安全保障概念だ。しかしながら、明確な定義は存在しない。一方、UNEP(国連環境計画)が環境安全保障を掲げたときは、環境問題が紛争にまで到達するとは考えていないようだ。
 アラル海をめぐる水資源問題は、ソ連時代からある程度対処されてきた。1987年以降にはソ連水利省、水流域管理機構(BVO)が設置され、枠組ができた。しかしこの枠組みの欠点は、灌漑設備を拡充する発想で成り立っていたことだ。また1991年にはソ連が崩壊し、枠組が動かなくなった。1992年にはICWCという新たな枠組がつくられ機構を動かすことになったが、水力発電設備は管理下になく、計画を立ててもコントロールできない状況だった。
 1992年には中央アジアから、世界銀行とEUに要請があった。世界銀行の援助もあり、1993年に中央アジア諸国が3機関を設立することになった。これが(1)アラル海危機に取り組む国家間会議(ICAS)、(2)アラル海国際基金(IFAS)、(3)持続的発展委員会(SDC)だ。しかしながらこれらも実はすぐに、機能不全に陥った。アラル海国際基金というのは、各国から拠出金をとってプログラムを動かそうとするものだったが、トルクメニスタンが早々に資金拠出を拒否した。そしてアラル海の水資源の約60%は、タジキスタンが源流といわれるが、タジキスタンは1992年以降、実質的に2000年まで内戦状態に陥ってしまった。これによって国際的な地域間の枠組をつくっても、タジキスタン政府による実行は不可能になった。
 1993年にはUSAID(米国国際開発庁)が、カザフスタン、キルギス、ウズベキスタン国家評議会(ICKKU)をつくり、タジキスタンとトルクメニスタンをはずして、ウズベキスタン、キルギスタン、カザフスタンだけで枠組をつくろうとし、キルギスとカザフスタンの間で水とガスのバーター取引を成立させることになった。さらに1997年には和平交渉が成立したため、タジキスタンも参加することになった。
 しかしタジキスタンが参加したことで、これが機能するようになったかは把握できない。2005年のアンディジャン事件以降、アメリカによるウズベキスタンとの交渉も難しくなった。またWARMAPの技術者が1997年にタジキスタンで殺害され、EUはタジキスタンへのプログラムを中止した。さらにICAS、IFAS、SDCも、機能不全に陥った。世界銀行は1992年にアラル海流域プログラムを開始、UNDP(国連開発計画)やUNEPもかませ、より機能的な枠組をつくろうとしたが、これも機能不全に陥った。その一方で中央アジア諸国が援助を求め、EUはTACISの枠組のWARMAPで支援することになる。しかしデミデンコ博士によると、WARMAP3も2002年に終了後は、小さなプログラムに分割され現状は不明であるという。結局、試験的なプログラムを実行して対話が可能か見て、可能であれば枠組を応用するという発想に変化しているようだ。

3. 課題となるドナーや枠組の統合
 EUはおそらく、中東欧諸国とEUの間の政策移転、制度の統合で成功したため、旧ソ連地域でもそれが簡単だと思ってしまっただろう。しかし中東欧諸国には、EU加盟という目的があった。中央アジア諸国にはそのような目的はなく、今は国家の枠組強化が重要だ。したがって地方分権を前提としたEUの環境政策移転は、破綻するのではないか。しかしEUの目的が若干変わってきたと思うのは、環境問題を通して中央アジアの地方分権を進めるという発想になってきていることだ。またこれらの試みに関して、日本は「中央アジア+日本」で出したような枠組でこれらをどう動かしていくかが問われる。

 またこの問題にはイスラム開発銀行が積極的に関与しており、イスラム側のアプローチも無視できないと思う。多様なドナーや枠組がある中、これらをどう統合していくかが問題解決の糸口になるのではないか。ただしこの問題がグローバルなイシューとして持ち上げられ過ぎると、中央アジアが不在になり、受け入れられないことにもなる。そのバランスをどうとるのか、中間地帯に誰が入って中央アジアとグローバル社会をつないでいくかだ。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部