第83回-1 中央ユーラシア調査会 「下院選、大統領選挙とロシアの展望」青山学院大学 政治経済学部教授 袴田 茂樹【2008/01/11】

日時:2008年1月11日

第83回-1 中央ユーラシア調査会
「下院選、大統領選挙とロシアの展望」


青山学院大学政治経済学部教授
袴田 茂樹

1.不可欠だったプーチンの圧勝
袴田 茂樹     下院選挙の結果、4つの政党が7%以上の得票率で当選した。公正ロシアは、プーチンが統一ロシアの推薦という形になったために看板を取られ、当選は無理だと推測されていたが、直前の11月30日に「当選することになった」という報道があり、事実そのとおりになった。この下院選挙では統一ロシアが勝利するのは分かっていたが、それでもロシアの政権は総動員体制でキャンペーンを張った。しかも不正選挙の実態などをロシアのメディアさえ報じ、国際的な監視団を制限した。無理せず公正にやってもプーチンの統一ロシアは勝つと多くの人が考えたが、大変な無理をして総動員体制で臨んだ。
 その理由の1つは、プーチンが大統領のポストを去っても、プーチンを中心とする権力構造、利権構造を必ず維持するためだ。ロシアでは院政の歴史はなく、ポストをはずれれば無力になる。したがって、プーチンが大統領のポストを去っても次期大統領かそれ以上の力を持つには、圧倒的な勝利と正当性が必要だった。そしてもう1つ、昨秋から利権グループ、シロビキの間で衝突が生じ、表面化している。衝突がひどくなれば、政権そのものが危ない。これまではプーチンが何とかバランスをとっていたが、その機能を今後もプーチンに持たせるには、圧勝という形で勝つしかなかった。さらにもう1つ、「結果がわかっている選挙に行く必要があるのか」と皆がしらけており、投票率が非常に低くなる可能性があった。
 ロシアでは活字媒体の影響力は少なく、テレビの影響力が圧倒的だ。テレビで野党の代表が批判的な論陣を張るのは最近難しいが、活字メディアではかなり自由な記事もある。例えばリベラル派の雑誌『ノーボエ・ブレーミャ』は「意思の勝利」と題し「・・・新組織『プーチン支持』の集会は、1934年のナチ党大会に捧げられたレニ・リーフェンシュタールの作品『意志の勝利』を思い出させる。黒いタートルネック・セーター、黒のエナメル靴、高価な黒服は、諸民族の父というより、シチリアの徒党(クラン)の指導者を想起させる」とプーチンの写真を掲載して解説していた。また公正ロシアが下院選で7%をクリアして当選することになったことも、選挙の前々日に新聞が報じた。この辺が、今のロシアの面白いところだ。
 プーチンの圧倒的な勝利はロシアの政治的、社会的な体制の安定を意味するのかというと、確かにある意味ではそういえる。しかしそれは、カッコ付きだ。プーチンへの高い支持は、安定というよりむしろ、不安感が強いが故に安定を求める心理ではないか。

2. 無秩序な「砂社会」としてのロシア
 30年以上ロシアと付き合って感じるのは、日本とロシアの社会の体質が違うことだ。日本の場合は安定が当たり前で、混乱や秩序は例外だ。ロシアでは辛うじて場当たり的な方策で、何とかシステム、体制、機構、組織が保たれているという感じが強く、社会の安定に対する感覚が日本人とは異なる。そしてロシア国民にはソ連邦の崩壊、その後の混乱の90年代に返るのだけは真っ平ごめんだという気持ちが非常に強い。ソ連時代、国民的な原体験は第二次世界大戦で、その原体験との関わりでソ連人の心理、行動、発想が生まれていると感じた。しかし今のロシア人の多くは第二次大戦は過去のもので、国民的な原体験はソ連邦崩壊とその後の屈辱的な90年代だ。最近のロシアの政治、社会、社会心理などすべては、この原体験のリアクションとして見ればきわめて解りやすい。
 2005年辺りから大統領府の副長官、スルコフが「主権民主主義」という理念を掲げている。今のロシアにとって最大の問題は、いかに新たに国家的なアイデンティティを確立するかだ。しかしロシア社会は安定した国家規律の確立をしにくい社会、つまり市民社会が成熟していない、私自身のタームでいえば「砂社会」だ。砂社会とは、外から硬い枠をはめなければなかなか形にならない。枠をはめただけでも安定せず、それを固めるにはセメントが必要だ。帝政ロシア時代は専制体制が、ソ連時代には一党独裁体制が硬い枠組で、帝政ロシア時代にセメントの役割を果たしたのはロシア正教、ソ連時代には共産主義のイデオロギーだった。しかしそれらは、共に崩れた。この無秩序な砂社会に、いかに秩序を確立するかが最大の課題だ。
 今のロシアで唯一、セメントの役割を果たしうるのは、ナショナリズムではないか。といってもロシアは多民族国家で、エスニック(民族的)なナショナリズムで国をまとめることはできない。そうすると、そこで国家主義的なナショナリズムがセメントの役割を果たしつつある。しかし国家のアイデンティティを確立するため、国家ナショナリズムを強化しようとすれば敵が必要になる。そのような意味で、対外関係も難しくなっているし、今後もその状況は簡単にはなくならないのではないか。

3. メドベジェフ、プーチンによる「タンデム政権」
 将来のロシアにどのような可能性があるかだが、V・マウという有名な経済学者は、ロシアが国際的な競争力を獲得する際の最大の障害が、ロシアの豊かな資源だとしている。また改革派のエヴゲニ・ヤーシンも、「オイルマネーが続く限り、改革は不可能」とする。
 プーチンが首相になって院政を行うという言い方は、私は不正確だと思う。ロシアにはそのような歴史はなく、公式的なポストをはずれたら力を失う。首相に就任するのであればタンデム政権という表現がよいのではないか。タンデムとは自転車の2人乗りで、後ろの人も一生懸命こぐが、舵は前の人が取る。ただし前にメドベジェフが、後ろにプーチンが乗った場合、後ろのハンドルが実は舵取りをしていたということになるかもしれないが。
 プーチンは、国家は生産部門にもっと留意すべきだが、直接介入すべきでないとしている。これが実は、メドベジェフを押したことと無関係でないと思う。シロビキの対立では、ズプコフとセチンのグループは経済に対する国家管理を強化する路線で、価格統制などももっと行うとしている。それに対しメドベジェフなどは、「国家の役割は限定的にすべき」という考えで、よりリベラルという表現もされる。ただし今のロシアの、あるいはプーチンの経済をリベラルということはできない。メドベジェフが大統領に指名されたのは、決してメドベジェフ的な路線を遂行しようというのではなく、ズプコフ、セチンなどシロビキが強くなり過ぎているので、一方が強くならないようバランスをとったということだ。プーチン個人がというよりも、それぞれの利権グループの中での判断でもある。メドベジェフは25歳ごろからプーチンと17年間密着し、年もプーチンよりずっと下で一番安心できる男ということのようだ。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部