第15回 IISTアジア講演会 「復活するロシアの大国主義とアジアの新情勢」青山学院大学 国政政治経済学部教授 袴田 茂樹【2007/10/18】

講演日時:2007年10月18日、場所:霞ヶ関 東京會舘 エメラルドルーム

第15回 IISTアジア講演会
「復活するロシアの大国主義とアジアの新情勢」


青山学院大学国政政治経済学部教授
袴田 茂樹

袴田 茂樹1. プーチン大統領によるヴァルダイ会議
 ヴァルダイ会議はプーチン大統領が4年ほど前から開いているもので、国外のロシア専門家、有力な報道機関のジャーナリストらを招き、演説なしで2、3時間、自由に議論する。私は一昨年、初めて招かれ、今回は3度目の参加となった。大統領との懇談にはロシアのリーダー、オピニオン・リーダーらとのコンファレンスなどもセットされ、数日間に渡って開かれる。セルゲイ・イワノフ第一副首相やロシア正教の大司教のアレクシー2世、そして地方のリーダーでは最有力といわれるタタルスタンのシャイミエフ大統領のような方々にも会った。野党のリーダーたちとの懇談も設定されていたことで、ロシアも相当自信を持ってきたと感じた。しかし狙いは明らかで、国外のロシア専門家は野党のリーダーらを個人的にもよく知っており、今さら彼らの意見をシャットアウトしても意味がない。また地方のリーダーに関しては大統領による任命制となり、中央によるコントロールへの批判が強まっているため、彼らと会わせて地方指導者も自由にモノをいっているという印象を持たせることが狙いだったかもしれない。
 今回もそうだが、昨年も一昨年も日露関係については、プーチン大統領の方から相当詳しい話をしており、私は少し驚いた。北方領土問題についてはこちらが質問する前に、プーチン大統領の方から、1956年の日ソ共同宣言の話から始めた。日ソ共同宣言は、歯舞、色丹の2島を平和条約締結後に日本に引き渡すという合意で、国後、択捉島には一切言及していない。歯舞、色丹以外の国後、択捉についても帰属交渉もするとした東京宣言について、ロシア側は最近、できるだけ無視したいという態度を示している。今回もプーチン大統領は56年宣言には触れたが、東京宣言には触れなかった。

2. ロシアによる「日本再発見」
 ただ経済関係については、日露間で発展している、多くの日本企業がロシアに進出するようになり、ハイテクの先進国である日本にロシアも関心を持っている。興味深かったのは、セルゲイ・イワノフ第一副首相との懇談だ。イワノフ氏は、次期大統領の最有力候補と見られていた人物だが、われわれが会った9月12日にはフラトコフ前首相が辞任し、無名だったズプコフが新たに首相に指名された。このイワノフ氏が話したことは、ロシアによる国家戦略の転換に関してで、ロシアは石油、天然ガスによって再び大国として復活したが、資源輸出国のままでいるつもりはないということだ。したがってナノ・テクノロジーやベンチャー企業、原子力、情報通信、運輸、航空、宇宙など現代的な産業分野をいかに発展させるかが最重要課題だという。その後、イワノフ氏と個人的に話す機会があり、最近ロシアが本気で日本の最新の技術を吸収したいという姿勢を示し、投資市場として日本に目を向けるようになっていると聞いていたため、「ロシアは日本を再発見したのではないか」といったところ、「『再発見』という表現は非常に面白い、まさにその通りだ」と同意された。
開催風景 再発見というからには、日本が忘れられていた時期があったということで、事実、日本はロシアで10年間ほど忘れられていた。日本も実は、ロシアを忘れていたかもしれない。ソ連崩壊後の1990年代、ロシアが日本に関心を持ったのは資本のためで、当時は日本経済にはバブルの余韻があった。しかし日本からの投資、資金は、思ったようには入らなかった。日本の企業関係者がシベリア極東に合弁企業などで進出しようとする試みはあったがうまくいかず、ロシアはまだ投資環境ができていないということで、日本の実業界は関心を失った。ロシアも日本は消極的だと捉え、また90年代には日本経済の不調がロシアでも知られるようになった。そしてプーチン大統領が登場した頃から、国際的なエネルギー価格の急上昇でロシアは金持ちになり、資金ゆえに関心を持たれていた日本はますます影が薄くなった。ところが最近は逆に、資金を持っているがゆえに、ロシアが日本に関心を向け始めた。これは資源輸出国のままでいることは危険だ、とはっきり自覚するようになったためだ。
 大統領府副長官のスルコフが科学アカデミーでの講演で「国際分業ではロシアは技術者、銀行家、デザイナーではなく、掘削作業員、炭鉱夫、樵(きこり)だ」とし、今のロシアの位置づけを国民に訴えている。このようなところから考えると、資源なしで経済大国になった日本には、資源に依拠する経済から脱却するためのノウハウがすべてあると気づいたのだろう。また最近ロシアは日本への投資、日本企業の買収さえ本気で考えるようになっている。しかし一般的にはまだ、ロシアは中国にしか関心を向けておらず、日本は忘れられた存在だという見方が多い。ただし中露の経済関係は必ずしも順調ではなく、経済摩擦のような状況も起きている。

3. 「主権民主主義」の論争と次期大統領選
 ロシアで今、「主権民主主義」という論争が行われている。これはスルコフが2005年頃からいい始め、2006年に統一ロシアの大会で詳しく述べ、今年は科学アカデミーでも話している。アイデンティティ確立の問題は、ロシアの最も切実な問題だ。以前私は、「ロシアは砂社会だ」と述べたが、安定した形にするには硬い枠が必要で、枠だけでは固まらないためセメントを注ぐ必要もある。今のロシアの悲劇は一党独裁などの硬い枠が崩れたことで、そのような中でスルコフは「主権民主主義」の理念を打ち出している。「主権」という言葉には、外の世界に対して内政干渉をさせないという意味と、国内的には国がばらばらにならないよう中央集権的な国家体制をつくるという意味がある。そして国家主義的ナショナリズムというか、ロシアの特殊性や国粋主義的なイデオロギーを持ち出そうとしている。
 そして次期大統領選だが、最近はイワノフ、メドベージェフの2人が最有力という見方が強まっている。しかし、われわれがイワノフと会った日に、無名だったズプコフが首相に任命された。これは何を意味するかだが、プーチン大統領が、この時点で一番あり得ると見られたイワノフを首相に指名したならば、「次期大統領はイワノフだ」という流れができてしまう。そうなるとプーチンの周辺にあるバランスが崩れ、関係者はイワノフに集中する。したがってプーチンとしては次期大統領が誰かをわからなくするために、無名だったズプコフを指名したのではないか。いろいろな見方があるが、「今のところはまだ何でもありだ」という状況をつくり、プーチン自身がイニシアティブを保持しようとしているのではないか。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部