第14回 IISTアジア講演会 「北東アジアの恒久平和を求めて-日米の異なる戦術」国際教養大学教授/元米国国務省北朝鮮担当官 ケネス・キノネス【2007/09/10】

講演日時:2007年9月10日、場所:霞ヶ関 東京會舘 エメラルドルーム

第14回 IISTアジア講演会
「北東アジアの恒久平和を求めて-日米の異なる戦術」


国際教養大学教授/元米国国務省北朝鮮担当官
ケネス・キノネス

ケネス・キノネス1. 変化する北東アジア地域と求められる戦略的選択
私が北東アジアを意識して見るようになったのは1963年、まだ若き学生で一兵卒の時代だった。それ以来、日本や韓国を、驚愕の目をもって見てきた。北東アジアは世界でも最も躍動する地域で、日本や近隣諸国は、国際貿易や製造面でもすばらしい体制をつくられた。しかし経済的繁栄も、再び朝鮮半島で戦争が起きれば、瞬時に消えてしまう。ただ北東アジアでは幸い、さまざまな変化が起きている。日本、韓国、中国、台湾の経済だけでなく、北朝鮮でもといろいろな変化が起きていると指摘される。
北東アジアの国々、アメリカと同様に日本も、戦略的な選択を迫られている。中国も、戦略的な判断をした。国際社会で1パートナー国として共存するため、資本主義を受け入れた。韓国の戦略的な選択は、資本主義体制の下での国の経営もあるが、やはり北との平和共存が命題になる。そして私は北朝鮮も、すでに選択をしたと考える。第一の選択は、核兵器を開発したことだ。われわれは北朝鮮に対し、そのような駆け引きは馬鹿げており、最善の道は平和的に経済を建設して改革を行い、国際社会に入っていくことだと訴える必要がある。そして私は北朝鮮がすでに、そういった決定をしたと思う。核兵器を開発する中で、その証はどこにあるのかと疑問に思われるかもしれないが、中国や韓国の動きに、示唆があると思う。
中国は「中国から何か利益を得たいなら、国際社会や中国のいうことを無視してはいけない」と北朝鮮に圧力をかけている。韓国も同様だ。その結果、北朝鮮はまだ貧しいが、国が崩壊してしまうような状況からは脱却し、中国や韓国から北朝鮮への投資も増えている。ロシアにも同様の動きが見られる。このように極めて静かながら、北東アジアは変化している。

2. 交渉で平和を生み出すための6カ国協議
2003年に、中国が6カ国協議を提唱した。これは中国にとって、国境が接するその地域、相手国との平和が重要だったためだ。そして中国にいち早く賛同したのが、韓国だった。6カ国協議はスローなスタートだったが、1つ大きな成功を収めたと思う。それは北東アジアの歴史上初めて、いわゆる超大国のロシア、中国、アメリカ、日本が1つの合意をしたことだ。合意とは朝鮮半島の平和を第一に考えることで、平和は交渉によって生み出されなければならないということだ。そして6カ国協議を通じて北朝鮮にも、協力しなければ敗者になってしまうが、逆に協力すれば経済、政治的な将来はより明るいものになろうと説得し続けてきた。だからこそ、最近の平壌の動きを見ると、それを受けていろいろな約束をしている。
ではアメリカはどうだったかというと、2001-06年末まで、ブッシュ大統領は、北朝鮮との関わりを拒絶した。経済的圧力をかけながら、北朝鮮の終焉を実現しようとしていた。しかし北朝鮮が破綻すればどうなるか、考えていなかった。私が国務省にいたのは1990年代で、当時の政策は「金正日率いる政府を支援しているのか」と批判されたが、そのようなつもりではなく、第一義的な目的は朝鮮半島の政治的混乱を何としても回避したいということだった。北朝鮮が崩壊すれば政治的真空状態が生まれ、むしろ状況は悪化して危険になるだろう。
中国が6カ国協議を提唱したのも、同様の考えからだろう。中国も北朝鮮の破綻からは何も得られない。また韓国も時間はかかったが、同様の考え方になった。そして06年には、ブッシュ大統領も戦略的選択を迫られた。押しの一手で国家の崩壊を求めるのか、戦略を変更するかだ。そして彼は交渉で平和を実現し、北朝鮮の核プログラムを終えさせるという戦略的判断を11月に行った。テロとの戦い、アフガニスタン、イラク問題がある中、朝鮮半島で戦争をする、または問題を抱える余裕はなかったのだ。そしてアメリカは、外交交渉と経済的援助をもって平和の追求をするという選択をした。私はその変更を支持するが、ただ1つ重大なミスを犯したと思う。それはそこに至る過程で、日本との協議を行わなかったことだ。

3, 日本との協議を怠ったアメリカの深刻なミス
北朝鮮は06年7月に、一連のミサイルのテストを行った。そして10月には核兵器、核弾頭のテストを行った。そのとき日本がイニシアティブをとり、国連で北朝鮮制裁の決議をするよう突きつけたが、影であおったのはアメリカだった。事実そのとおりになったが、わずか2ヵ月後にアメリカは戦略を180度変えた。しかしそれに関する協議がなかったことは、日本政府にとって驚きだった。07年初め、日本政府は従来の戦略をそのまま踏襲すべきか、変更すべきか、という選択を迫られた。日本の戦略的な判断を複雑にしている要素は、2つあり、1つはワシントン・ショックだ。どうして突然、180度戦略を変更できるのかというショックがあり、そして拉致問題を無視することもできない。
今、日米間では、拉致問題の解決を前進させるべく、真剣な議論があると聞く。ただ残念ながら話し合いが遅すぎ、平壌は日米間に一種の緊張関係が生まれていることを察知している。日米間の緊張は、平壌にとってプラスだ。アメリカも日本もこの問題の解決が必要で、それなくして極東アジアの恒久的平和もない。私はそれが解決できると思うが、妥協も必要だろう。アメリカは日本の同盟国としてお粗末な態度をとったので、修復するステップをとらなければならない。日本も拉致問題を100%解決するのは不可能だと認識する必要がある。

 1992年から97年の間、私は国務省で核交渉に直接かかわり、仕事にあたって基本的なルールを1つ守ってきた。そのルールとは、米国政府が北朝鮮とやり取りする中で、常に日本と韓国には事前にその情報を流すということだった。そのような話をすることで、いろいろなアイディアを互いに披露し合い、検討していた。しかし今年アメリカは、それをしないというミスを犯した。ブッシュ政権としては同胞国に対して常に全ての情報を提供し、アイディアを交わすことが必要だ。十分な情報を通じて同盟国と議論することで、強力なコーディネーションが生まれる。それがなければ、どんなことも失敗に終わる。私は北東アジアに平和と安定が訪れるには、国際協力が必須だと考える。その国際協力とは、アメリカ、日本、韓国、中国が協力することで、ブッシュ政権がそれをしっかり理解することを強く願う。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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