第89回-2 中央ユーラシア調査会 「イラク・ビジネスにどう参加するか」NHK解説委員 出川 展恒【2008/08/26】

日時:2008年8月26日

第89回-2 中央ユーラシア調査会
「イラク・ビジネスにどう参加するか」


NHK解説委員
出川 展恒

1.「日本・イラク経済フォーラム」の開催とイラク国内の治安状況
出川 展恒     イラクの治安に改善の兆しが見られ、世界第3位の石油埋蔵量を誇るイラクとのビジネスに対する世界的な関心が高まっている。7月2~3日には、初の「日本・イラク経済フォーラム」が日本政府、イラク政府、クルド地域政府の共催により、ヨルダンの首都アンマンで開かれた。直前の6月末、イラク政府は、国内の油田開発に外国企業の参加を認める方針を示した。日本企業は、各国との競争に乗り遅れたくないと思いつつも、治安への不安から、なかなかイラクに入れない。他方、イラク側は、「日本企業による投資や貿易を促進したい」と考えている。こうした中、両国のビジネスマンどうしが、直接、情報交換できる場をつくりたいという思惑が一致し、経済フォーラムが実現した。
 イラク戦争の開始から、約5年半が経過した。死者は米軍だけで4140人を超え、イラク人の死者は、WHO(世界保健機関)が15万人以上と推計し、民間調査団体「イラク・ボディ・カウント(Iraq Body Count)」は、「8万6660人以上、9万4560人以下」と推計している。正確な数は誰にもわからない。イラク人の人命が、それだけ蔑ろにされてきたことを端的に示している。
 イラクの人々が、現状をどう見ているのかを知るため、NHKはイギリスのBBC放送、アメリカのABCテレビと共同で、イラク全土で定期的に世論調査を行っている。最新の調査は、今年(2008年)2月で、全国の18歳以上の男女2200人余りを聞き取り調査した。
 結果は、以下の通り。現在の生活状況が「良い」と答えた人は全体の55%で、前回(2007年8月)の調査から16ポイント増えた。また、「今後1年で、国内の状況はどうなるか」という質問に、「良くなる」と答えた人は46%で、前回よりも倍増した。
 一方、武装勢力の攻撃やテロによる民間人の死者数は、昨年夏ごろから減少傾向が顕著だ。2007年2月の死者は2860人を超えたが、今年2月には1ヵ月で560人余り、そして5、6、7月と3ヵ月連続で400人を割った。アメリカのブッシュ大統領は、昨年1月以降、イラク駐留米軍の兵力を約3万人増やし、イラクの治安部隊と合同で軍事作戦を進めてきた。作戦は、主に首都バグダッドとイラク西部のアンバール県を中心に行われた。これらの地域では、以前、イスラム教スンニ派の武装勢力が、米軍部隊を連日激しく攻撃していたが、一部の勢力が米軍に協力し、アルカイダの掃討作戦に参加するようになった。そしてシーア派の反米強硬派の指導者ムクタダ・サドル師率いる民兵組織「マハディ軍」が、昨年夏以降、一方的に停戦を続けてきた。これら2つの要因により、治安は改善したが、マリキ首相は、マハディ軍に対する掃討作戦を今年3月、突然開始した。従来のシーア派対スンニ派という宗派対立に加え、国づくりの主導権を握るシーア派内部で権力闘争が火を噴いた格好だ。また、件数こそ減ったものの、人が集まる場所を狙った爆弾テロは、依然、なくなっていない。
 ブッシュ政権は、アメリカ軍を3万人増派したが、これを順次撤退させ、この夏には14万人規模に戻す方針を掲げた。しかし、駐留兵力を減らせば、治安が良くなるわけではない。まず、イラクの治安機関には、独力で治安を守る実力がない。それどころか、軍や警察にシーア派の民兵組織が大量に雇用されている。イラクの治安を本当の意味で回復させ、安定させられるかは、軍事作戦よりも政治プロセスにかかっている。異なる宗派と民族の間の対立を解消し、国民融和、国民和解を実現できるかが鍵を握っている。

2. 残る内戦・国家分裂の恐れ、求められる経済支援
 ところが今のイラクは、宗派、民族、地域、部族ごとに分断され、国民融和の見通しは立っていない。国づくりは多数派であるシーア派のアラブ人、そしてクルド人の主導で進められ、少数派でフセイン政権時代に優遇されたスンニ派のアラブ人は、極めて不利な立場に立たされてきた。去年ようやくフセイン政権を支えていた旧バース党員の公職復帰を認める法律が成立した。これにはスンニ派の国政参加を促す狙いがあるが、フセイン政権に弾圧されたシーア派やクルド人の反発は根強く、実際に職場復帰できた人はごく少数だ。イラクの国づくりを軌道に乗せるためには、政府のポストや石油資源の配分について、各政治勢力、とりわけスンニ派が受け入れ可能な制度をつくること、具体的には、憲法を改正し、新しい石油法を制定することが必要だ。イラク国内の油田の分布は地域的に偏っており、北部のクルド人が住む地域や、南部のシーア派が多い地域に固まり、西部にはあまりない。こうした石油資源の偏在が大きなネックで、とくに最近は、イラク北部のクルド人が、豊富な石油資源を背景に、独立志向を強める傾向が強まっている。
 もう1つ、人々の暮らしと経済が、イラク安定化の鍵を握っていることも指摘したい。今回の世論調査で、「直面する最大の問題は何か」と尋ねたところ、電力や燃料の不足といった生活の問題を挙げた人が36%、失業や物価高といった経済の問題を挙げた人が26%で、治安の問題と答えた人(25%)を上回った。
 また今回の世論調査では、アメリカ軍のイラク駐留を「支持しない」と答えた人の割合は73%と相変らず多い。ただ、「即時撤退」を求める意見は38%で、前回調査と比べて9ポイント減り、「撤退は、政府や治安機関が自立してからにしてほしい」という意見が増えている。
 イラクを安定させ、復興を軌道に乗せるには、治安、政治、経済の三本柱をバランス良く、同時に進めることが重要だ。そしてイラクが日本に最も期待していることは、戦後の日本の経験や高い技術を生かした経済支援だ。イラクの人たちは、日本が第2次世界大戦の廃墟から立ち上がり、世界有数の経済大国になったことを、自分たちの将来に重ね合わせて見ている。1970~80年代に進出した日本企業に対する良い思い出、日本人に対する憧れや尊敬の気持ちは、まだ失われていない。このことは、今後の日本のイラク政策の中で、大きな武器となるだろう。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部